Let's reset, both stars and water.
ある日、苞羽は自分の兄がただの一般人でない事に気がついた。きっかけは、実に些細なこと。だが、確かに知っている苞羽には見逃せないことだった。

苞羽は兄が好きだ。それが兄妹としてのLikeではないことは自覚している。これは明らかにその領域を越え、Loveを半分くらい侵食していた。その領域をを超えるにあたり、歪みを孕んでいることも、当然。兄妹に向けるものでもなければ、恋人に向けるようなものでもない。………依存、と表現するのが最も妥当だろう。

「守るよ。」

この世界で、新たに転生した世界で苞羽は苦しんだ。ボタンをすべて綺麗に掛け違えたかのような違和感。知ってるのに知らない。自分が居たはずの環境との間に起きているズレ。どう考えても可笑しい。なのに、世界はそれを正常だと判断した。狂っているのは、他でもない苞羽だと。

「守るから。」

適応するには時間がかかった。まず自分が赤子からスタートしなければならないのも精神的な疲労の理由の一つだ。何が楽しくて二十代中頃が0歳児に戻らなきゃならない。それから、苞羽は元々兄一人弟一人の男兄弟に育ったから兄や弟がいても不便はない。相応の対応ができる自信がある。まあ姉妹も憧れはするが。だが、こればっかりはそうじゃない。双子とは、今の苞羽からすればとんでもなく厄介だ。
双子の以心伝心がどこまでのものか正確には知らないが、それでも結構な確率であることは聞いた。後は、大学で人間科学を学んでいた友人が取材した話では、二卵性より一卵性のほうがよりシンクロ率が高いとも。

「守るから、安心してくれ。」

苞羽と双子の兄、燿は一卵性異性双生児だ。今なら軽く聞き流していた友人の話を詳しく聞きたいし、なんだったら感謝もしてる。これが一般的にどうなのかは知らないが、確かに驚異のシンクロ率だった。活発だった燿はよく小さな怪我を拵えるが、ぶつけていないはずの苞羽も痛かった。あと、泣く理由がないのに燿が泣き出せば共に泣いてしまう。心の中で今なにを欲しているかも分かるし、双子ってこんな状態で日々過ごしてるの!?と、うっかり感動してしまいそうなぐらいには強烈だった。

「お兄ちゃんは、必ず苞羽を守るよ。」

そのうち言葉が少し話せるようになれば、燿は必死に苞羽に何かを伝えようとしていた。言葉を話せると言ってもまだまだ語彙が足りないため、何が言いたいかはほぼ分からない。それでも心配していることはわかった。双子故の以心伝心と、社会に出て培った対人能力だ。上手く言葉にできない燿が次に取った行動は隣に寄り添うことだった。

「苞羽は、俺が守る。」

燿がしっかり言葉を話せるようになって、一番多く言ったのは『守る』という単語だった。かなり習得が早かったように思うし、知能の発達は平均を遥かに上回っていた。それは人生二回目の苞羽とのシンクロなのか否かは判断できない。

「絶対俺だけは、何があっても苞羽を守る。心配しなくていいぞ。」

日々苞羽の核心に、奥底に触れてくる燿を『スコッチ』だと認識してから暫く。自身の人間関係がかなり原作に絡んできそうで不安に思っていた頃、小5くらいか。二回目の苞羽でも小5には見えない燿を、大事な半身を試すようなことをした。

「もし自分がある物語の中に入ってしまい、自由に行動できるとして。その物語の結末を知ってるお兄ちゃんはどう動く?静観する?未来を変えないために知らぬふりをして生きてく?それとも積極的に動いていく?」
「その結末はどんなのなんだ?」
「最終的には平和になるはず。でもその過程で沢山の命を失う。物語の中で重要なキーを握る死もあれば、飽くまでも物語に足される色として終わらせられる命もある。」
「……それなら、救うな。救えるんだろ?知ってるんだから。」
「………うん、知ってるよ。救える。だってそこに制限はない。」
「なら動かない理由はないな。もう『俺』が物語に迷い込んだ時点で変わってる。迷い込むことが出来たということは、許されたということ。『俺』の行動は僅かでも物語にズレを生むことになるはずだ。どちらにせよ同じじゃないだろ?自分なら救える命を、見ないふりするのは苦しいさ。動いたほうがずっと楽。もう変わった。そう思えばこれ以上変えることに躊躇なんていらないはずだろ?……どうかな、苞羽の疑問に答えられたか?」

突飛な質問だったのに、燿は考える素振りを見せながら至極真面目に答えた。その質問の意味が、どんなものか分かっていたから、かもしれない。

「――――うん、ありがとう!」

燿の答えは、苞羽の心に居座るブラックボックスを縮めるには十分だった。どうするべきか悩み続けるのは苦しいこと。この物語で、世界で生きてくという決断を下せたのは純粋に嬉しかった。安堵の笑みを浮かべる苞羽の髪をかき混ぜるように撫で、燿も笑う。

「はは、いいよ。それで苞羽の心の引っ掛かりが取れるなら、協力するさ。」
「………ありがとう。」
「(この中に苞羽が悩み続けたブラックボックスの正体があるのか?まぁでも、嬉しそうならいいか。)」


―――『物語』の中で生きるか『世界』で生きるか。

苞羽の考えは2つあった。物語の一部として、一人の登場人物として、エキストラとして溶け込むか。物語は筋書きが決まってて役割があって結末も決まってる。それを変えないことが前提。
若しくは、この物語を頻繁に事件が起き過ぎる物騒な世界として認識し、制限を持たずに生きていくか。確かに筋書きがある。明確な役割分けもある。でも彼らは世界で生きている人間なのだから、必ず同じ行動を起こすとは考えられない。原作では見落としていなかったはずの証拠を見落としていたり。彼らも間違うことのあるハイスペックな人間、それならば苞羽もその中の一人として『生きる』ことができる。原作を破壊するようなことはしないが、救える人間は救う。それが『苞羽』の生きること。

特に後者の決断を下すのが難しかった。安易に溶けこもうとしているくらいには、かなり。燿の言っていることは何も間違いじゃない。正論も正論だ。もし燿に聞かないままだったら、割り切れずに前者で生きたかもしれない。

救いたい。苞羽は原作を壊しちゃいけないと思うと同時に、そう考えていた。………救っても、いいのか。彼らの死を踏み躙る行為にはならないだろうか。――いや、それよりも生きて欲しい。

「苞羽、守るから心配するな。」

今まで燿から刷り込みのように言われ続けた『守る』という言葉に、反応することはなかった。隣に寄って来てじっと体温を分け合うことも拒否してこなかった。

でも、この世界で生きるというのなら。しっかりと、この足で立って歩かないといけない。時には物語の波に乗らずに、重い足を引きずって。ずっと受け身で過ごしてきたが、それも変えて。この世界は受け身では『生きて』いけない。

「私も、お兄ちゃんの事守るからね。」

守るよ。いつか燿に訪れる自決の日から。全員は救えない。けれど、燿たちと同じように警察学校に入れば、それをパイプに彼らも救える。だからまずは、世界に染まり、技術を習得せねば。この世界で必要になる技術は多すぎる。それを全て網羅しても、きっと足りない。それでも、いざその場に直面して何も出来ないままで居たくない。

「絶対、守るよ。救うから。」



translations:リセットしよう、星も水も
title by:ユリ柩


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