朝から凛月を引っ張って登校しその辺に放り投げた。午前中の授業はしっかり出て、昼休みの間に生徒会長室へと向かう。他の教室に比べて大きな扉をノックし、返事が来たので中に入った。
執務机の上で手を組みこちらをニコニコと見ている英智。刹那はその光景にこれと言って反応せず、応接デスクに腰を下ろした。

「刹那ちゃんもここに入るのには慣れてきたね。あんずちゃんはまだビクビクしてるのに。」
「流石に。そのうちあんずもそうなりますよ。あの子は私よりも断然優秀で適応力もありますから。」
「僕は君も優秀だと思うけどな。革命を起こしたのはあんずちゃんだが、そのための舞台を作ったのは君だ。彼女より1年早く来て現状を見て革命を起こすに最適な土台作りをしたのは。僕の思惑も分かった上でね。」
「別に、英智先輩の思惑なんて分かってませんでしたよ。もしかしたら程度で。『Knights』の崩壊も防げなかったわけですし。私は役不足だったというわけです。」

彼は刹那のことを優秀だと言うが、彼女自身出来損ないだと感じていた。あんずの作ったステージの方が皆輝いているように見えて、その上入学早々革命を成功させている。そのあんずほど優秀な存在はいまい。刹那は長い時を生き過ぎてどうしたら輝くのかが分からないのだ。それ故、最近レッスンをつけながらも演出はあんずに任せ書類を書くことの方が多い。
いくら器である身体が新しくなろうとも記憶は蓄積されていくから年齢相応の考えは持てない。そして刹那は混沌とした革命前を嫌と言うほど知っている。その中で英智が考えていたことも粗方。だからと言って何ができたわけでもなく、ただ目の前で見ていた。

愛しい凛月がその手に掴んだ仲間の崩壊を。彼自身の崩壊を。

それ以後今まで以上に刹那を離さなくなった凛月。きっと自身の手からすり抜けて欲しくなくて、自身の中に閉じ込めておきたかったんだろう。
英智は刹那の言葉に「そうかな。」と執務机を立ち応接デスクの、彼女の正面に座った。

「役不足、とは少し違うね。あの殺伐とした学園の中でギリギリの均衡を保っていたのは刹那ちゃんだ。僕らの圧政の中でそれでも活動できるように、どうにか学院を動かしていたのもね。
『Knights』の崩壊を止める手段はあの時の君には確かになかっただろう。それでも、そのあと支えたのは紛れもなく君だ。だから完全にバラバラにならず、月永君も戻って来た。
そうして動き回って、『fine』のレッスンもつけた君なら分かっていたはずだよ。僕が何を考え行動していたかなんてことはね。知らなかったとは言えないくらい的確に行動してたよ。」
「圧政の中でも活動したいと思っている人がいたから、少し手を貸しただけで。私がいなくても出来ましたよ。レオさんが戻ってきたのはあんずが引っ張ってきたからで私は何もしてません。
当時は頭のいい英智先輩がそんなにあからさまに悪役を演じて恨みを買うのには何かあるんだろうな、としか考えていませんでしたよ。人の心を掌握するのが上手な先輩なら恨みも買わずにやってのけるでしょう。
で、次のレッスンの話をしに来たのになんで昔話に花を咲かせなければならないんでしょうか。」

刹那は英智との苦い昔話を切って、本題に入る。どうしても英智と話すと長話しすぎてしまう刹那はそうならないように気を付けながらも、つい乗ってしまう。そして彼と話すと大概ネガティブになるのだ。これといって大きな理由があるわけではないのだが、話題選びの問題もあるかもしれない。

「あぁ、悪いね。君の影の英雄譚も結構好きなんだ。つい本人が目の前にいるとそういう話をしたくなる。
次のレッスンはイベントが近いから少し多めに入れたい。君の空いている日は?」

刹那は手帳を開き、次『fine』が出るイベントを確認しその間の空きを探し手帳を見せ、3つ指さす。英智はその内2つ入れたいと日付の書かれたボックスをとんとんと叩いた。
これでレッスンはほとんど日程が埋まる。ほぼ休みないなと少し笑みをこぼして手帳に書き入れた。

「いつも通り、企画書案はあんず提案の物で進んでいます。生徒会を通すことになるので見るとは思いますが。」
「ああ、分かったよ。所でここ最近君企画のイベントの話を聞かないけど、何かあったのかい?」
「いえ、特別。あんずの案の方がいいですから、企画書書いて衣装作るくらいしかしてません。」
「それは残念だね。君提案のイベントも結構好みな物が多かったんだけど。」
「そう思っていただけて何よりです。私はこれで。」
「また紅茶部に遊びに来るといい。」

やはり気が付いていたのだろう、あんずが来てから一切刹那企画のイベントがなかったことに。彼女の行っていたイベントは革命前の生徒会が勝つように仕向けられた時期のもの。果たしてそれに良し悪しがあったのかは刹那には理解できない。
生徒会室を出る直前の紅茶部への誘いに頭を下げて扉を閉めた。急いで凛月の下に行ってご飯を食べなければと、先ほど凛月を置いて来た場所まで早足で行く。

防音室はレッスン前に済ませて、それから参加かな。泉がいるから先に始めてくれるだろうし。校舎から少し離れた木の下に凛月が転がっていた。仰向けで空に手を伸ばしている姿はすごく綺麗で。刹那は伸ばしていた凛月の手を掴み、顔を覗き込んだ。

「眠くない?放課後からレッスンだけど…。」
「ん、まぁ。多分平気。エッちゃんの所行ってたんでしょ?」
「うん。革命前の話をされたよ。後紅茶部に誘われた。」

そのまま引っ張られて座った凛月はぐっと体を伸ばして気に凭れ掛かった。風に揺れる黒髪は男にしてはさらさらと細めで、つい手を伸ばしたくなる。
ああ、でも。と伸ばしたままの足の間に身体を割り込ませ凛月の体を背もたれにするように座った。頭を左肩に預け目の前に映ったきめ細やかな白い肌。空とのコントラストでなお綺麗に見える。そんな刹那を覗き込むように凛月が首を回し、緩く笑った。
吸い込まれるような赤い瞳は、やはり魅惑だ。食べてしまいたいと思うのも仕方ない。

「またその目。そんなに俺の目はおいしそう?」
「うん。つい食べたくなっちゃうくらいには。」

凛月の右手が刹那の左側の首筋に指を這わせ喉元、鎖骨と滑らせていく。愛おしさと、あまりある支配欲と独占欲がその指先に籠められ、強く主張した。
彼と出会ったのは2回目のとき。凛月は4回目。初めての繰り返しに戸惑い、恐怖した。とにかく赤い服が目につき、まともに外出できなくなる程。20歳を超えたころに、ついに”思想解放戦線”に見つかり追われた。
そこで出会ったのが凛月だったのだ。あと少しで殺されるってところで彼は眠そうな目を携えたままそいつの心臓を貫いていた。背後から貫通した刃は刹那の眼前で止まり、その顔に血液が飛んだ。凛月は顔に飛んだ血を拭き取ってエデンへと誘った。鏡の中の楽園へ。
そうして助けられた時からその腕に絡め取られ、侵食し、彼色に染めぬかれた。凛月から向けられた感情に気づき、愛おしく思えて手を伸ばしたのだ。
彼が言った。「あの場に来たのは偶然かもしれないけど、きっと必然。永く隣りにいてくれる刹那と出会うための用意されたイベントだったんだよ。」と。
刹那が凛月に絡め取られ捕まったのもこの先のための必然で、その手を掴んだのも必然なのだろう。
『基本的に『部分的非決定論』派とは言ったけど、凛月のことに関しては『決定論』派でいたいな。』
刹那はそう考えながら自身の体を滑る熱の篭った指に右手を添え、しっかりと握りしめた。

「ん〜?」
「私の四方の海を掌握してるのは凛月でしょ?そんな不安そうに主張しなくてもいいのに。」
「そうだねぇ。俺もそうだと思ってるけど。」

凛月は刹那の体を抱き込み完全に寝る体制に入っている。ご飯食べそびれた、なんて場違いなことを考えながらチャイムが鳴ったのが分かった。またサボりだ。その上次の授業は椚先生である。一体どれだけ長い説教が待っているのだろうかと嫌な気分になるのだが、凛月とゆっくり過ごせるのなら別にいいかと体を完全に預け眠ることにした。




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