目が覚めたのは放課後になる前。危うく寝過ごして今日の予定をクリアできないところだったとため息を吐く。
起こすのは忍びないのだが『Knights』のレッスンもあるためここに寝かせておくことはできない。
凛月を椅子にするように座っていたはずの刹那は何時の間にか抱き枕になっており、上半身が完全に乗っかっていた。動かしづらい身体を揺らし凛月の太ももを叩く。
唸るような声が聞こえるがまだ起きる気はないらしい。さらに刹那の体を抱き込んでくる。

「凛月ー。起きて。もう放課後になるよ。」
「んー、もうちょっとぉ……。」

これは、どうしようか。と少し眉を寄せる。大概刹那が起こせば起きるのだが、どうやら今日は違うらしい。確かに昼休みの時点で目を覚ましていた。刹那と寝たかったが為にそうしたのかは微妙な所ではあるが。
刹那は少なくとも放課後一番で放送室に行かなければならない。まだ企画書を出した訳ではないのだが、事前に彼ら視点からの微調節も終わらせておきたいのだ。企画書が通り次第すぐ動けて余裕のある日程を組むために。
と、そこで刹那は自身の指を見て思いついた。正確にはその下に流れる血なのだが。
木の力で棘のある蔦を作り上げた。その棘を指に刺せば一瞬の鋭い痛みと、傷口から流れ出る血。刹那としてはこの血の香りに特に何も感じないのだが、凛月はそれに目敏く反応する。拘束していた腕が離れ、血の流れた指が彼の口に含まれた。
普通に起こして8割、そうじゃなければこうして起こしてる。後者の方が寝起きは悪くない。むしろご機嫌だ。

「おはよう。ちゃんと頭働いてる?」
「大丈夫。相変わらず美味しいねぇ…。刹那の血に混じった魔力が流れ込んでくるの分かる…。」

忽然と嬉しそうに瞳を細めるもギラギラとした輝きは隠せていない。その姿はやっぱり、らしいなと思う。そうして授業終了と共に放課後を知らせるチャイムが鳴った。
凛月の口から指を抜き取り簡単に手当てして立ち上がる。名残惜しそうにしながらも、貰えたことに満足したのか凛月は素直に鞄をもって立ち上がった。

「私放送室寄ってから行くから、泉先輩に先に始めるように伝えておいてくれる?」
「ん。分かった。まぁ、ご褒美先に貰ったからちゃんとしないとねぇ。」

凛月は離れ際刹那の首筋にキスを落として軽く手を振りながら歩いて行った。所有印と言うわけではないのだが凛月はよく離れる時にするのだ。首輪の確認のようにも思えるがそんなに心配かなと思うも、嬉しいので何も言わないでいる。
さあ急いで終わらせないと、と放送室の方へ歩を進める。

道中先生に呼び止められ、『UNDEAD』がイベントに使用する有刺鉄線の確認をされた。企画書内にもあったが危険性を考えてのことだろう。少し話をしておきますと返し、終わったら取りあえず3Bに行かないとと増えてくる予定に苦笑いした。
放送室の扉をノックし中へ入る。
その場にいたのはなずなだけ。何となくしか把握していない操作機の前に座っていた。

「次のイベントで使う音響機器の微調節をしたくて。」
「あれ、企画書通ったのか?」
「いや、通った時のこと考えてスムーズに行くように事前にね。」
「先のこと考えてるな〜。ま、おれたちもその方がやりやすいし。」

刹那はファイルから企画書のコピーを取り出しなずなに渡した。自身もかなり書き込みのされた企画書を出して修正箇所などを聞きながら書き込んでいく。大きな問題点はない様で、必要機器のメンテナンスもイベント前にはすべて終わっているそう。
修正案の最終確認を行ったところでなずなが”女王”に声をかけた。

「どうも”赤服”の動きが怪しいみたいなんだ。おれのほうでも確認してるけど、確かに今までとは違う動きを見せてる。」
「何か仕掛けてくる可能性もあるってことか。今世は随分と大人しいようにも感じたし、十分あり得るね。この体で18年くらいだけど一回も襲われないのはおかしい。こんなに堂々と生活しているのに。」
「特殊な学院に所属しているとはいえ、破れないほどの警備網じゃないもんな。”珪砂”が多くいるからってことは多分視野に入れていないだろうし。」
「あくまでも”珪砂”には手を出さないけど、いることによって有利に傾きやすいからね。
”思想解放戦線”って名前を冠するだけあって目的は鎖国の解除と思想の自由を手に入れること。あとは”世界”の統治への不満だっけ。
名前変えて”日本解放戦線”とかの方が当てはまってるように見えるけど。」
「実際の所、何を考えているか分からないけどな〜。”硝子”を捕まえてカルマの清算をさせてるんだろ?おれは知らないけど昔のエデン3柱のうち2人がその”更生”を受けたらしいし。」

”思想解放戦線”とは1つの反政府組織のようなものだ。
”硝子”を狙い”更生”を受けさせる、酷く厄介な奴ら。赤いコートを着ることから”赤服”と呼ばれ、時には街中で事を起こすこともある。エデン所属の”白服”との争いが日常茶飯事の中で、必ずと言っていいほど狙われる主要人物が争いに巻き込まれないというのは腑に落ちないのだ。
そんな彼らの専売特許である”更生”の内容はあくまでもカルマの清算、としか正式に発表されておらずその内容は杳として知れない
記憶なしに同じ生の数繰り返す、所謂執行猶予のような形だという話だったはずだ。正式ではないものの、信頼できる伝手からの情報である。逆に正式な情報の方が信頼に値しない。

「あぁ、その話。私はまだ一回目だったからこの目で見たわけじゃないけど事のあらましはね。」
「そっか。時間あったら何が起こったか教えてくれよ〜?あ、それと前に頼まれてたうちの学院の生徒たちのアルカナ。皆”愚者”だったぞ?
見てない人も半分くらいいるけど、よく会う人は確認した。あんずも”愚者”ではあるんだけど、ちょっとノイズ掛かってたような気がする。力の使いすぎかもしれないけどな。」
「分かった、ありがとう。何も起こらないといいけど、世の中そうもいかないから警戒しておくよ。凛月と奏汰からは私から伝えておくから双子の方への連絡をお願い。ジャックの危険も考えて念話じゃなく口頭で。」
「まかせろ!引き続き監視はしておくからまた何かあったら教える!」

思いの外話し込んでしまい、早く3Bに行かなければと忙しなく放送室を出た。先生に怒られるのを覚悟で廊下を走り階段を駆け上がる。少し体力が落ちたかも、と頭の隅で考えながら3Bの扉を開けた。
今日はレッスンだと伝えていたはずのレオはこんな時に限って教室で飛ばしている。他にも3B以外の人もちらほら残っていて、目的だった零も座っていた。
その中には流星隊関連で来たのかあんずもいる。

「おお!有馬か!走ったら危ないぞ!」
「いや、時間押してて……。」
「あ、刹那ちゃん。何かあった?」

「廊下で先生に確認されて……。」と後ろの席にいる零の方へ駆け寄った。刹那の接近に気付いたのか本から顔を上げた零と目が合う。

「刹那の嬢ちゃん。なにかあったのかえ?」
「イベントの時に使う小道具の中に有刺鉄線があったじゃないですか。さすがに危険だろうと先生に言われまして。それっぽいものを作る形でもいいですか?」
「あぁ、やはりそうじゃったか。些か危険じゃと言う話はでておったのだが……。して、その案を聞いてもよいじゃろうか。」
「あ、はい。安全面も考慮した上で針金が入っているシリコンを使おうと思います。黒と銀の塗装をして、捻じって形にできるように。太さに幅があるものなのでなるべく細めのものを探してみます。」

企画を出す段階で既に微妙なラインだったのか、予想出来ていた問題に納得した様子の零。代わりに出した案も気に入ったようで「面白い。」と一言言い、その案を採用した。
企画書に書かれていた長さは結構あったので時間が掛かるだろうが、間に合うだろう。よろしく頼むと言われ、帰ったらカタログを探さなければと考える。ふと振り向き、あんずに現在の修正案の話をしようとしたところで違和感を感じた。
千秋と話し終わったのか隅から教室を眺めているあんず。その目に浮かんでいるのは悲しみとか寂しさのような。
にこにこと笑っていることが多く沢山の生徒に慕われるあんずがその生徒の目の前で悲しそうな顔をするなんて、普段の彼女からは想像もしえない姿だ。
一瞬あんずの方にに行くのも躊躇われたが、どうにも気になって駆け寄り話しかけた。

「あんず?どうしたの?」
「……っえ?あ、ごめんね。ボーっとしてて。」
「……なら、いいけど。これ、今のところの修正案。最終的にはこれを第一企画案として出すよ。」

大量に書き加えられた企画案を渡し、真剣に読み込んでいるあんずの横顔を眺める。その顔には先ほどのような悲しみはなく、いつものプロデューサーの顔だった。




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