ようやく『Knights』のレッスンに参加できた。
レッスン室に入ったときの泉の睨み様は凄かったが、ドタバタし1てるのを分かっていたのか特別何も言われずに済んだ。
刹那はほっと息を吐き、3Bを出る時点でインスピレーションをキャンセルして無理やり連れてきたレオを部屋の中に入れる。
結局こっちでも飛ばしているのであまり変わらないようにも思うが、ここに居るだけマシなのだろう。凛月の機嫌も落ちなかったようで練習にはきっちり参加している。
スピーカーから曲を流しそれに合わせて踊っていき、合わなかったりすると止めて話し合ったりしながら内容を詰めていく。

「刹那お姉さま。少し…。」

休憩中、全員にスポーツドリンクを渡してし終わったところで司から声をかけられた。手には『Knights』の衣装を持っている。

「どうかした?」
「衣装についてなのですが、私少し身長が伸びたようで丈が短くなってしまったのです。流石にこのままにするわけにはいきませんので、相談をと…。」
「丈が短くなっただけなんだよね?それならすぐ直せるから気にしなくていいよ。少し長めに作って中に折りこんでるから。」

喜ばしいことに身長が伸びたのだがタイミングが悪かったようだ。衣装を着ると分かってしまう程のようで眉を寄せている。その辺りは刹那もあんずも考えてあった。特に1年生は身長が急激に伸びることもあるため、事前の採寸よりも丈をに長めに作っているのだ。
イベント前にそれが発覚することもあるだろうと素早く直せるように。司から衣装を受け取り採寸のし直しをしたいとお願いした。休憩時間はまだあるが取りあえずこの時間は休憩しておくように頼み、終わり次第少し残って欲しいということも含めて。
元気な返事をした後練習に参加していなかったレオの方へ行き騒いでいる。
そこで、冷たいものが刹那の首に当たった。急なことに驚き振り返ると泉が不機嫌な顔で立っている。その手には今首に触れたであろうペットボトルを持って。

「泉先輩!どうかしましたか?」
「……あんた、走り回ってたんだからちゃんと水分補給しなよねぇ〜。倒れられたら被害被るのこっちなんだしさあ。プロデューサーとしての意識、足りないんじゃないのぉ?」
「あ、すみません忘れていました。ありがとうございます。それにしても、私が走り回ってるの知ってたんですか?」
「イベント近いんだから当然でしょお?なずにゃんとこ行くって聞いてたし、王さま連れてきたってことはどっか寄ってきたわけだし。まさかクラスにいたなんて想像もしなかったけどぉ……。」

ペットボトルを受け取り喉に流し込めば、どれほど飲み物を取っていなかったのかが分かるほど渇いていた。確かに自己管理が出来ていない人間にプロデュースされたくないだろう。心配しているのに余計な一言が入ってしまうのは泉の性なので仕方ない。
そして泉にとって予想外だったのはレオが教室にいたことだ。刹那は用事があってクラスに行ったら飛ばしているレオに会い、そのまま連れてきたと話していた。
授業に出ていた可能性は全くもって否定できるのだが、レオに聞いてみても「何かある気がしたからな!」としか言わず相変わらずぶっ飛んでるとため息を吐く。
泉は頭の痛い話だと思いつつ、いつまでもレオともみ合っている司の首根っこを引っ掴んで再び練習を始めたのだった。


・・・


刹那はレッスンが終わり片づけをした後奏汰に会うため噴水の方へ向かっていた。勿論凛月と一緒に。一階に着いたとき佐賀美に呼び止められあんずが倒れたことを教えられた。椚の車で家に送られたそうだがかなり体調が悪かったようだ。
教室で感じた違和感と言うのは悲しさというよりも、体調が悪かったのか。「道理で…。」と呟けば「あんまり気にするなよ。」と肩を叩かれ行ってしまった。
気にするなと言われても、刹那自身があんずに多くの仕事を任せてしまっている事を自覚しているので何とも言えない。この学院の滞在歴は刹那の方が長いのだが、優秀故つい頼りたくなってしまうのだ。
凛月に頭を撫でられながら屋外へ出た。もう日も暮れて星が輝きだす時間帯。凛月の一番元気な時間だ。ライトアップされた噴水には相も変わらず人の姿がある。噴水のふちに腰を掛けその周辺を囲い結界を張った。いくら人が減った学院とはいえ誰かがここを通らない可能性というのはそう多いものではない。
水に浸かっていた奏汰も気が付いたのか、重たくなった制服を絞るでもなくそのままにしてふちに座った。

「なにかありましたか〜?」
「なずなから聞いた話なんだけどね。”赤服”がキナ臭い動きをしてるんだって。」
「ここの所”白服”が襲われたって話も聞かないからねぇ。何か大掛かりな準備をしてるってこと…?」
「可能性としてね。それなら最近の変な動きにも説明がつくし。」
「……このあいだ『がいぶ』にすんでいる”はへん”からきいたのですが、『こぜりあい』のおおいちいきでも『めっきり』そうどうがなくなっているみたいです。」
「”破片”?奏汰の横のつながりは不思議だねぇ。にしても、外部に住んでるってことはそれなりのコミュニティを築いてる人ってことでしょ?じゃなきゃ外部に住めないし。外に詳しい人がそんな話をするってことはそれなりに話題になってるんだろねぇ…。」

外の状況を満遍なく知るにはなずなで事足りるのだが、それで知れるのは現状のみ。映像を見るに過ぎない為、辺りで出回った噂や情報は入ってこないのだ。
そうした情報に詳しいのが”破片”。なぜ呼び方が変わるのかは分からないが、灰色の腕輪をつけておりその多くはエデンではなく外部、つまり現世に住んでいる。
彼らは互いに情報交換をしあい、ときには刹那達に状況を教えに来るのだ。
外部に住む”破片”がその話題を出すということは多くの”破片”が目撃し、不審に思っていたからだろう。偶々会ったであろう奏汰に話す意図はそこにあったのかもしれない。警戒しろと、そう伝えているような。
………奏汰に話しても刹那達のもとに伝わりにくいのだが、今回はいいだろう。

「なずなが不審に思ったうえ、外部の”破片”も言外に警戒しろって言ってる。嵐の前の静けさって感じかね。嫌な予感だ。できれば学院内では事を起こしたくはないんだけど、ここまで大掛かりな準備をしているってことは……。」
「十中八九、俺たちが学院にいる時に起こるだろうねぇ。エデンが襲われるか、ここに攻め込まれるか。」
「……どちらも『いや』ですが、がくえんに来られたほうが『ぎせい』はすくなくすみそうですね。」
「ま、そりゃね。後者の方が私たちのにも余裕はあるし。」
「”赤服”は”珪砂”を手にかけることはないってやつ?こういう場合はメリットの方が大きいから人質くらいにはされそうだけどねぇ〜。」
「一回に捕られる数にもよるけど、対処できなくはないよね。」

分かり易すぎる準備と隠蔽工作の杜撰さにため息がでる。いくらなんでも酷過ぎないかと敵ながら呆れるが、寧ろ”赤服”の幹部が英智みたいな人だったら完全に詰んでいただろう。彼はその手のことは得意だ。
そこまで考えた所で寒気がした。ゾッとする話である。
襲われないことを願いつつも、心のどこかで必ず起こると確信があるのか細かな対処を決めていく。この場で作戦を考えるものの、いざとなったら各々適当に動くのだ。あまり意味はないのだが段取りは決めておかないと迷走しかねない。最終的にはどうする、とそこだけしっかり決めてエデンに戻ることにした。
張ってあった結界を解き、ここから程近いところにある第二棟に足を踏み入れる。もう学院内に残る人も疎らで、特に第二棟は人の出入りが少ないため静かだ。
刹那達の足音が響く中で彼らが止まったのは階段の踊り場にある鏡の前。”白服”の住むエデンは鏡の中にあるのだ。正確には鏡を媒介とした亜空間に。
”御子”である2人が転送を行うより遥かに簡単に、力の消費なく行けるのはこの方法。資格さえあれば町中どこの鏡からでも入れるようになっている。

「なんか鏡見てると一人の人間なんだなぁって思う。記憶は受け継がれても俺達は間違いなく自我のある人間だって。」

凛月がふとそう呟いた。鏡に映る自身を見つめながら。その声に反応しながら奏汰は鏡を指先で撫でている。奏汰が鏡に触れるたび水に触れるかのように小さく波紋を揺らす。
思いを込めて触媒に触っているが故の反応。鏡がはやくこちらにおいでと手招きしているような。その光景を眺めながら刹那は凛月の言葉に答えた。

「それ、『自我の起源』?インファンスの。自らの統合された身体のイメージがない、鏡を見て初めて自己を確立させるっていう。」
「それもだけどラカンのほうかな。『自己がないから他者がない』。『能動的でもあり受動的でもある、言及することが不可能で融合的なカニバリズム』。ちゃんと俺達には自己があるから他人との区別もつく。」
「だから私達は『ボッシュの世界』ではない。この体が繋がっていることをとうの昔に知ってる。」
「そういうこと。鏡を見て思い出すのはそのことだからねぇ。お前は間違いなく一人の人間だって言われてるような。」
「おそらく伝えたかったことは違うんだろうけどね。ラカンは難解すぎ。」
「『いんふぁんす』は自我をかくとくしたとき自身への『みわく』もうまれる。『同一化』のはじまりでもあると。
その『らかん』がなんかいなのは『にじゅう写し』になってるから、という話しでしたね。」

刹那も鏡に触れながら会話を展開させていく。インファンスとは言葉なき者と言う意味で、所謂赤子だ。言葉を話せず、自身の全身像も知らない赤子。寸断された身体のイメージしか持たない赤子が鏡を見てはじめて1人の人間として認知する。
奏汰の言葉に「そうそう、そんな感じ。だから難解なんだろうねぇ〜。」と凛月は気が済んだのか鏡の中に入って行った。残った2人も釣られる様に入って行き、第二棟には静けさが戻る。
まるで誰もいなかったかのような光景を見れば目を見開くだろうが、ここには誰もいない。学院の七不思議にも数えられそうな話であった。




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