イベントの企画書も無事通り、ついに明日本番。あんずも体調は良くなったと言っていたため、無理をしないことを条件に仕事をしている。
殆どのユニットが参加するため、早めにセットは組み上げられ順番にリハーサルを始めている頃だろう。
あんずにはリハーサルを見てもらい刹那はあちこち走り回っていた。『Knights』の順番はまだだが凛月も呼びに行かなければならない。舞台裏の確認と各ユニット、音響との最終打ち合わせも残っているし司に衣装を渡す必要もある。
『2wink』や『Knights』、『UNDEAD』などは控室にいるので探す手間はないだろうが問題は他のユニットだ。どうにか見つかればいいのだが。窓から外を覗けば日が落ち始めている事に気が付いた。これならば凛月や零も動けるだろう。

野外に設置されたステージに向かおうとしたところで、轟音が響いた。

――――大地を揺らすような、明確な悪意。
ああ、やっぱり来てしまったか。事態を逸早く理解した刹那は野外ステージに向かって走った。


・・・


「エデン3柱の1人”騎士”深海奏汰。貴様も含めこの学院にいる”硝子”は全て連行する。」
「やはり、そういうことですか……。いやな『よそう』はあたったようですね。」

奏汰の眼前にギラリと光る剣が突きつけられていた。赤いコートを着た”硝子”の敵。”思想解放戦線”が久方ぶりに目の前に。

「奏汰!?なんなんだこれは!」
「深海くん、きみ…。」
「こまりましたね…。さいしょから『だんどり』が狂ってしまっています。」

奏汰は自身の生まれ持った”木”の力を外に出そうとして―――止めた。己を切り裂かんばかりの殺気を感じ、振り向きざまにその刃を躱す。当然、そこで確認できた。
金髪に揺れる髪、普段の彼とはかけ離れたその瞳には僅かに揺れている。それは戸惑いか、悲しさなのか。揺れ動く彼の思いとは対照的に右手にはめている鉤爪は鈍い輝きを放っている。

「かおる……。これ、は。」
「めんどくさいから、帰りたいんだけどね。どうしてもの仕事なんだって〜。」
「かおるは”赤服”のひとりなのですか…?」
「うん。下の方の幹部だよ。奏汰くんに話した”硝子”は間違いないけどね。」

いつもと変わらない話し方。こんな状況でなければいいのだが、生憎そうもいかない。先程攻撃された鉤爪はまだそこにある上に、奏汰自身はまだ武器を手に取っていないのだ。
たとえ媒介があったとしても発現までにタイムラグがある。その間攻撃をよけながら、と言うのも難しいものだ。
チラッと後ろに目を向ければ困惑した生徒たち。騒ぎ始めていないだけマシだろうが彼らを守りつつ目の前の薫と、かなりの人数がいる”赤服”とやりあわなければならない。爆音で他の”硝子”も気づいているだろうが、それまで持ちこたえる必要がある。
奏汰は薫と目を合わせたまま後ろに下がり、ぎりぎりまで生徒に近寄った。その目に彼等には手出しさせないとはっきりとした意志を宿して。
赤い羽根のストラップがベルトについているのを確認して力を集めた。薫は動かずその場から見定めていて、後ろの部下にも目配せしている。青いブレザーを姿を見ることが多いので赤いコートは新鮮だ。
複雑な気持ちになりながらも武器の発現を終える。輝きを放つ粒子から鞭が生成された。奏汰はそもそも近接をあまり得意せず、中距離から攻撃することが多い。現にメイン武器も銃である。自身の手から垂れた鞭に更に魔力を流し刺突剣に姿を変えた。鞭に木の応用だ。
茶色をしていながらもその先はほんの少し触れただけで皮膚を貫くであろう。風を切るように振り払えば低い音がした。

「へぇ、奏汰くんは随分と面白いものを使うんだね。取りあえず、一対一でどう?他の人達来てないみたいだし。仕事で来たはいいけど言いなりになるつもりはないから、俺はやりたいようにしたいからさ〜。」
「……かまいませんよ。それなら、”けいしゃ”に手を出しませんね?」
「うん、別にいいよ。」

奏汰は地面がへこむ様な勢いで踏み込み、薫の目の前に移動した。
彼は手を出さないと言ったが、他の”赤服”はかなり切羽詰まった様子だ。この場に奏汰しかいないからなのかは分からないが。人質に取るかかなり瀬戸際な印象である。
薫の鉤爪と奏汰の刺突剣が甲高い音を立ててぶつかった。どうも奏汰は本調子ではない様子で首を傾げる。例え薫が敵であれ、同じ学院に通い同じ部活に所属していた相手だと思うと本気が出ないのだろう。
確実に急所を狙うが躱され逸らされ、なかなか傷がつかない。それは薫も同じで奏汰の動きを防ぐあまり大振りになり、隙が見え始めていた。どうにも致命傷を与えあぐねている、というよりかは待っているように感じる。

ああ、もしかして薫は―――。と、その時。奏汰の視界の端で赤いコートが揺れた。それは武器を交えている薫ではなく、別の人の。
奏汰は自身の視界から人が外れたのを見て振り向こうとしたが、薫の武器が容赦なく襲ってきた。

「にげっ―――!」

普段の奏汰からは想像しえない大きな声。しかしその言葉は最後まで紡がれることなく甲高い音に遮られた。
”赤服”の狙いは”珪砂”だ。今奏汰は彼らを庇える位置にいない上、薫が素直に離すとも思えないのだ。人質に取られると動きにくくなるため、このまま渡すのは得策ではない。ただでさえ同じ学校の生徒なのだ。そう簡単には切り捨てられない。
薫との鍔迫り合いは拮抗し、魔力の放出も不可能だろう。安定してい力が出せない以上、無理やり出すのは暴走の原因になる。どうにも他の人に頼らなければならい状況に顔を顰めざるを得ない。
そこで、ふと懐かしい熱を感じた。
遅かったですね、と1人息を吐く。薫も感じ取ったのかそこから見えたのか、鉤爪の動きを止めた。奏汰も振り返れば、久方ぶりの姿に体が震える。威圧的とは少し違う、だが圧倒されるような。




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