”珪砂”に向かって走っていた構成員の頬を撫でた、とは言いがたいほどの熱風。骨まで溶かす温度を持つそれの色は熱と相反するように驚くほど冷たい青。
炎を纏った彼女は悠然と歩いてくる。左手には己の所属を示す白いマント。その襟首を掴み靡かせる様は『女王が通る、道を開けろ』と命令している様にも思える。しかしその炎は”珪砂”を傷つけることなく”赤服”を焼き払った。肩からゆらゆらと広がる炎は翼に見間違えるほど美しい。

彼女の手に魔力が集まる。放出された魔力の粒子が螺旋を描き形を成した。キラキラと神秘的な光景から生まれるのは驚くほどかけ離れた刈り取る武器。
鋭く研がれた刃は目の前の首を今すぐ刎ねんばかりの勢いでに威圧をしている。その刃に染みついた赤は一体どれ程の量なのかなど想像できるわけもなく。緩やかに内側に向かって綺麗な曲線を描く鎌の柄も、言い知れぬ狂気を孕んでいるような気がしてならない。

「奏汰、意思表示はしておきなさい。」

凛とした声が奏汰に届く。聞きなれない声音を発するのは知っている人で。彼女はこんなに人だっただろうかと困惑する。ハッキリとした物言いをする人ではあったが、何か違う違和感があった。
刹那の言葉に奏汰ははたと気づき「わすれていました。」とポケットから銀の装飾がされた四角い機械。中央のボタンを押せば眩しいほど白いマントが広がった。
奏汰はそれを羽織り薫に刺突剣を向けたまま後退し、刹那と並んだ。刹那もマントを羽織り、身の丈に合わないほど大きな鎌を地面に突き刺した。

「エデン3柱が1人、”女王”有馬刹那。随分なタイミングで来たのね。……それに、見覚えのある顔もいるようだし。」
「……その姿の刹那ちゃんは迫力あるね。」
「そう?貴方も似合わない武器を持っていているじゃない。長物を持つイメージの方が強かったから予想外だね。」

互いに言葉はそこで終わった。一拍として空かずに薫が奏汰に切りかかったからだ。
後方の”珪砂”が「白いマントって、エデン所属の”硝子”が身に着けるという……。」「ホッケー、そっちもだけど赤いコートって”思想解放戦線”のだよね。」と目の前の状況をどうにか整理しようそしている。
しかしどうしてかこの場から動けないのだ。避難した方が安全だと分かっていながらも。足が竦むのではなく、見なければならないという使命感を感じた。
方やプロデュース科の一人。方や水場にいる三奇人。方や女の子と遊びほうけているフェミニスト。
関わることが多い少ないはあるがこの学院で過ごした人たちだ。今目の前で彼らが起こしている血生臭いこの現状を焼き付けなければと。
刹那は自身の背中から漏れ出ていた炎をさらに広げた。庇護すべき仲間を囲むように青い炎が燃え上がる。外は灼熱の熱を擁するのに、内側は熱さを感じぬように相殺されている。彼女の背から繋がる炎はほの怖さを感じるがそれでも守る意思を感じてむしろ暖かく感じた。

―――彼女の顔を除けば。今世では一度も襲われなかったからか久しぶりの戦闘に胸踊らせてもはや狂気すら垣間見える。この場に似合わず楽しそうに笑っているのを見れば皆一様に思うだろう。
炎を放出したまま手近の”赤服”を薙ぎ払った。重そうな風切り音がした後にゴトリと体の一部が落ちる音がする。1つどころかいくつも。
敵をその1振りで屠る様は死神の武器を持つに相応しい。今まさに、多くの"赤服"に死を運んでいる。
奏汰は薫との鍔迫り合いの最中、足元に蔦を作り出し薫の足を絡めとった。突然のことにバランスを崩したが生まれ持った”風”の風圧で耐えきり、”雷”で蔦を焼く。
パチパチと帯電をしたままさらに切りかかってくる。奏汰は刺突剣を握っていた右手を凍らせそこから先電気が流れないようにした。
何度刃を交そうと薫の瞳は変わらない。やはり、今の立場に不満があるのだろう。待っている、機会を伺っている。意を決して薫に念話を通すと、意外にも受け取ってくれた。

「<かおる、いったいなにがしたいのですか?>」
「<……俺は”赤服”所属だけど、親がいるからってだけで特別何も思っていない。むしろ縛られるのが面倒。>」
「<ぬけたいのですか?かおるは、少なからず”世界”にふまんがあるとおもっていましたが…。>」
「<”世界”の統治に文句はないよ。監視されるのは好きじゃないけど楽だしね。エデンの方に移りたいと思ってたんだけどタイミングが掴めなくてね〜。>」
「<ぼくは、その言葉をしんじたいです。>」
「<そうしてくれる嬉しいよ。>」

”世界”は外出記録、購入記録、医療記録、会話記録などを統括しているシステム。その内、危険思想に属する発言や足跡が追えなくなった場合は特殊捜査課に捕まることになるのだ。生きづらい、の一言に尽きるだろう。自由奔放な薫にとっては特に。
そこで念話が終わった。あくまでも表面上は戦い続けるようで薫の鉤爪を弾き詰め寄る。
よかった、仲間を殺さずにすんで。奏汰は安堵の笑みを薄く浮かべた。

――――喧騒の中、僅かなうめき声が耳に入る。
”赤服”の1人が刹那の炎を掻い潜って”珪砂”の元へ辿り着いていたのだ。
この距離なら――!と敵を薙ぎ払い駆ける。”赤服”の手は英智へと伸びていた。僅かな隙間に体を捻じ込んで振り上げていた剣を鎌の柄で受け止める。金属同士がぶつかり合う音がして、”赤服”が飛び退いた。
刹那はそれを読み切り間髪入れずに追撃。あっけなく赤が散り、間近で見せないように焼く。英智の方へ目を向ければ戸惑いが感じ取れた。図太い神経してると軽く肩を竦める。
後ろの方が騒がしくなった。もしかして校舎に残っていた生徒が騒ぎを見に来たのだろうか。そろそろ他のメンバーも集まるだろう。刹那は「まったく段取り通りにいかない。」と独り言ちて躊躇なく目の前の敵を屠った。




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