多くの足音に紛れて聞き覚えのある軽快な音が聞こえた。
振り返った刹那の視界に入ったのは双子。白いマントは着用済みである。
「先に始めるなんてずるいです!混ぜてくださいよ!」とゆうたはムッとした顔で刹那に詰め寄った。

「ああ、"愛し子"。おいでなさい。一緒に狩りをしよう。」
「やった!『陛下』のお許しが出たよゆうたくん!久しぶりの狩りに血が湧くなぁ。」

刹那はゆったりとした口調で二人に返せばパッと花が開いたように笑い武器を発現させた。
身長よりかは少し大きめの武器は両端に光を反射させるようにして輝く鋭い刃。長い刀身を振り回すために中央には持ち手がついている。
2人は刹那に手を振って奏汰がいる最前線へと駆けて行った。後は凛月だけだ。なずなはもう既に監視を始めているだろうから何かあれば連絡が入る。

「俺たちが3柱の補佐、”御子”だ!エデンを壊すなら俺たち倒したほうが早いぞ〜!」
「何自殺行為なこと言ってるのさ、アニキ。本当に倒されたら困るんだから…。」
「そのほうが敵が集まりやすいじゃん!ゆうたくんだって沢山戦いたいでしょ?」
「まぁ、そうだけど…。」

堂々と名乗りを上げたひなたとゆうた。”赤服”を倒しながらもいつもと変わらないテンポで会話している。頼もしい限りだ。
後ろからその光景を眺めていれば、待っていた声が聞こえた。

「刹那。」

眠そうな感じは否めないが、その姿は”君主”に相応しいほどの貫録。高貴な王が今まさに刹那の方へ歩いて来ている。白を揺らし、ゆっくりとした足取りで。

「遅かったね。もうみんな始めているよ。」
「うん。別に俺がいなくても事態は収束すると思ったし。けど、状況が状況だから一応いたほうがいいかなって〜。”愛し子”達にも早くって急かされたんだぁ。」
「珍しいことも言うのね。幹部メンバーじゃ圧倒的戦闘狂の癖に。」
「え〜、それは刹那でしょ…?俺は戦闘狂って言われるほど酷くないと思うんだけど〜。」
「あ、間違いだ。今戦闘に参加したくないのは”珪砂”を庇っての戦闘だからだね。後ろを気にしながらの戦いはどうも身が入らないものだもの。」
「そういうことだねぇ。他の子らは俺たちが後ろを守ってるから自由に戦えるわけだし。」
「私たちのさらに後方にはなずなが控えてるけどね。」
「なずは頼もしいよねぇ。百発百中って感じで。」

なずな自身普段からそう多く戦闘に参加することはないが、かなりの数”共喰い”をしているだろう。
度々違う力を使っているのを見たことがあり後方指揮官ながら、自身でも攻撃する前提で遠距離武器を装備している。
彼のスナイプ術は文字通り桁が違う。”幻”の力を存分に発揮させ、余程の障害物がなければどんな距離であろうとも撃ち抜く。
現在も彼は遠くで現状把握に勤しんでいるだろう。その距離は離れていようとも射程距離内だ。何かあれば必中の死弾を発射するために愛銃が火を噴くだろう。

「ほんと”愛し子”かわいい。あんなに喜々として武器を振り回すなんて。頼もしいなぁ。奏汰も結構元気だし、若さなのかな。」
「若さじゃない?刹那もあの中に加わっても遜色ないと思うけどねぇ…。あ、前になずが言ってたんだけどね。俺たちが本気になったら町がいくつあっても足りないって。」
「なにそれ、酷いなぁ…。」
「そりゃあ、二人が暴れたらいい感じに大惨事だと思いますよ?」

ひなたは顔を血で汚しながら少し後ろに控えていた刹那と凛月の方へ来た。ちゃっかり会話を聞いているあたり余裕なのだろう。顔色も悪くないし、なずなからの連絡もないためエデンの結界も問題ないようだ。

「”君主”様も、高らかと名乗りをあげちゃってください!その位置からならここにいる人みんなに聞こえますよ!」
「えぇ〜……。俺がここで名乗りあげる意味なくない?ひな、それは暗に俺に前線に立てってこと?」
「ま、名乗りくらいしておいたら?予想してたとはいえ、こんな間近に滅多にお目にかかれない”君主”がいるんだもん。動揺くらいなら誘えるでしょ。」
「そうですよ!凛月さんが暴れまわるときって、いっつも意思表示なしの個人での遊戯だし。偶には”君主”として遊びましょう!」

ひなたと刹那の押しに負け、小さく溜息を吐く。「”愛し子”は可愛いけど強引だねぇ…。」と呟きながら左手に嵌めていたアーマ―リングに目をやった。普段の彼を知っていれば見慣れないそれに気が付くだろう。
キラキラと輝く粒子は凛月の手の中に確かな形を生み出していく。剣の形状をしていながらも銃身が垣間見えた。扱いずらいことでも有名な銃剣である。
殆ど数が残っていない上、帰す気もないのに。と思いながらも奏汰の近くにいた”赤服”を切り裂いた。血が飛び散るが美味しそうに感じないのは敵だからなのか、刹那ではないからなのか。

「エデン3柱が1人、”君主”朔間凛月。覚えて帰る人がいたらまた相手してあげるねぇ。」

今だ奏汰と激しくぶつかり合っている薫は「遂に来たなぁ。まさにラスボスって感じ。」と呟いているのが凛月には聞き取れた。
刹那は後ろで「それは次は殺すってことじゃ…。言い方違うだけでも印象変わるね。」と肩を竦め、ひなたにアイコンタクトをする。もう行っていいよ、と意味を込めて。
先程の凛月の反応からして名乗りをあげればすぐ戻ってくるつもりなのだろう。現にもう凛月の足は刹那の方へ向いている。
ひなたは凛月とロータッチをして再び戦線へと戻って行った。入れ替わりに戻ってきた凛月は神妙な顔をしている。

「ねぇ、さっきのあれは信じていいのかなぁ。」
「どうだろう。ま、でもあの目はそういう意味だと捉えてるよ。」
「割とあからさまだったもんねぇ。」

2人はどこか納得したような、何とも微妙な顔をしている。
刹那は凛月の右側に移動し、片目をつむりひらひらと左手を揺らした。
”赤服”の数も大分減ってきているし、気を抜かずこのまま―――。と、後方で悲鳴が上がった。
敵?いや、違う。その類の悲鳴ではない。この戦場を見て倒れる人が出たかな。刹那は一瞬鎌を握る力を強めたが、すぐに緩める。

「しののん!?」
「創くん!」

刹那達の後方、目の前の光景を掴み切れていない”珪砂”の中からその悲鳴は聞こえていた。
中心にいたのは薄水色の髪をした一年生。創は頭を押さえ蹲っている。

白が風に揺れて靡く。向けられた背中はどこかで見覚えがあった。白からはみ出た見る人を戦慄させるような威圧を放つ武器も、懐かしさが上回る。
これは、なんだろうか。頼もしさを感じるその背に庇ってもらったことがあるような。
―――この光景は、デジャヴ?かつてその背は目の前にあって。振り返った2人は優しく笑いかけるのだ。







………あの、2人、は――――っ!









「お父様!お母様!」
「しのの――!」

創の思考回廊は1つの答えを弾きだした。デジャヴを感じたその理由を。それと同時に駆け寄った。危険だ、と止めようとした人の声は耳に入らない。
手の届く位置にいるのだ。今世では自身の両親にはならなかった2人が、今、目の前に。
刹那の揺らめく青い炎は走り寄る創のために道を開けた。先ほどまで炎で見え隠れしていたその姿をはっきりと捉える。
刹那と凛月は随分と懐かしく、しかしただの1人にしか呼ばれなかった自身らの一種の名にゆっくりと振り返った。
嘗て、奏汰に似ていることに3人して唇を尖らせていた髪が左右に揺れる。刹那は左手を、凛月は右手を広げた。飛び込んでおいで、と優しく笑って。
瞳を潤ませた創は迷いなく飛び込んだ。躊躇う必要などない。自身を傷つけるかもしれない彼らの獲物は外を向いている。無意識のその行動が痛いほど胸に沁みた。

「思い出せてえらいねぇ、は〜くん。」
「嬉しいよ、創。私達のもとに戻って来てくれるなんて。」
「当然です……!ぼくを生んでくれたのは、名前を付けてくれたのは、お2人ですっ!思い出すのに時間かかってすみません…。」
「仕方ないよ、"硝子の子"だもん。思い出しただけでも重畳だよ。ああ、創。後ろにいてね。」

綺麗な涙を凛月は人差し指で拭い、頭を撫でる。刹那は謝る創にそう返した。
”硝子”と”硝子”の間に生まれた子は”硝子”ではないのだ。カルマを背負ったものが”硝子”になるという法則は変わらず、子にカルマが遺伝するわけではない。
そのため”硝子の子”の多くは同じ親から生まれず、時には繰り返しの最中にある本来の親と同じ年齢になることもある。
”硝子”にだけ関していえば、親より兄弟の方がその縁は強い。何度繰り返しても兄弟だけが変わらず親が違うこともある。
繰り返しの影響かどうにも親とは強固な縁を紡げない上、兄弟は無意識に互いを求めるのだ。それによって兄弟は離れず、親とは離れやすい。
そして”硝子”同士の特殊な子供故、当時の記憶をきっかけさえあれば取り戻せる。その他に魔力を多く持ち、少しであれば使用可能だ。
刹那と凛月は創をその背に隠し、前を見据える。前線の3人の頬は緩んでいるものの、粗方片付いていた。奏汰と薫は手を緩めつつ戦っているが、それでも鬼気迫るものがある。
最後の敵をひなたとゆうたが引き裂いたところで、戦い続けていた2人も完全に手を止めた。




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