その姿を見届けて、後方のなずなに念話を通す。

「<どう?>」
「<薫ちんがいるからオールクリアではないけど、他にはいないぞ!>」
「<薫先輩は、まあいいよ。なずなも戻っておいで。>」
「<もう一通り確認したらすぐ行く。>」

なずなとの念話を切り、辺りを見回す。双子はもう処理の仕事に入り、「刹那さん燃やしすぎ!」と文句を言っているがすぐに片付くだろう。
凛月は静かに薫を見つめ、薫もまた同じように。凛月はふっと息を吐きいつもポケットに入れているトランプのうち一つを取り出し、日時であろう数字の羅列を書いて手首のスナップで薫に投げよこした。

「取りあえずってことで。間違えないでよねぇ。」
「君たちは本当に怖いなぁ。……1つ伝えておきたいんだけどね。俺は幹部でも下のほうだからそんなに詳しくないんだけど、近々”世界”相手に戦争を起こすみたい。信じきる必要はないけど、そんな話をしてたってことで留めといて。」

凛月の行動に目を丸くするも、話は聞くという意味を受け取った薫。
薫は自身の今持っている最大限の情報を置いて、指にメッセージカードとなったトランプを挟み緩く揺らしながら去って行った。
刹那は薫の背中を眺めながらぽつりと言葉を零す。

「君らが追いかけるから私達はいつまで経っても罪を重ねるんだよ。」

少し寂しそうな、悲しそうな声音は繰り返しの辛さを噛みしめているような。
決して、彼等だけのせいではないのだがそれでも一つの理由になっている。こうした戦いの後、人を殺した重さが圧し掛かってくるのだ。戦闘中は忘れられても、その後ともなれば。
そもそも、”赤服”に追われるしっかりとした理由を聞いたことがない。”世界”と事を起こすには邪魔だからなのか、”世界”が”硝子”を庇っているからなのか。
刹那達は最初から”赤服”は敵である、と認識していた。ずっと前からその関係性は変わっていないのだろう。だから今も引き継ぎ戦っている。

「”世界”に報告書、書かないとねぇ。」
「それって、ぼくたちの罪を『ようにん』しているということでしょうか……?」
「どうだろう、事実確認みたいな感じかな。”世界”としても敵対勢力だし。」
「ひなもゆうも話してたけど、”世界”側に遺体送った時の座標が指定できても割り出せないんだって。」
「うわ、なにそれ…。」
「あくまでも『しょり』だから知るひつようがないってことでしょうか?
……それにしても、よく『りつ』はかおるを認めましたね…?」
「あー。それね。奏汰は確信犯なのかなぁ。わざわざ念話の指定の中に俺たちも入れるなんて。向こうは気付いてなかったけど。」

奏汰が薫に念話を通したとき、シークレットで他の5人にも念話が通っていた。
2人の会話は意図的に筒抜けになったという訳だ。そのためひなたとゆうたは奏汰の加勢に行かず、凛月もメッセージカードを渡した。薫自身、凛月のメッセージカードを受け取るまで分からなかったようだ。
そもそも、なずなの準備さえ整っていればとっくに薫の頭は撃ち抜かれていただろう。その前に念話が通ったため命拾いしたともいえる。

「私が着いたのは念話の前だったけどね、どうにも奏汰が話の途中で切りかかったから何かあるなって。」
「あからさま、でしたか?……『ねんわ』が通るかどうかは『かけ』でしたが、ぼくだけ知っていても『いみ』がありませんから…。」
「ま、いい線いったんじゃない?なずなの狙撃の前に間に合ったし。」
「そうらろ!奏汰ちん危らかったんらからな!ん”ん、ふー。標準は定まってたし。」

仕事をこなしている双子を横目に3柱は話し込んでいる。始めから終わりまで戦い続けていた奏汰と、エデンの結界を保ちながら一番仕事をしたであろうひなたとゆうた。
ある意味、一番働いていなかったのは刹那と凛月である。”珪砂”を守ってはいたが後方でずっと話をしていた。なずなはエデンと地上の二窓で監視していたためかなり力を使っている。
そして凛月の言葉に返したのは高台から降りてきたであろうなずな。走った疲れと早く伝えたかったからなのか若干舌足らずになっているが。
なずなは凛月と刹那の間に挟まれ嬉し泣きしている創に目をやりにっこり笑った。
そこで、「ちょっと、これどういうことぉ?」と声が聞こえる。振り向けば不機嫌です、とありありと知れるような表情をした泉。

「う〜ん。抗争?」
「まぁ言うなればそうだね。」
「2柱、雑すぎるぞ!?ざっくり言えば”白服”と”赤服”の小競り合いだな。」
「ようするに『こうそう』です。」
「奏汰ちん!結局りっちんと言ってること変わんないぞ!」
「あ!おさぼりさん!ちゃんとお仕事終えたんですけど!」

泉の質問にそれぞれ答えたが、結局言い方が違うだけで皆同じだ。やっと遺体の処理が終わった双子も駆け寄ってくる。
先ほどまで荒れていた地面はきれいさっぱり元通りになっていた。お得意の”空”の力と”時”の力を使用しての範囲限定の巻き戻し。結界の中にある物質の時間を戻して抗争が始まる前の状態にしたのだ。

「ご苦労様、”愛し子”達。みんなも巻き込んでごめんね。」
「予想してたから回避の方法が無きにしも非ずだったんだけどねぇ……。」
「君たちは”硝子”、なのかい?」

英智は6人に問いかける。いや、この場合は7人か。創も彼らの傍にいるのだから。

「そうです。エデン所属の”硝子”。白いマントが目印ってね。」
「幹部6人集まってたんだよ。それに”硝子の子”もいたしな。」
「エッちゃん達怪我がなかった?俺が実質的トップになるからねぇ…。」
「怪我は誰もしていないよ。……でも、なんでこの学院に?」
「外が見たいし”珪砂”と過ごしたい。って理由じゃダメですか?」
「俺たちの多くの活動範囲はエデン内。危険で歩けやしないから、どこか特定の警備の強いところに所属する必要があったんです。」

英智の言葉から誰も怪我をしていないようでほっとする。それと同時に再び問いかけられた。
彼らにとっては疑問だろう。エデンと呼ばれる楽園がある中でわざわざ危険を冒して地上に出てくる。
外の知識を手に入れたい。学校というところに通ってみたい。”珪砂”と同じ道を歩いてみたい。エデン内にいるが故の願望だ。
そこまで話して、靴音が聞こえた。薫と同じユニットのリーダーであり、凛月にとっては兄でもある存在。

「どういう、ことなのじゃ?」
「………なにがさ、『裏切り者』」

凛月の冷めた言葉に零は足を止めた。生まれ持った”水”よりも遥かに冷たい”氷”のような言葉。
刹那の隣にいたなずなが不思議そうに見るが、彼女は緩く首を振った。
”硝子”は兄弟の縁が強い。それは目の前の二人にも言えることだ。刹那は凛月と出会った時から零の姿を知っている。一度も、二人が離れているところを見なかった。

「凛月!いった「ねぇ、裏切り者の心境ってどんな感じなの?さっさとカルマを清算してさ。」!?」

零の言葉に重ねるように凛月が問いかけた。この質問の意図を理解しているのは刹那と凛月、奏汰くらいだろう。
―――裏切り者。カルマの清算。
その答えに最初に辿り着いたのは噂を聞いていたなずなだった。




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