「まさか、更生を受けた3柱の!?」
「そういうことだよ、なずな。」

そう。エデン3柱のうち2人が”赤服”の更生を受けた。知っている人は知っているようなそこそこ有名な話。同時に前代未聞である。3柱が捕まるなんて。
引き継ぎの準備も一切されていないままいなくなってしまったため、一時は混乱状態にもなった。”破片”が立て直したものの、”女王”の姿もなくなっていることから3柱は一気に入れ替わったのだ。
割と知られていないだけで大事件である。
その騒ぎを起こした一人が目の前に。

「ついに、ですね〜。」
「正直今?って思わなくもない。他の子たちいるし創もいるし。まぁ、凛月的にはここ会ったが百年目ってことなんだろうね。兄弟だけに近かったし。タイミングの問題はあるけど、よく我慢したなぁ。」
「『ひゃくねんめ』じゃすみませんけどね。」
「ていうか、いいんですか。」
「今の凛月を止めるには町が4つは必要かな。」
「それも割と大惨事だけどな。」

凛月が「刹那。」と呼びかける。ガンブレードを零に向けたまま。

つまり、もう一人の方へ行けということだろう。

今ここで、記憶と力を引き摺りだす為に。
刹那は嘆息し彼の後ろに回り、己が得物をその首にひっかけた。



オレンジ色の髪が小さく揺れ、彼の――レオの頬に汗が伝う。

「王さま!?」
「私さ、共喰いっていうか同じやつに得物突きつけるの好きじゃないんだよねぇ。」
「それ今は同じじゃないでしょ?別に殺す必要ないから”更生”のお陰で消えてたもの引っ張ってよ。嫌なんだよねぇ、なんか。」
「分からなくもないんだけどね。うーん。いまいち踏ん切りがつかないな。」
「なら、刹那さん。切り替えればいいんじゃないですか?」
「それだ。ゆう、さすがだね。」
「……つまりやるのは決定事項ってことね。」

嵐のレオを呼ぶ声にチラッと目線を向けるがすぐに戻した。レオは動けば危ないと悟ったのかじっとしている。
ゆうたの提案に凛月が賛同したことで、彼女の行動が決まった。チラチラと垣間見えていた”女王”の顔。雰囲気と思考が多少変わる程度なのだが、刹那にできないことが”女王”の時にできるというのはある。
神経を研ぎ澄まし、一瞬。今まさに凶器を向けられていたレオはいち早く気が付いた。変わったのだ。ゆるっとしていた会話からは想像もつかないような鋭い気配に。

「うん。まあしょうがないね。これ始めていいのかな?」
「いいよ。引きずり出すだけでいいから。」

その言葉に刹那は動いた。同時にレオも危険を感じて飛び退く。「おい!なんだ!?」と困惑した声を発するが気にした様子もなく鎌を振り回す。
凛月も戦い始めた刹那の姿を見届け零に詰め寄った。凛月の猛攻をどうにか避けきる零と、破壊力のある刹那の攻撃を若干食らっているレオ。
レオの頬に刃が掠り、傷口から流れた血が顎を伝う。

「思い出しなよ、私たちが背負った罪を。魂に刻まれたそれを消せるわけないでしょ?」
「なんのことだよ!」
「その動きが、証明になると思うけど。」

そう。記憶を忘れるのと動きを忘れるのとはイコールで繋がらない。現にレオも零も2柱の動きを避けている。殺し合いをすることのない“珪砂”には出来ない動き。
2人が手加減をしているとはいえ、大きな傷を受けずに今までやり過ごしている。それなりに致命傷ぐらいは与えるつもりで攻撃しているのにだ。
ふと、レオの手のあたりから粒子が出始めた。刹那はもうすぐだ。とさらに攻撃の手を速める。次に致命傷になるような攻撃をすれば完全に出てくるだろう。
レオの首の後ろに鎌の刃がまわり、手前に引こうとした瞬間。刃物がぶつかり合う音がした。彼の手には間違いなく片手剣が生成され、不安定に揺らめいているものの形を保っている。

「お前ら雑すぎないか?」
「他にいい案思い浮かばなかったから。死なないだろうと思って。」
「無条件の信頼かよ……。」

刹那はスイッチを入れ替え武器をしまう。レオは大きなため息を吐き刹那をジト目で見た。しかしすぐにやめ、再びため息を吐く。こいつらこれで大丈夫なのかと。凛月の方へ目をやれば、まだ零とやりあっている。零の手にはもう粒子が形を作り始めていた。だが、決定的な一打を与えられない。
零の避けるスキルが高いせいか攻めあぐねている。あの、凛月が。しかも今殆ど手加減をしていない。完全に目覚めきっていないものの、零の力の片鱗が見えた。
―――直後。金属同士の少し鈍い音が響く。零の手にはランスが握られ攻撃したのは静観をしていた双子。2人の双刀剣を両端で受け止めていたのだ。
2人に気を取られた零は凛月に背を向け受けていた。当然それを見逃す凛月ではないため、首には刃があてられている。引き金にも指を掛けながら。

「お主ら、幾らなんでも手荒すぎるだろう。我輩死ぬところじゃった。」
「死んでないじゃん。あれだけ避けててよく言うよねぇ。ひなもゆうもありがと。」
「お邪魔じゃなかったならよかったです!凄い怖い顔してたから……。」
「これで、『せいさん』はしっぱいですね?」

凛月はひなたとゆうたの頭を撫で、最後まで静観を続けていた奏汰となずなも近寄ってくる。
「心臓が止まりそうだわぁ……。」と少し落ち着いた声で嵐は零す。刹那は安心させるように軽く手を振った。
そう、記憶を思い出した時点でもう一度だ。更生はやり直しになる。カルマを重ねても同じらしいが。

「これで取りあえず満足かい、凛月?ずっとイライラしてたんでしょ?」
「そりゃねぇ。ずっと俺のこと覚えていた人が忘れるとか腹立つし。エデンも放り投げていなくなって。」
「……すまんのぅ。どうにもあの時冷静に判断出来ていなかったのじゃ。なぁ、月永君や。」
「……まーな。アイツがいなくなって”赤服”に捕まった、なんて情報手に入れたら行かないわけないし。おれもレイも冷静じゃなかったってことだな。」
「おかげで、かなり『めんどう』なことも起こったのですけどね……。」

疲労困憊の零とレオは座り込み、バツの悪そうな顔をしている。今になってそれが罠であると分かるのだが、当時は相当混乱していた。
そして、続いた奏汰の言葉にかつての2柱が目を見開く。当然、更生の最中にエデンの情報を手に入れるのは不可能だ。そのためエデンで起こっていた事件を知らない。
刹那と凛月が今の地位に就くことになった理由。後に奏汰となずなもその影響を受けたのだが。

「おおよそ今から15回前だな。『”白服”一掃抗争』エデンに攻め込まれて、多くの”白服”が捕まった事件。古参の殆ども捕まって次の統治が危ぶまれるレベルでのな。」
「……ほう。つまり、鏡の媒介を使用されたということかのう?」
「じゃない?あんたらがいなくなったのが……、刹那いくつだっけ?」
「23。」
「そんなとこ。もしかしたらなにか吐かされたのかもねぇ。今は結界も媒介も大分変わったけど。」
「そのままにしておくには『あぶない』ですからね。」
「にしても嬢ちゃん。よく我輩らがいなくなった回数を覚えておるな?」
「同じだからね。いなくなったって聞いたのは2回目。なら私の1回目が妥当でしょ。」
「あー、まてまて。追いつかない!記憶量多すぎないか!?今の記憶が霞みはじめている!」
「月永君、静かにせい。我輩も消化しきってないのじゃ。まったく、体力を削られた上にこうまで膨大な記憶を流されても困るわい。」

先程の会話から微妙に眉間皺を寄せていた零はさらに頭を押さえる。まだ会話なら出来なくも無いようだが、思考が回りきらない様子だ。
おかげで大事な情報を逃すところだ、と零は肩を落とす。レオはごろごろと地面に転がりながら頭を抱えている。これには困惑を浮かべていた”珪砂”も笑ってしまう。

「それでー、あー、なんじゃったか。『”白服”一掃抗戦』?そもそも媒介の使用方法を漏らす云々は言葉じゃ説明できんじゃろう。我輩らも感覚で使っている故、いざどう使っていると聞かれてもという感じじゃし。」
「ただ、タイミングはおれたちが捕まったのが理由ってので間違いないだろ〜?エデン内が揺らがなきゃ古参が多く捕まるなんてないしなぁ。媒介に関しては杳として知れずって感じだけど。」
「あ、でも。媒介だったら羽風先輩多分使えますよね?”硝子”だししっかり魔力扱えてたし。」
「じゃあ今までも居たのかもねぇ。”赤服”側にも更生を行っていない”硝子”が。」
「”赤服”お抱えって感じですね。」
「そういうことなんだろ。」

ピンと張り詰めた空気はレオの行動により大分緩くなり、全員の口調も柔らかくなる。零とレオは記憶の濁流に巻き込まれながらも、どうにか意見を出す。
彼らの言うように鏡を媒介としたエデンへの移動方法は形容しがたいものだ。魔力を流すというのはあるのだが、どのようにとか何をイメージして、とかが曖昧である。殆ど無意識のため説明しにくい。
そしてレオの言葉。3柱が皆いなくなったのは今からおよそ23回。『”白服”一掃抗争』が起こったのが15回前。間の8回でエデンが立ち直るはずもなく、”赤服”に入念な準備をさせる時間を与え見事に敗れ去ったのだ。
3柱のうち2人がいなくなれば崩れるであろうことを見越して、どの位で立ち直るかを計算して。”赤服”の作戦勝ちだったのだ。厄介な2柱も、エデンの古参も更生できた。完全とまではいかなかったが。
また、薫の登場により”赤服”側にも紛う事なき”硝子”がいることも分かった。
過去にもそういうケースがあるとすればエデン内への侵入も不可能ではなくなる。
いよいよ、”赤服”が何をしたいか分からなくなってきた。彼らにとって排除しなければならないであろう”硝子”を手元に置いている。それだけでも不安要素になるのだ。
力を取り戻した”白服”に再び制裁を下すようなこともあり得る。薫が残していった不穏な情報、真偽は不明だが考える材料にはなる。当の薫は非協力的なようだが彼のスイッチがどこにあるか分からないため、彼自身がそもそも安全とは言えないのだ。

「あー。アルカナ消えてるな〜。真っ黒だ。」
「黒?更生の代償かな。2人ともその辺り覚えは?」
「更生の内容なら大まかにな。あ、でも。ここで話すのは無防備すぎるだろ?他の奴らには聞かせても損になる話だし。」
「珍しいのう、月永君。周りに気が使えるとは。」
「馬鹿にしてんのか、隠居”騎士”。戦闘狂。」
「随分な言い方じゃ。我輩別に戦闘狂ではないわ。戦闘は好まない主義だとあれほど言っただろうに。」
「あんなランス振り回してか?町2つ壊れただろ。」
「……今の2柱と変わらなくないか?刹那ちんもりっちんも町壊すだろ?奏汰ちんはその時々だけど。」
「誤解だよなずな。別に壊したくて壊してるんじゃ!」
「兄者と一緒にされるのはムカつく。」
「ぼくはこわしていませんよ〜?」
「多分みんな変わらないと思いますよ?
それにしても、朔間先輩が”騎士”なんですね。凛月さんと兄弟で”君主”してるのかと思いました。武器的にも。」
「俺も!月永先輩”君主”って……ああ、王さま。なるほど。」

なずなのアルカナから一転イマイチ締まりのない口喧嘩に発展する。微妙に巻き添えを喰らった現3柱は否定しようもない身内からの言葉に無意味な反論をした。
一番の若者に変わらないと言われれば立つ瀬がない。同時に口論の中にさらりと挟まっていた2人の役職。3柱の時点で男が就けるのは”君主”と”騎士”のみ。”騎士”は男女どちらでも可能だが。
零が”騎士”、レオが”君主”。何とも言えない、言い表しようもない違和感はある。零が”騎士”なのが双子にはどうもしっくりこないのだろう。

「軽快なテンポで楽しそうに話すのはいいけど、置いてけぼりは嬉しくないな。もう夜だし、彼らも帰らせたい。場所を移すのだろう?」




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