そう声をかけてきたのは英智。苦笑いを浮かべている。

「そうですね。本当はエデン内に移動したいところなんですけど、不安要素ありはなんとも言えない。タロットカードも黒、媒介の使用方法も変わってるから空間と空間の狭間に落ちても困るし。
私たちが引っ張ることも可能だけど弾かれる気もしなくはない。」
「下手に弾かれてもだし外の方がいいかなぁ。個室使って結界でも張ろうか?小さめな空間なら俺でもできるし。」
「俺たちがやってエデンも不安定になったら困りますもんね。」
「なら、駅近くに個室ありの喫茶店があるよ。僕も君たちに話さなければならないことがあるしね。」

英智の指にぶら下がっているのは灰色の腕輪。それは”破片”の証。
そういうことか、と刹那は納得した。”赤服”に襲われかけた英智の表情は戸惑いがあったものの、恐怖という感情が出ていなかったのだ。いくら皇帝様と言えど”珪砂”。目の前に日常では見ることのない凶器が迫っていた中で、どうにもおかしいと思ったのだ。

「そっちでよかった…。」
「そっち?」
「”赤服”から庇ったとき恐怖が見えなかったから、背中取られるかもって思いました。」
「なるほどね。僕自身が戦闘経験が少ないのも問題なのだけど。更生について彼らから話すなら、”破片”からの情報も渡しておこうと思ってね。エデン所属はその辺り情報入らないのが玉に瑕だ。ああそれと、刹那ちゃん。喋りやすい方で構わないよ。繰り返し自体僕の方が少ないから。」
「恐れ多いなぁ。取りあえず、全員帰る支度しましょう。イベントは……。英智さん、少し延期でも?」
「ああ、そうだね。一般を呼ぶ予定ではあったけどこればっかりは仕方ない。」
「セットはそのままでいいので荷物の撤収しちゃってください。」

刹那の言葉と先ほどの和んだ雰囲気のお陰で早々に撤退作業を始めた。”白服”はマントを外し収納する。エデン幹部と元2柱、”破片”の英智と”硝子の子”の創を残し皆帰ったのを確認し、駅近くの喫茶店に入った。
奥の個室は10人入っても狭いと感じないような広さ。凛月は結界の展開をし危なげなく張り終えた。

「僕からは”破片”についてと、アルカナについてかな。どちらもエデン内では掴みきれない情報だからね。」
「我輩たちからは更生についてかのう。ほどほどに記憶の整理も終わったようじゃし。」
「ぐぅ〜。多すぎる!なあこれ更生後もちょこちょこ混ざってるよな?」
「混ざっておるな。」
「長い!」
「記憶なしで23でしょ?それでも更生に届かないって…。」
「我輩更生前は28じゃよ。月永君は30行ったかえ?」
「32。」
「うわぁ。王さまメンタル強すぎでしょ……。」
「記憶量もそうなりますよねー。」
「れおもれいも『ながい』ですね〜。」

零よりか繰り返しが多いせいか未だに記憶整理が追い付かないレオ。20で仙人級だと言われているのにそれを遥かに凌駕する回数。
確かにこの2人がいなくなっただけでエデンが揺らぐ理由は分かる。かなり長い間その地位に立ってきたのだ。そうして全幅の信頼を寄せられていたが故に、構造が脆くなった。

「お主らは今どうなのじゃ?」
「凛月が25、奏汰となずなが19、ひなたが17、ゆうたが16かな。私はさっき伝えた通り。」
「役職に就いたのはりっちんが15、刹那が13、奏汰ちんが11、おれが12、ひなちんが14、ゆうちんが13か。
りっちんと刹那が同時で奏汰ちんがその2回後。俺が奏汰ちんの1回後で、ひなちんとゆうちんがその4回後?」
「複雑だけどそんな感じだねぇ……。ちなみに『”白服”一掃抗戦』は俺と刹那が役職に就く5回前。」
「お前ら分かりにく過ぎだ!まだ記憶の消化も終わってないのにぃ〜!」

「つまりね。」と刹那は鞄からノートを取り出し図を書いていく。
『抗争→5回→刹那・凛月→2回→奏汰→なずな→4回→ひなた・ゆうた』簡単ではあるが時系列は掴める。レオは眉間に皺を寄せながら睨めっこして動かない。
英智は溜息をつき、話を始めた。

「僕の繰り返しは13。それで、”破片”っていうのは”硝子”の役目放棄を意味しているんだ。繰り返し回数関係なく血液の小型魔方陣による完成でね。」
「役目の放棄?」
「そう。”硝子”は”世界継承権”と言うのを持っているらしいんだ。これについては未だ全容は明らかになっていないのだけれど、その継承権を放棄した者が”破片”に変わる。
同時にアルカナも変わらなくなるそうだ。このアルカナが継承順位を表している。」
「待ってエッちゃん。”世界継承権”って何?”世界”ってこの国のシステムのことでしょ?」
「恐らくね。そもそもこの”世界継承権”自体がどういうものか分からないんだ。かつて”世界”直属の管理組織をやめた人が手に入れた情報のようでね。この辺りは”破片”内でも共通認識になっているんだ。」
「ふむ、血液の小型魔方陣か。話だけは聞いたことがあったが成程のう。あれにそういう効果があったとは。」
「朔間先輩も知らなかったんですか?」
「寧ろ、今の方がよっぽど情報が手に入るわい。当時は確立したコミュニティがなかったのじゃよ。」
「それにアルカナもか……。何を表しているのかと思えば順位か〜。今一番高いのはりっちんだろ?」
「刹那もじゃない?この間同じって話したような。」
「同じだよー。今『太陽』のはず。」
「変わってても今は見れないけどな。体力が足りない〜。」

なずなが”幻”の完全な覚醒によって見ることのできるアルカナ。学院にいた人物も数人確認していた。アルカナを見るには時間が掛かり、その間別のことが出来なくなる。
クラスで授業を受けているような人たちや個人的に関わりがある人は不自然なく確認出来るのだが、そうでない人は目で追っかけなければならない。それだけの間見ていれば向こうも気が付くだろう。
順位は『愚者』から順に『宇宙』までいくらしい。それならば納得だ。なずなが見てきた多くは『愚者』だったのだ。”硝子”は皆そこを脱して次へと進んでいた。

「我輩らはアルカナは覚えておらんのう。”監視官”は殆ど出てこなかったわけじゃし。」
「おれ顔見てない。」
「それは”御子”も同様じゃな。”女王”は関わりあったようじゃが。」
「ああ、そういえば。アイツは社交的だからなぁ。」
「……この人たちはちゃんとやってたんですかね。」
「心配になるよね…。」

些か不真面目が過ぎるような発言だが、これでも信頼性はあったのだろう。彼らを統治の3柱に据えたのだから。

「なに、それなりにやってはおったよ。さて後は我輩たちじゃな。」
「更生かー。正直水晒ししか記憶にない。」
「水晒し?刑罰みたいな感じか?」
「多分な。毎回生の終わりごろに8年受けてたぞ。」
「滝に吊るされてじゃから相当だった、はずじゃ。正直その時意識飛んでおるから何とも言えんが。」
「事前の注意事項の中にカルマを背負った場合はやり直しって言ってたな。……まさか記憶を取り戻す方向に来るとは思わなかったけどなぁ。今にしてみればまさかこれで清算できるのか?って思う。」
「お主、注意事項覚えておったのか?我輩あの時暴れまわって殆ど記憶にないのじゃが。」
「……聞こえてたよ。隣の部屋でガチャガチャ音鳴らしまくってたろ?あれで何度サイレン鳴ったか……。」
「王さまより兄者が酷くて笑えない。」
「月永君の方が落ち着いてたのかな。今とは真逆だね。」

更生を受けた2人はなお感じただろう。こんなことでカルマが清算されるのかと。繰り返しの起因がカルマだ。そうやすやすと取り除けるものなのか。
……やすやすと、と言うのは彼らの感覚ではあるのだが。
そして当時の関係も見えてくる。零の方が数回が少なく、今よりだいぶ落ち着きがなかったようだ。

「当時から暴れ馬だったし、手綱を握れたのは”女王”くらい。さっき町2つって言ったけどそれでも足りないな。」
「………君たちはどういう基準で物を話しているんだい?物騒な言葉が聞こえるけど。」
「町壊す?あー、確かに基準としては可笑しいんだけどそのレベルなんだよなぁ。うちの2柱も壊すし。」
「さっき2人の記憶を引っ張り出す時も今の凛月さん止めるなら町4つ必要って言ってましたしね。」
「刹那さんと凛月さんが本気で喧嘩したらもっと必要かな。どっちも歯止めきかなくなるわけだし。」
「やめてってば。私そんなに戦闘狂じゃ、ない、よ?そこまで壊せないし、力無いし。奏汰の方が…。」
「………ぼくはこわしませんよ?刹那は『もやす』から、よけいじゃないですか?」
「奏汰も壊すよ。確かに刹那は燃やすけど、あーでも。酷いのは”空”持ちの双子じゃない?結界内の空間消滅させられるでしょ?」
「………で、きなくもない……。」

ここで、”破片”の英智と”硝子”の間に決定的な差が見えた。そもそも町いくつ、という基準は大分頭おかしいのだが他に表現のしようがないのだ。共喰いを続けた力は溢れるばかり。
何れ人の身に収まらなくなったら勝手に吸収をやめる簡単な構造でできているのだが、収まれば幾らでも入って行く節はある。それを表に出せば場合によっては町の破壊に至るのだろう。
現3柱の惨めな擦り付け合いに双子も巻き込まれる。”空”と”時”の併用の様に空間を消すことは不可能ではない。力を完全に覚醒させてることも踏まえて。
そこで、刹那は隣でせっせとノートに書き込んでいた創を覗き込む。彼自身、”硝子”の事情には詳しくないため説明をまとめていっていたのだ。

「大丈夫そう?また後で分からないとこあったら答えるから。」
「はい!今はまだ大丈夫です!」
「いい子だなぁ……。」
「あの2人、創くんいればあんなに落ち着いてるの?いつものおかしさどこ行ったんだろう……?」
「アニキ、知らないふりした方がいいと思うよ。あの目、間違いないから。」

普段とはかけ離れた言動についひなたとゆうたは小声で話す。目の前の光景が幻覚にも見えるのだ。
それをレオはじっと見つめながら口を開いた。

「刹那力無いって割には相当でかい得物振り回してたよな?」
「大鎌?」
「リッツそれだよ。身の丈より大きかったろ?」
「………気のせいだよ。あれ大きい割に重くないから。」
「おれ防ぐの両手でもキツかったけど?」
「衰えてたんじゃない?」
「お主、あれだけ重い音をさせてシラを切るつもりかえ?」
「刹那、認めたほうがいいんじゃないのぉ〜?」
「なんでこんなに詰問されてるの?重くないよ。やめてよ。」
「確か属性付与じゃないから完全に力に依るよな。」
「お願い勘弁して。一応女の子だから。」

己の失言、とはちょっと違うのだが女の子があれを振り回すのは印象に残るのだろう。長物にしては過ぎるものだ。零の持つランスよりも重く、両手で扱うとはいえそこそこの重量である。
「あ」と創が小さく声を漏らした。自身で書いたメモを追っていくうちに疑問が出てきたようだ。おずおず、といった感じで会話に参加してきた。

「少し、いいでしょうか……?」
「は〜くん、どうかした?」
「えっと、更生を受けた時点で記憶が消えているんですよね?少なくとも23回の間は。記憶に干渉できる能力があるのでしょうか?」




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