彼等との会議から5日。今のところ”赤服”に大きな動きは見られず、学院襲撃の時に失った駒の量は大きいようだ。
凛月は昨日薫に会いに行き、特別不機嫌な様子もなく帰ってきたためこちらに不都合はないだろう。少なくとも今は彼も大胆には動けない。
ただでさえ零とレオを見逃したのだ。査問会議にかけられたらしくかなり疲れていた上、次妙なことをしたら問答無用で更生を受けることになったらしい。
むしろあの2人を見逃してそれで済むのだから驚きだ。下の、とはいえ幹部を見張りに置いてまで成功させたかったはずなのに代償が次は更生。些か甘すぎやしないだろうか。


―――知らないのか?更生が無駄になったことを。記憶が戻っていることを。


そうじゃなければもっと厳しく追及され、下手したら既に更生が始まる。
向こうには確認のしようがないのだろうか?所在くらいは把握しているだろうがその記憶の有無までは。

刹那は玉座の間にあるソファーで頭をフル回転させていた。会議に無駄はあっても1人での考えに無駄はない。ここでまとめておけば次の会議には整理できる。
そこで扉が開く音がした。
”硝子”の着用が義務付けられている白いマント。しかし見慣れたそれよりかは短く、マントというよりかはポンチョに近い。まさに刹那が作ったものだ。もともとエデンにサイズごとに置かれているマントのうち一番小さいのを使用して創のために。こんな所でアイドル科での経験が生きた。
”硝子”と”硝子の子”では基礎能力が違う。いざという時見分けがつくようにと。そうすれば当然相手にも分かるものなのだが、”硝子”にとっての庇護対象になるため瞬時に庇いに行ける。
メリットとデメリットを考えればメリットの方が大きいと決定になったのだ。エデンにいる”硝子”たちにも伝えてあるが、それと友達になったり仲良くなったりは違うため分け隔てなく接している。
しかもあの”女王”と”君主”の子。”硝子”が尻込みしてしまうかと思えば寧ろ構いに行きたいようでよく連れ出されているのを目撃している。
彼ら”硝子”にとってこの2柱は憧れなのだ。強く、威厳がありそして優しい。幹部は誰もが”硝子”たちの遊びに加わっていることもあって、親しみやすく存在を身近に感じる。お高く留まって下を見ない人たちとは違い、一緒に駆けずり回る言わば友達なのだ。立場など関係なく、皆平等に。
その幹部六人以外は皆自由な服装をしているのだが、彼らはそれぞれ役職の服を着ている。
刹那も例外ではなく黒いシャツに長めの白リボンにひざ下の白いコルセットドレス。そこに白いブーツと外で着ればこれでもかという程目立つ服。”女王”というからまさかドレスかと思ったが、そういう意味では普通で安心している。
奏汰も簡易ではあるが騎士装束で凛月もジャッジメントのレオのような服装だ。双子はトップスが長め、なずなは軍服に寄っているかもしれない。

「お母様。隣のテラスでお茶でもしませんか?お父様がお菓子を準備してくださっています。」
「素敵なお誘いね。ぜひ、喜んで。創のために美味しい紅茶を入れてあげる。」
「うわぁ〜!嬉しいです!学院に居た頃は紅茶部の活動見にいらっしゃらなかったですし。」
「そうだったね。最後にそうしたのは随分と前だから。凛月は一緒にしてたんだよね。幾ら身辺護衛とはいえ羨ましいなぁ。」
「そうだったんですか…!?知りませんでした…。」
「凛月は心配性だからね。目の届く範囲にいて欲しかったんだよ。」

2人は隣の部屋に入る。簡単な応接室のような、どちらかと言えば会議室だ。エデン幹部が集まるときはここを使う。
その奥には大型のテラス。机と椅子3つ置いてあり、それでも余るほどだ。ワゴンの近くには凛月がいてせっせと準備を始めている。相変わらすエデン内の日は大丈夫なようで、外にいた時の動きの遅さはない。

「おい〜っす、刹那。ねぇは〜くん、刹那難しそうな顔してなかった?」
「あ、入ったとき少し気が付くの遅かったですね。深く考え事でもしてたんですか…?」
「いや、更生の話を少し考えてて。凛月、紅茶入れるよ。」

「創はここ」と刹那は席に創を座らせ紅茶の準備をする。学院にいたころに幹部が集まったお茶会の時は刹那がお菓子で凛月が紅茶、ということが多いのだが凛月もお菓子を作るためこうなることもあるのだ。

「”赤服”の動きに変わった所はないってなずな言ってたでしょ?」
「聞いたよ。奏汰は”破片”から小競り合いが増えたって話聞いたみたいだし。」
「相変わらす変な繋がりね。気になるっていうかどうにも腑に落ちないっていうか、監視を付けてまでやり遂げさせたかった更生を失敗したのに落ち着きすぎてる。」
「やっぱり不自然なことなんですか?」
「そうだねぇ。この間話したようにあの2人はエデンの3柱だから影響力もだし、秘めた力も大きい。3柱を捕まえただけでエデンは揺らぐものなんだ。それを”赤服”はして見せて、大方成功した。
そして戻られても厄介にしかならない相手だからこそ監視を付けた。」
「その厄介な2人を、繋いでおきたかった2人を失ったのに慌てる様子もない。今のエデン幹部は血の気が多くて彼等だって手に負えないのに、さらに力をと取り戻した前2柱が加われば組織の破壊すらあり得る。」

紅茶を注ぎ創の前に置く。自身らの分も入れケーキスタンドを中央へ。そこに乗っている凛月のお菓子は全くおいしそうに見えない。それでも味がおいしいのは凛月の手腕なのか否か。

「つまり、”赤服”にとってもう二人は脅威ではないということですか?」
「無意識のうちに手駒になっていた可能性もなくはないからねぇ……。」
「どちらかというと、あの人たちが本格的に動けるようになる前にまた大きなことが起こるとかじゃない?”赤服”の狙いは”世界”なわけだし。
”世界”の保有戦力が私たちなのか、それとも同じく旧武器なのか。微妙な所ではあるけどね。」
「”赤服”お抱えの”硝子”がいるなら”世界”お抱えのって可能性か〜。俺たちは兵器と同列な扱いなの?無機物ではないんだけど。」
「破壊力は否定しないんですね…。能力と言えば、共喰いとはどういう理屈で行われるのでしょうか?」

刹那は嫌に毒々しいスコーンを割りつつ食べる。一見優雅なお茶会だが話している内容はかなり不穏だ。創も少しづつ会話に参加し、まったく違う目線から物事を質問してくれるため刹那達は大助かりである。凝り固まった考えを突き崩すに長く経験してきた人よりも、今しがた説明を受けたような人だ。
そして創の質問に2人はきょとりとしたが、そういえば説明していなかったと納得し身振り手振りを加えて詳細を話した。

「まず、能力の属性は13。火・水・木・風・雷・闇・光・時・空・幻・死・聖だね。”死”は毒に近いと思っていいよ。”聖”は回復かな、傷の治療に最適なんだ。私持ってないときは止血のために焼いてたけど。」
「あれ止血にはいいけど痛み的には最悪じゃん……。そのうち1つが生まれ持った性質になる。”硝子の子”は最初の親からの遺伝かその時点での共喰いの要領になるんだっけ。
は〜くんなら”火”か”水”か両方の性質か。この辺りが通常とは異なるよ。魔力の基礎量も多い。」
「出してみないと分からないのでしたね。ただ暴走の危険もある、と……。」
「そうだね、今はまだお楽しみだよ。何れ安定してきたらやってみようね。それで共喰いは武器からの侵入になるよ。自身の思いで作り上げられる武器に事切れた人の血が伝うことで体内に侵入するの。
血中には魔力の他に性質も混ざっているからそこで初めて別の性質も加わり、運が良ければ変化する。」
「運、ということは確率…?」
「それもちょっと違うなぁ。確率っていうよりかは生まれ持った体の素質。沢山の能力を受け入れるだけの器かどうかってこと。こればっかりは才能だねぇ。素質がない人は生まれ持った能力を極めていくことが多いよ。」
「他にも条件があってね。素質があっても共喰い相手との相性の良さが必要なんだ。」
「性質の相性ですか?」
「この辺りは明確にはなってないけど、性質の相性ではないよ。私も現に”火”と”水”を合わせて持ってるし。性質の相性じゃなくて魔力の相性かもしれないね。」
「俺たちが主に手に入れたのは同族相手だけど、”珪砂”も同じ理屈。開花していないだけで力は間違いなくあるからね。共喰いによって得られる性質は二つ以上からは割合になる。」

凛月は変わらずポケットに入っているトランプに共喰いの割合を書いていく。
『2つ/7:3』『3つ/6:2:2』と書かれトランプを受けとり、加えて刹那が説明する。

「一番大きい数字が生まれ持った性質。断トツに引き継ぎやすいんだ。当然同時に2つや3つと性質を共喰いすることもあるよ。それで共喰いでしか手に入らない、つまり生まれ持つことがないのは”氷”。
性質変化が起こらなければ使うことが出来ないの。”硝子の子”はこれでは例外に当たるけどね。”木”と”水”の共喰いによって性質変化し”氷”を所持するってわけ。」
「例えば生まれ持った性質が”木”で共喰いによって”水”を手に入れたら”氷”も付随する。器が足りなければ、生まれ持ちと”氷”になる。分かりにくいよねぇ、俺たちも感覚だし…。」
「私も凛月も性質は全部保有してるよ。そこから問題なのが、」
「―――覚醒?」
「は〜くん凄いじゃん。そ、覚醒。能力を上限値まで引き上げて万能にできる。どれが一番覚醒しやすいかと言えば生まれ持った性質。なずや双子ちゃんたちはそれぞれ”幻”と”空”を覚醒させてる。
ゆうたのほうは”時”も大分近いし、ひなたは”雷”が近い。覚醒の数に上限はないけど時間が掛かるねぇ。」
「凛月が”水”と”闇”と”死”。私が”火”と”水”と”時”。覚醒させれば応用が利く、って解釈で大丈夫だよ。ちなみにこんな感じ。」

そう言って刹那は肩口から青く揺らめく炎を出す。創のすぐ近くを漂うが熱は感じない。これは”火”と”水”が共喰いによって変化したもので、使用者の意志で冷熱が決まる。
壁としても役に立つため、広範囲の結界が張れない刹那にとっては貴重だ。意志を持ったかのように揺れ動いているが、どこか創と戯れたいようにも見える。
ちなみに生まれ持った性質が”水”の場合は赤い水になり、こちらも冷熱に関しては変わらず。見目だけが生まれ持ちに左右される。

「お母様の火は素敵です……。見ていて気持ちいい……。」
「ホント可愛い。でもね創。お母様って呼ばなくてもいいんだよ?今は年齢変わらないし、学院でも名前で呼んでくれてたからむず痒いなぁ。」
「『凛月お兄ちゃん』の方が親しみあって好きだなぁ。可愛い息子にお父様って呼んでくれるの嬉しいけどねぇ。」
「うぅ…。せめて様はつけさせてください。敬意の意もありますし……。」
「うん、いいよ。名前の方が嬉しいからね。」

刹那の言葉に少し戸惑いを浮かべながらも、2人がそれでいいのならと呼び方を変えることを了承した創。敬称だけは何が何でも、という思いが伝わったのか刹那は素直に頷いた。凛月も「は〜くんは愛らしいねぇ。」と紅茶に口を付けながら笑みを浮かべる。




BACK