談笑をしていたところで部屋の扉が開き、なずなが顔を覗かせた。その後ろにはひなたもいる。

「こっちだったのかぁ〜。って、うわ。りっちんのお菓子は相変わらずだ……。」
「おいしいのに、嫌なくらい食欲削ってきますよね……。おいしいのに。」
「大事なことだから二回って…。酷い言われようだなぁ。」
「凛月様のお菓子は昔から…?」
「いや、最初に比べたら今の方が圧倒的にマシ。見るに耐えなかったから。ほら、今は原型留めてるでしょ?」

刹那はカップケーキを手に取りなずなとひなたに近づけると、2人は思わず仰け反った。反射的だろうかなずなは若干バランスを崩している。
そのカップケーキを迷いなく食べながら話を続けた。

「今はまあ、平気でしょ。何よりおいしい。私も一緒に作ったりするから。でも、あんな材料入れても凛月が作ると美味しいんだよねぇ。不思議。正直材料見たら身震いすると思うよ?」
「遠慮しておきます…。」
「刹那ちん!急にちかるけんらよ!びっくりしたらろ!?」
「に〜ちゃん、噛んでますよ…。」
「あ、そうですよ!用事忘れるところでした。創くんの媒介作成するんですよね?今錬金室空きましたよって呼びに来たんです。さっきまでゆうたくんが直してたから。」
「ゆうは兄者に攻撃した時にひび入ったんだっけ?」
「はい。武器もだけど媒介の方も少し亀裂が入ったって。朔間先輩驚きの力ですよね…。」
「…ふー。零ちんは避けんの得意なのかなぁ?あのランスも強そうだけど、りっちんの結構避けてたろ?」
「腹立つぐらいにはねぇ?」
「ほぼ当たってなかったね。凛月は最後本気だったし。」
「媒介って、皆さんがつけているアクセサリーですか?」
「そうだぞ!模してるだけなんだけどな。」

なずなはシャツの中に隠れていたネックレスを見せる。ひなたは右足のアンクレットを指した。一見ただのアクセサリーなのだがその人の魔力を使用して形成されている。そこに魔力を流し込み武器を発現させる仕組みだ。

「媒介は必ず作成者が使わなきゃいけないし、他の人が代わりに作ることはできないんだよ。だから創は自分の分を自分で作るの。」
「間違っても他の人の媒介はつけちゃだめだからねぇ?その人の魔力に食い荒らされちゃうから。」
「食い荒らされるって…。」
「媒介はその人の魔力の塊。意志を持ち、介入があると抵抗のために食べようとするんだ。共喰いに近いとは思うぞ。」
「媒介の魔力と付けた人の魔力が互いを食い潰して、根こそぎ奪われる人もいたんだよ。」

「だから気を付けてね」とひなたは創と目線を合わせた。
そうした理由から必ず自身の媒介は自分で作らないと制御下に置けない所かむしろ食べられる。どんなに扱い慣れていなかろうが、魔力と専用の機器さえあれば作成可能なのだ。
そんなに不安がらなくていいという意味を込めて、ゆったりと頭を撫で刹那は創の手を引く。なずなが「片付けはしておくから今日中に終わらせといた方がいいぞ〜。」と快く3人を送り出した。
媒介の話をした時点で若干の恐怖を浮かべていた創だが、自身の両親に手を引かれれば吹き飛んでしまう。頼もしい背中が、今度は間違いなく目の前にあることも安心する一つの理由だろうか。


・・・


深夜。刹那は寝れずに広場を散歩していた。創を凛月と共に寝かしつけたあと、凛月はいつの間にか消えていたのだ。記憶が戻ったとはいえ、安全ではない兄が心配なのかもしれない。
視界に入った”騎士”が根城にしている噴水に人影はなく、そう言えば今日は寝ずの番だったと思い出す。なずなが夜にしっかり睡眠がとれるようにと3柱でローテーションしているのだ。双子も参加したいというが結界に支障が出ては困るため、ありがたいが申し出を断っている。
噴水の前で足を止め、ぼーっと眺めているとかすかに剣戟の音がした。こんな時間まで熱心だと感心しつつ訓練場の方を見遣る。一番入口に近いところに建てられている建物だ。
入口広場、訓練場、大広場と居住区、王城と監視塔と大きく分かれており、縦よりも横に広い造り。夜中に訓練しても迷惑にならないよう少し離れている。
監視塔の中にはなずなの仕事部屋と、双子が結界を編むために使用する部屋があり主に彼ら補佐のための場所だ。零とレオが言っていた出てこないとは、まさにここから出てこなかったということだろう。食堂も居住区内のスペースが使用されているが、塔の中には簡単なキッチンが備え付けられている。実質的には不可能ではないのだろう。

訓練場の窓から明かりが漏れ、辺りの木々を照らす。刹那は気まぐれに訓練場の扉を開ければ2振りの双刀剣が大きな音を立ててぶつかりあっていた。
それを操るのは瓜二つの顔。この時間は寝ている、寝ずの番ではないひなたとゆうた。パッと見た感じ、ひなた優勢のようだ。ここは経験の差だろう。どちらかと言えばゆうたは後衛にいることが多く、ひなたは時折前衛に来る。
刹那は中に入り観戦用のベンチに座った。能力依存じゃない、純粋な力勝負。ゆうたは奏汰に稽古をつけてもらっているようで、その実力は遜色ない。
ひなたがゆうたの双刀剣を弾き飛ばしたところで、緊迫した空気は途切れた。

「最後!あれは読まれるよ、ゆうたくん。」
「う〜ん、やっぱりかぁ。最後微妙だなって考えてたんだよね。」
「ゆうた、最後は薙ぎ払いよりか突いた方がいいかもね。あの距離で突かれたら防ぎきれないよ。」

ゆうたは飛ばされた双刀剣を拾いながら会話をしていた。刹那はゆうたと目が合ったところでそう声をかける。2人は飼い主を見つけた犬の様に尻尾を振りながら駆け寄ってきた。
刹那の座っていたベンチの両サイドへ腰を下ろす。

「見てたんですか!?」
「うん、途中からね。」
「悔しいなぁ〜。刹那さんには勝つとこ見て欲しかったです。」
「男の子は女の子にかっこいいとこ見せたいものだもんね。」
「俺は力勝負じゃアニキには勝てないから……。」
「ゆうたくん結界はピカイチだけどね〜。」
「双子の力は均等だって言うけど、微妙に差が出るのかもね。母の胎内で能力を二分する。」
「その話知ってます。ここに来てから聞きました。」
「双子の神秘かな。でも、ゆうたとひなたはちょっと違うかもね。双子になってもその能力は他の”硝子”を遥かに凌ぐ。1人で持つには大きすぎて崩れていたかもしれない。」
「そうだよ、ゆうたくん。2人で生まれたのは必然だったんだよ。これが運命。微妙に力の差があった方がいいって!それが互いの得意分野になるしね!」
「……そうかなぁ。」
「気にしなくていいんじゃない?ゆうたのいいところは魔力の扱いが上手な所。ひなたのいいところは武器の扱いが上手な所。個性だよ。」

刹那に負けた所みられていたことを知って、ゆうたは唇を尖らせた。同時に胸の内を告白する。ひなたが前線に出るのは他の幹部に引けを取らないからだ。3柱よりかは多少劣るものの、幹部にふさわしい。
なずなは超遠距離狙撃を熟し後方でも活躍できる力を持つが、ゆうたは後方からの攻撃手段がないのだ。なずなの支援に回る方が圧倒的に多い。
しかし、エデンの結界を張る中でその大部分を担うのがゆうた。ひなたは器用なのだが魔力の扱いはゆうたに劣る。互いにいい所のあるバランスの取れた双子なのだ。
そうして2人で持っても頭が出るような能力を、仮に一人が持ったとしたら許容量オーバーでそもそも魔力に喰われていたかもしれない。ひなたの言う運命はあながち間違いではないだろう。
刹那は2人を抱き寄せ、そのまま立ち上がった。訓練場の中央まで連れていき自身の武器を構える。
暗に稽古をつけてやると伝えているようで、ひなたとゆうたも構えた。エデンの中でもその戦闘狂さは群を抜いている。そんな人が稽古をつけてくれるのだ。これ以上嬉しいことはない。

「おいで、赤子の手をひねるように倒してあげる。」
「お手柔らかに、っていかないね。」
「程々にしてください。」

わざわざエデンの結界のために寝ずの番から外したのに、なんてことは既に刹那の頭からを抜けていた。可愛い”愛し子”が強くなりたいと言っているのだ。”女王”としても受けてあげたい、その気持ちが先走ったのだった。




BACK