――――重いものが地面に落ちた音がする。それは刹那ではなく、その僅か左。
怖々と目を開ければ、目の前には赤いコートを揺らす金髪の男。音のした左には血を流すWの姿があり、その背にはひっかき傷にしては大きすぎる4つの傷口。


金髪の男は、見知った顔だった。

「薫、先輩?」
「やっほー刹那ちゃん。先輩付けなくていいけど無事だったね。」
「え、どい、う?」
「狼狽えてる姿は珍しいね。ま、これは俺が今最大限出来る事かな?凛月くんにやれることしなよって言われてさ。この混乱を機に”赤服”からも出られるだろうし。」
「よ、かったぁ。」

伸ばされた手を掴み、立ち上がる。かなり体力を使ったからか、膝が笑っているようだ。薫はコートを脱ぎ去り地面に落とし、丁度今戦闘を終わらせた奏汰に手を振る。

「<こちら刹那、幹部W撃破。薫はこちら側につきます。>」
「<らいじょうぶらったか!?奏汰ちんも幹部と戦ってたんら!>」
「<落ち着いてよ、なずな。凛月は動いてない?>」
「<殺気出してて怖いって創ちん言ってるけど、まだ大丈夫だぞ。>」

凛月も玉座の間から見ていたのだろう。刹那に関してはこれでもかと堪え性のない彼が、押し負けていた刹那の救援に行かなかったのは成長かもしれない。
当然、凛月には薫が見えていたためある程度は安心していたのだろうが。流石に怖くて創も渡されたトランシーバーで連絡したようだ。

「ひとまず、かなぁ。」
「刹那、だいじょうぶでしたか…?手がはなせなくて『かせい』に行けなかったんです。」
「奏汰くんが戦ったのはX。刹那ちゃんが戦ったのはW。Wは”珪砂”構成員の中では断トツの攻撃力。Xは次席だね。」
「あー、どうりで。桁違いの上戦い方的に慣れてたから……。能力は封じ込められるし。」
「つよかったです…。」

「広域放送!こちら監視塔。”赤服”の完全沈黙を確認!大広場にいる2柱に被害情報を伝えてくれ!」

刹那たちとの会話の最中、なずなからの放送が掛かった。彼も魔力を消費しすぎたのだろう、敵がいないことを確認して力を使わずに的確に情報を伝える。
念話もかなり魔力を消費するのだ。まだ監視の残るなずなは温存しておきたい。

「広域第二放送!こちら監視塔。結界は正常に保たれてるよ!修復も終了。ただし鏡に異常が出ているので外に出ないようにお願いします!」

なずなに続いて響いたのはゆうたの声だ。ひびの入った結界も修復し、元の状態に戻っている。
鏡の異常は”赤服”が攻め入ったときに接続が切れたのだろうか。
刹那は思考を回転させていると、数名の”白服”から状況を伝えられる。訓練場近くに6名の重軽傷、1人の死亡。鏡のすぐ近くに2人死亡、1人更生。大広場に5名重軽傷。死傷更生合わせて15人だそうだ。
大広場は半壊しているものの、そう時間かからずに治るだろう。怪我人は訓練場に運んでもらい、遺体は監視塔の奥にある建物で火葬する。
その段取りを伝え、奏汰と薫と共に玉座の間へ向かった。薫もいるし、刹那もWから聞いた話を伝えなければならない。
玉座の間には、まさに玉座に座っている凛月とすぐそばに控えている創。同じくしてなずなも双子も到着した。玉座の間からでもある程度能力を使用できるため、魔力消費を抑えるべく集まってもらっていたのだ。

「うわ、威圧感あるなぁ……。」
「そりゃ、エデン幹部勢揃いですからね!」
「とりあえず、”赤服”殲滅終了。大きく壊れたのは大広場くらいだな。もう復旧に入ってる。奏汰ちんはしばらく水浴び我慢しろよ〜?」
「うぅ……。」
「死傷更生15名。内訳は重軽傷11、死亡3、更生1だね。攻め入った幹部は2人。薫曰く断トツだって。」
「結構多いねぇ……。」
「しょうがないかな。で、更生について簡単に。冥土の土産的な感じで情報貰ったよ。冥土に行ったのはソイツだけど。
更生は洗脳。奏汰の言った通り水晒しは”エピメテウス”ってやつを体に早く馴染ませるためだって。”世界”相手に戦うには”硝子”が必要だから、手駒にするため。」
「うわ、俺たちの予想はほとんど当たってたんですね……。嫌な方向で。」
「”エピメテウス”……。聞いたことあると思えば”赤服”内で流行ってた意味わかんない宗教の奴か…。」
「薫ちん聞いたことあったのか?」
「う〜ん。程々にかな。”硝子”を手駒にするって話は知ってたけど、”エピメテウス”がそういう意味だとは知らなかったよ。記憶って単語と一緒によく聞いたけど。」
「そう。この”エピメテウス”の副作用が記憶の消去みたい。蓋をするって感じだと思うけど。
あとね、零とレオは捕まったそうだよ。早々にね。」

更生の真実と共に語られたのは零とレオが捕まったこと。現在どうなっているか分からないがWの話では準備が進んでいるそうだ。
薫は「どうりで…。」と小さく呟く。薫の査問会議での決議に納得がいったのだろう。あの2人を逃がしておきながら罰は軽い。その裏には既に”赤服”の手によって連れ戻されていたということだ。媒介なしにまともに戦えないまま。

「うわ、それはちょっと……。」
「気にするなって言った矢先かぁ……。」
「―――んにゃ!?」

頼りないというか、仕方ないとは思うのだが幾らなんでも早すぎないかと凛月は溜息をつく。ひなたも若干引き気味だ。
と、会話しながら外の監視をしていたなずなが大きな声をあげた。同時に驚いたのか尻餅をつき、驚愕に目を見開く。

「なずな!?」
「爆音がしたと思ったら外との接続が切れたんら!ゆうちん!まだ鏡は繋がらないのか!?」
「無理です!不安定すぎて狭間に落ちちゃいます!」




「―――”赤服”が起こしたかった内戦が始まったってことぉ…?」





「だから『えでん』をおそったんですね…。ぼくたちがすぐにうごけないから。」


「みたいだね。こっちの制圧が失敗すればもしかしてとは思ったけど、”世界”に対して宣戦布告をしたんだ。上もギリギリまで決断を悩んでたみたいだったから、不要な情報だったはずだけど…。」
「みすみすこのチャンスを逃したくなかったのかもね。邪魔されないんだから。」
「戦争前の花火を打ち上げられたのかなぁ。ハイリスク・ハイリターン。向こうには勝負師でもいるの?」
「優秀すぎません?その勝負師。生徒会長さんみたい。」
「そうだとしても最初から介入させる気はないってことか!?おれの目で見えないのはにゃんか腹立つ…!」

なずなの目は外から切り離され、状況が一切掴めなくなる。外に出るための鏡もまだ繋がりきっていないため、最悪のタイミングで外部から完全に遮断された。
そうして、凛月の言葉で辻褄が合う。エデン襲撃も内戦を起こすための一つの布石だったのだ。厄介な”白服”をエデンに縫いとめておける。
圧倒的攻撃力の2人を失う代わりにエデン幹部を丸ごと足止め、まさにハイリスク・ハイリターン。外の内戦は洗脳が完了している”硝子”が出ているのだろう。
薫のお陰である程度の情報が入るものの、出られなければどうしようもない。空間の狭間に落ちれば最後、どうなるのか分からないのだ。迂闊にいけない。
歯痒いが、どちらにせよ今自分たちにできるのはエデン内の復旧だ。鏡が接続でき次第向かうことになるだろう。


手分けして――と、見まわしたところでここにいないはずの人物が目に入った。学院にいなければならない、少なくともエデンには入れないはずの―――。








「指令が下りてな。ここにいる奴らを”世界”の元へ連れていくようにと。」




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