少し癖のある赤い髪。黒のスーツを纏った彼は困った様に眉を下げながら扉に背を預け立っていた。




――――衣更真緒。

凛月の幼馴染で学院の革命児、真緒の発した言葉に誰も理解できなかった。”世界”のもとに連れていく?彼が?
思い浮かべたであろう疑問に大方予想がついていたのか、内ポケットからカードを取り出した。人差し指と中指に挟まれたそれは”世界”直属の管理組織のマークが描かれている。

「ま〜くん、どういうことぉ……?」
「俺は”世界”の使者だよ。見てのとおりシステムを管理してる組織の端くれだ。”世界”からの要請で連れて来るようにって言われてなぁ。」
「”世界”からの要請?システムの母体のもとに連れて来いってことなの?」
「そういうことだ。詳しい話はそこでってことで。」
「あ〜、じゃあ俺残ってるよ。俺の領分は超えてる。」
「ぼ、ぼくも。残っています。」
「………真緒ちん、外はいいのか?”世界”相手に戦争を起こしてるんだろ?」
「それも詳しいところに含まれてます。羽風先輩と紫乃以外はこちらへ。」

薫は復旧作業に加わるためにひらひらと手を振り玉座の間から出ていった。創も控えめにその後を追い部屋から姿を消す。
真緒はその姿を見届け凛月が座っていた玉座に近づき、互いに顔を見合わせながら真緒の後ろを歩く。

「玉座の間の先ってないよね?」
「そのはずですけど……。」

玉座の後ろで足を止め、その陰に屈みこむ。何もないはずの玉座の裏側を凝視しながら。
椅子の笠木に飾られた宝石の一つを上から押した。ガコンっと音がして宝石が玉座に食い込む。元からそうなるように設計されているのか、明らかに人工的な切れ込みが入っている。
同時に玉座の背面にパネルが表示された。どうやら一部がひっくり返ったようだ。刹那達が驚きの声をあげる前にどんどん事が進んでいく。
真緒は階段を軽く見遣り、22桁の番号を打ち込んだところで大きな音と軽い振動が伝わる。玉座につながる長い階段が動いたのだ。不安定になる足元に刹那は凛月にしがみつく。
普段から使っていた玉座の間にこんな大掛かりな仕掛けがあるとは思わなかった。どう考えても最初からそう作られているのだろう。そうじゃなければ階段と玉座が連動なんてできない。
揺れが止まると階段の半ばにはぽっかりというには明らかな空洞。2mくらいの高さを軽やかに降りていく。空洞の先は道が続き、歩くには不便がないような明るだ。

「な!?こんらのみりゃことないぞ!?」
「隠し通路…ですか。」
「”世界”ってまさかこの下に!?」
「ここはエデンの最深部につながる道だ。この先に”世界”がいる。」
「ねぇ、ま〜くん。さっきから”世界”の元に連れてくとか”世界”がいるとか、まるで生きてるみたいな言い方するよねぇ。世界はシステムなんでしょ?なんでそんな含みのある言い方すんのぉ……?」
「見りゃ分かるよ。」

真緒はそう答えて先を行く。何もしかけられていないと、そういう意味を込めて。訝しげにしながらもついていく。何時でも戦闘が始められるように魔力の集中を始める。粒子が外に出ないように内に溜めながら。
しばらく歩くと、ぽつんとほの青い光が見える。発光した扉とその上には豪奢なメータ。針は完全に振り切れ若干嫌な音がしている。
その前に立てば静かに横にスライドし、少し広めの部屋が現れた。天井からの電気は青く室内を照らし中はガラス張りなのか向こう側が見える。高さがあるのだろうか、人工とも自然とも言えない不自然な光が差し込む。太陽とは明らかに違う、部屋の電気に近い優しい青。
部屋に足を踏み入れれば、はたと思いつく。幾度となく使ってきたエレベーターだ。真緒がボタンを押せば扉は閉まり降下をはじめる。独特な気圧の変化を感じるわけでもなく、しかし外の景色は物凄い速さで変わっていく。


ほんの数秒後に到着を知らせる鐘が鳴った。軽快な音とはかけ離れた、聞く者の不安を煽るような悲痛さを感じる。


胸が締め付けられるような、なにか結晶が割れるような、形容しがたい音に足を止めた。エレベーターから出るのを戸惑う。ぐっと唇を噛みしめた刹那を凛月は見つめ、その手を引いた。既に”女王”の仮面は剥がれ、普段の刹那に戻っていたのだ。
足が竦み震える。今凛月の眼の前にいるのはただの少女。繰り返しをしてきただけのごく普通の。
奏汰は少し先で足を止め二人のことを見守っている。そのさらに先に双子が満面の笑みを浮かべ、なずなが苦笑いしていた。

「心配しなくても、俺がいれば問題ないでしょ?」
「刹那さん!大丈夫ですよ。」
「『あんしん』、してください〜。」
「……ん。そうだね。」

思っている以上に支えられていたのだ。”女王”としての彼女も、ただの刹那も。この先に待っている中心。システムの中枢、”世界”と対面するのは緊張と言い知れぬ恐怖を連れて来る。
広がる景色に目を向けた。最初に目に映った石畳はエレベーターの扉の様に青白く発光している。まるで海中神殿の様に深海の青が埋め尽くし、街路脇に静かに立つ外套の光は点滅を繰り返していた。

「なんですか、これ……。」
「エデンの中にこんな所がねぇ。」
「こっちだ。」

上方に緩やかな傾斜を描く石畳を歩けば天球儀のようなものが見える。ステイツマン型によく似た、内側に曲線を描く猫足の枠組みと透明な球体。
球体の表面には小さくノイズが走っており、独特なそれは結界の不安定さによって出るもの。天球儀を模した何らかの意図がある結界だ。
傾斜を完全に登り切れば開けた場所と、思いの外大きい天球儀。彼らの身長よりかなり高い段の上に置かれている。
両脇にはそこへ向かうことが出来るであろう階段が見えた。同時に結界の中に人の姿が視認でき、ふわふわと中で浮遊していることが分かる。
また、見覚えのある姿だ。学院の中で知らない人はいないという程の有名人。刹那も親しくしていた人。見間違えではないかと、よく目を凝らす。それでも目の前の姿は変わらない。







長く揺れる髪。そしてそのシルエットは―――。




BACK