そう。彼女しかいないだろう。学園内の革命を成功させた立役者、刹那にとって唯一の同輩、あんず。
制服ではなくグラデーションが施された淡い青のロングドレスを身に纏い球体に安寧を求め、不安を隠すために膝を抱えていた。

「あんず、連れてきたぞ。」

真緒がそうあんずに声をかけた。彼の言葉で学院にいたあんずであることは間違いないのだろう。球体の中のあんずはそこでようやく7人が来たことを認知して結界をほどき地に足を付ける。

「あんず…?なんでこんなところにいるの?」
「刹那ちゃん、私が”世界”だからです。今回私がみなさんをここへお呼びしたのはある話をするため。
地上はもう”思想解放戦線”の攻撃を受けて火の手が上がり始めてます。しかし、彼らが戦い、倒したいはずの私はもう持ちません。既に限界が来ているのです。」

淡々と敬語口調で話すあんずはそう見ない。刹那の”女王”の姿と似ている。本人の元の性格とは離れたことをする、仮面と呼ぶことの多いそれ。
だが、会話の内容で既にキャパオーバーしているのかそこまで頭が回っていない。今彼らの思考は”世界”があんずで、既に限界が来ていること。それでいっぱいいっぱいだ。

「限界?”世界”が?」
「まさか、”世界継承権”って……。」
「”世界”はもともと人間です。私もまた嘗ては”硝子”で、アルカナの昇華によりここに呼び寄せられました。」
「継承権の放棄って、この”世界”を継がないための…?」
「継承権の放棄自体は可能ですが、血の魔方陣では不可能です。そして、多くの人は本当の方法を知らない。」
「血の魔方陣じゃないってことですか……。でもその方法って?」
「自殺です。だから”思想解放戦線”はそれを禁止していた。自分の手で殺すことにより、次には更にカルマが重なるだけ。自らで罰を下したところで消すことが出来ないのです。と、言うのが”思想解放戦線”の禁止の理由。
継承権の放棄になるのは、自身の命を粗末にするものが"世界"を継承できるわけがない。という理由からです。」
「自殺!?まさか、そんな方法らったにゃんて…。むしろカルマを重ねるだけらと思ってた…。
でも、確かに命を粗末にするやつは継げないよなぁ〜。」

継承権放棄の本当の方法。確かに間違ってはいないだろう。”世界”はシステムとは違ったがおおよそ合っているし、それを継ぐとなればそれなりの精神力が必要だ。自殺を選ぶような人には到底不可能なことだろう。

「そして、”世界”は確実に機能の停止を始めている。完全に停止する前に引き継いでもらわなければなりません。この後継には拒否権はなく、強制です。でも私は……。せめて、実情を知ったうえで後継して欲しいのです。
私が後継したときは私だけが呼ばれ、誰も知らないまま”世界”になった。それは寂しくて耐え難い。永い時をこの薄暗い空間で過ごすのは気が狂いそうだった。だから。次の”世界”には、そうなって欲しくない。そう思って皆さんを呼んだんです。」

悲痛な声。何もないこの薄暗い空間にずっといるのは気が狂いそうになって当然だ。それをせめて次の人はそうならないようにと、寂しさを実際に体験した彼女故に出来た行動なのだろう。
震える手を握り、必死に隠す。今のあんずは”世界”だ。安全のための絶対のシステム。この程度で揺らぐものかと表に出さないように耐えている。
しかし目は口程に物を言う、ではないのだが彼女の目は悲しそうに伏せられていた。余程寂しい思いをしたのだろう。伏せられた目の下はありありと表れているのだ。あんずの体験した辛さを。

「……こんな所で一人で過ごすのかぁ。寂しくなるよねぇ。あんずはさ、いつから”世界”なの?」
「私が世界になったのは、今からおよそ1700年ほど前。現在が6247年なので4500年前後です。」

現在西暦6247年。これは間違いなくそうなのだ。ただし”硝子”か数えている為”珪砂”との差は大きい。”硝子”と”珪砂”ではそもそもの時間の流れが違うからそこに誤差が出るのは仕方がないだろう。”珪砂”は西暦2015年の筈。

「私の一回目ね。あれ?でもその頃は丁度零とレオが…。」

「はい。”君主”であったレオさんと”騎士”であった零さんが”思想解放戦線”に処刑されたのと同時期です。
私は当時の”女王”です。……彼らが処刑されたのは私が”世界”になった直後。
どういった経緯かは私も把握できていないのです。」

あんずはそこで言葉を切り、顔を顰める。痛みか、戸惑いかはたまた両方かもしれない。

「……いけませんね、もう時間がない。もう一つ話さなければならないのは、”硝子”が背負ったカルマ。繰り返す要因となった起点です。
”硝子”の最初のカルマは”殺人”。皆不自然なほど一致しています。」

「たしかに、ぼくの『さいしょ』は『さつじん』でした……。」
「俺もです。」
「俺も。ゆうたくんと同じだって話してたけど…。」
「間違いなく、おれも殺人だ。偶然にしては出来過ぎてるような…。」
「確かに私達の最初のカルマは殺人だったかもしれないけど、現に私達は罪を重ねてる。」
「皆さんの認識はそうかもしれませんが、"御子"のお二人が転送した遺体はその後蘇生され戻されています。"思想解放戦線"に参加していた記憶は全てありませんが。」
「殺してなかった、ってことか…。」
「……………そしてこのカルマは、改竄されたものです。貴方方は少なくとも一度目に殺人など起こしていません。1度目の生を終えたあと、"世界"によって書き換えられた、偽りの罪です。」
「書き換えられたぁ?なに、世界は記憶に干渉できるわけぇ?」
「"世界"は間違いなく記憶への干渉は可能です。法則に則って、という形になりますが。書き換える理由は唯ひとつ。"硝子"を作り出すためです。
アルカナを昇華させるには繰り返しが必須。"世界"の後継者を選ぶために、一度目の生を見張り継承に相応しいような心の澄んだ人を探していました。」
「それで死んだ後に記憶を改竄して、保持したまま繰り返させるってことですか……?」

「はい。"硝子"は"世界"に愛された。その本質を、魂の輝きを。一度目の生の罪は、開花させた能力は、贈り物なんです。"硝子"は名前の通り向こう側が見えるほど透き通っているって意味なんですよ。
………なんて、押し付けがましいですよね。私が聞いた時もそう思いましたから。」

彼らは大きな衝撃を受けただろう。自らの背負ったはずのカルマは改竄のされ、記憶までいじられていた。能力でも記憶に干渉できないはずなのに。
ここまでが、”世界”になるための進化だったのだろうか。能力を万能にするために喰らい、アルカナを昇華させていく。
そこで、刹那は思いだした。割れやすいから溶けていって、なんて話をしたが向こう側が透き通って見える意味が込められていたようだ。彼女の解釈自体間違ってはいないのだが。
あんずは困った様に笑った。本当に押しつけがましい話だと。ただ人数がいたおかげかそう混乱せずに済んだようだ。考えながらも落ち着いて話を聞いている。
6人を見渡し、あんずは両手を上にあげた。
本来、”幻”の覚醒にいらたなければ見えないはずのアルカナが胸元に表示される。なずな以外は初めて見るだろう。自身のアルカナも、どのように表示されるかも。

凛月が審判、奏汰が星、なずなが塔、ひなたが節制、ゆうたが死神。

刹那の胸元に降りてきたの22の数字と宇宙のアルカナ。








「次の”世界”は刹那ちゃんです。」




刹那は目の前のアルカナを凝視する。宇宙のアルカナは世界とも呼ばれるのだ。




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