「待ってよあんず、なんで俺じゃないわけぇ?繰り返し自体は俺の方が多かった筈。」
「アルカナの昇華は確かに繰り返しにも大きく依存しますが、本質、器、そういったところを綯交ぜにした結果です。」

凛月はぐっと刹那を腕に閉じ込める。たとえ”世界”だろうと刹那は渡さない。その思いで腕に力がこもる。
刹那はその腕に軽く手を添えながら戸惑いの目をあんずに向けた。なぜ自分が?その問いが頭から離れない。

「詳しいことは分からないのですが、私の時もそうでした。レオさんや零さんの方が繰り返し回数は圧倒的に多かった。それでも”世界”に呼ばれたのは私。」
「女性だからとかじゃなくてですか?」
「私の前の”世界”は男の人。当時は”君主”だったそうです。」
「あんず、これには拒否権がないんだっけ。」
「……はい。継承権は間違いなくあり、アルカナは刹那ちゃんを指しています。」
「ここから出られなくなるんだっけ?」
「不可能、ではありませんが方法を検討していくことになるかと。幸いこの場所に他の人は自由に出入りできますし。」

あんずとのやり取りに、刹那は小さく息を吐いた。エレベータでの心を揺さぶるような音はこれの予兆だったのだろうか。凛月の腕を解き、あんずに一歩近づく。
まだ可能性があるのだ。外に出られる可能性。凛月や他の子たちと共に過ごせる可能性。”世界”であるあんずの限界が来ている中でこのままを維持することは不可能。ならば、これしか方法がないだろう。

「ここにいても、長い時を凛月達と過ごせるから。私はダメな人間で、自分や大事な人のためにしか動けない。でも、欲張りだから手の届く範囲はどうにかしたい。私はここで、大事な人を守る。前より見る範囲が広くなっただけでそれだけは変わらない。
あんずみたいにすべてを愛すってできないけど、やれることは全部やるよ。」

「刹那!」
「大丈夫だよ、凛月。方法はいくらでも考えられる。でもこの憎たらしいシステムをそのままにできない。
息苦しくなるほど平和で、”珪砂゛も゛硝子゛も等しく安全。そこに゛赤服゛が介入して私達が追われるだけで、本当のところは変わらない。
安全と引き換えに位置情報を提示して、足取りを追うことができなくなったら何かあったのかと確認される。この優しすぎる世界に私は一種の不快感を覚えるけど、否定しないし反抗しない。必要性を十分に理解してるつもりだし、それより優秀な代替案は出せないから。」

刹那はシステムをよく思っていなかったのだ。それでもこのシステムを継続して使う必要があると考えている。
大事な人が生きやすいか生きにくいか、どちらかと言えば生きやすいだろう。息苦しくとも安全が保障されているのだ。
思想の制限は必要ないだろうが安全確立のためのシステムは残す、今の刹那が考えているのはそれだけだ。
”世界”になったから意識がなくなる、記憶がなくなる、なんてことはない。場所は変われど凛月と共に過ごしていられる。”愛し子”の姿を見守れる、それで十分なのだ。
多くの人の幸せを考えることはできなくても、見てやれる。今自分が手を伸ばせば掴める幸せだけは逃したくないのだ。なんて利己的なんだろうか。

「私は凛月の手から離れないよ。これからもずっとその手の中。何時でも届く位置にいるんだから心配しないで。」
「ほんとうに、『だいじょうぶ』なんですか…?」
「大丈夫、何とかなるよ。」
「…刹那ちんは、割と頑固な所あるからな〜。意見を変える気はないって顔してる。」
「………俺は嫌だって言いたい。隣にいてくれなくなるのに変わりはないからさぁ。でも刹那がそれを望んで自分の意志でやるって言うなら、俺は止められないねぇ……。」
「いいんですか、凛月さん。」
「良くないって言いってしまえばそれまでなんだけど。俺だってこのシステムの有用性は分かってる。残しておきたい気持ちも。でもあんずが限界で、このタイミングで”赤服”に機能を完全に停止させられたら一気に荒廃していくと思うよ。ならばいっそ刹那に、ともねぇ。」

ゆうたの問いかけに凛月はそう返した。納得はしていないものの仕方ない、定めなのだろうと。
その姿を見て緩く目を伏せ、次に開けた時には戸惑いは消え去っていた。横の階段を昇りあんずの隣に向かう。そして握りしめていた手を取る。

「あんず、時間ないんでしょう?急ごう。」
「……はい!」

泣きそうに笑ったあんずは安心したようだった。拒否されでもしたら強硬手段に出なければいけなかったのだ。一か八か、強硬手段に出るには分が悪すぎる。エデン幹部と”世界”ではエデン幹部の方が強い。”世界”は個人なのだ。人数差は絶望的だった。
あんずは刹那の手を引き天球儀の4本の足が重なる部分に立ち、子午環の上に刹那を持ち上げる。微妙に不安定なそこに腰を掛け下のあんずを見下ろした。
4本足の所に立っていたあんずは刹那に右手を伸ばし、それを掴んだところで結界が展開する。
掴んでいたその手を離せば結界の中で体が浮遊した。
頭の中に大量の英数字の羅列、早送りで動いている刹那の記憶。まるでパソコンでいくつものウィンドウを同時に動かしているような。

そこで、一度画面は止まる。『OK』の文字が出てきたのだ。
眼下にいる長らく共に過ごしてきた仲間が心配そうに見上げてくる。安心してよと右手を軽く振った。
その様子に特に問題がない様であんずと、その隣に来ていた真緒が安堵の表情を浮かべている。













そうして私は―――――――――














「リンクの接続を確認。システムの構築を開始します。」
















―――――――――世界になった。




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