昼ご飯を食べた後、教室に戻り授業に参加した。ガーデンテラスにいた際に真緒に会い、ちゃんと授業に出るようにとお小言を貰ったのだ。
刹那自身授業は好きだがつい凛月の世話をするためサボってしまうことが多い。その分、ちゃんと提出物をやる他プロデューサーの仕事もしているのだが。(当然のごとく凛月の提出物も代わりにやっている)
いかにせん凛月中心に動いてしまう刹那の性格はもはや変えようもないだろう。1000年近い刷り込みの結果なのだから。
凛月は刹那の後ろで眠りこけている。真緒はそれを横目にため息をついた。

「……あいつ、教室に刹那がいても寝るんだな……。」
「まぁ、私が構ってあげられる時間じゃないのを理解してるからだと思うけど…。授業に形だけでも出てるから、マシな方でしょ。」
「出席自体は取れてるからな……。困った奴だなぁ。」

刹那はペン回しをしながら後ろを振り向き、その顔を凝視した。真緒にはああ言ったがちゃんと授業は起きて欲しいものだ。それでも筆記テストではちゃっかりいい点を取っている。
場違いなほどきれいな寝顔に少し腹が立って頭を軽くはたいた。っ!とうめき声がしたが聞こえないふりをし、凛月が起き上がる前に黒板に目を向ける。
真緒が噴き出してるのを見て思わず笑ってしまい、先生に注意されたあげく凛月に後頭部をはたかれるという被害を被り授業終了のチャイムが鳴った。


・・・


「睡眠の邪魔するのは良くないよぉ〜?」

先生が教室から出た後凛月が声をかけてきた。

「あぁ、ごめん。なんか綺麗な寝顔と寝てるのに頭いいことに腹立って、つい。」
「……なんか割と理不尽じゃない……?」
「そうかな?腹立ったんだもん。しょうがない。」

刹那はスクール鞄からブラッドオレンジのジュースを取り出しパックにストローを差した。凛月がそれをじっと見ているのを察して同じものを渡す。ストローがすでに刺さっていたパックを受け取り口をつけた。

「ほら、真緒がツボってるよ。」
「えぇ…、そんな要素あったぁ〜……?」

真緒は机に伏せてバイブレーションよろしく震えている。途中変な呼吸音が入っているが吸えてるのだろうか。笑いすぎて息吸ってもむせることは割と多い。
刹那がじっと真緒を観察していると、一人の男子生徒が近づいてきた。

「んもぉ〜。真緒ちゃんになにしたの?」
「いや、特別これと言って。ただ凛月の寝顔と頭の良さに腹が立ってはたいただけで。」
「……どう考えてもそれが原因よね。刹那ちゃんは時々よくわからない行動をとるから……。」

刹那は嵐の言葉に首を傾げ凛月を見遣った。当の凛月は分からないといった風に首を傾げている。

「まぁ、別にいいかしらね……。ほら、真緒ちゃんしっかりなさい。」

真緒の背をさすり、呼吸を整えさせる。「さすが嵐ねぇ。お姉さんだね。」と刹那は茶化した。やっと笑いが止まったのか、随分と息を切らしながら真緒は顔を上げる。

「はぁ、疲れた……。」
「ま〜くんが勝手に笑ってただけなんだけどぉ……。俺関係ないのに巻き添えとか…。」
「自業自得だよ、凛月。あと、いくら男の子が多いとはいえ寝顔を見るのは私だけでありたいからなぁ。ほどほどにね?」

刹那のその言葉に凛月は目を見開き、先ほどのそれと変わらない熱が燃え上がる。真緒と嵐もそんな彼女らをきょとんとした顔で見ていた。綺麗な凛月の唇がゆっくりと三日月を描く。

「そんなこと言ったら俺は刹那を外に出したくないけどぉ……?ふふ、その辺り妥協してあげてるんだからねぇ……?」
「まぁ、そうなんだけどね。」

不穏な会話に外野の二人は目を合わせ、ため息をついた。また始まったと言わんばかりに。2人の気をそらすために嵐は声をかけた。

「2人は随分と長い付き合いなんでしょ?よくそんな関係が持つわねぇ。」
「俺と知り合ったのと同時期だろ?あの頃からこんな感じだったしな〜。お陰で俺の恋とか愛とかそういうのが曲がりかけたし。」
「……えぇ、そうなの?まあ、他の人のそういうのとは少し違うとは思うけどさぁ。」

確かに真緒と出会った時点でこの状態だったのは否定できない。
当然のことである。刹那と凛月の付き合いは”硝子”の中でも極端に長い。年齢に似つかわしくないような考え方。真緒は多少感じ取っていたのだろう。傍から見ても2人の関係が正常だとは到底思えない。歪み切った感情。その深みに沈み、最早直すことは不可能な彼ら。それを幼いころから見ていた真緒が勘違いするのも無理はない。寧ろ曲がりきらなくてよかったと安堵するほどに。
「そりゃ私たちがそういう関係になって長いけど、私はね。」刹那は嵐の眼を見て言葉を紡ぐ。


「一本の長い『蝋燭』でありたいと願ってる。その長い蝋燭を生涯絶えず燃やす。そうして完全に燃え尽きたときが私と凛月の生の終わりだとね。途中で消えないようにちゃんと見てあげて、消えそうだったら守るように包む。
そういうものだと思ってるから。」


刹那は両の人差し指を横に並べるように立て、語った。これが彼らの愛なのだ。歪みきったはずなのにどこか芯の通ったそれ。凛月も刹那の言葉に嬉しそうに目を細めるだけで口を挟まない。

「『蝋燭』ねぇ〜。確かにほっといたら勝手に消えちゃうわね。
倒れちゃうかもしれないし、風に吹かれて消えちゃうかもしれない。」
「よもや高校生とは思えない思考だな。昔と変わらず大人っぽいというか。」

刹那の言葉に半ば納得したのかそう返す二人。しかし感じているのだろう。やはり他の人とは明らかに違うと。言葉にしがたき違和感。だが間違いなくそこにいる。

「あ、今日って『Trickstar』練習あったよね?あんずちゃんの方の。」
「やべぇ!せっかく時間作ってくれたのに!」

真緒はドタバタと鞄に物を詰めていく。その動きから本気で忘れていたように思えた。刹那と凛月の言葉に動揺し思考が飛んでいたのだろう。そのまま教室に残った3人に手を振り廊下を駆けて行った。
―――生徒会が廊下を走っていいのだろうかと、少しの疑問を残して。
真緒に手を振り返して刹那達もゆっくりと支度を始める。

「『Knights』のレッスンは明日だね。防音室Bか。ああ、その前に英智さんのとこ行かないといけないや。次のレッスンの打ち合わせしてなかったからそれをしに……。それと放送室か。次のライブでの音響機器の打ち合わせ……。」
「…あ〜、明日レッスンかぁ。昼間でしょ?寝なきゃいいけどぉ…。」
「まあ、刹那ちゃんがいるんだし凛月ちゃんは起きてるでしょ。少なくともよほどのことがない限り。にしても、明日は随分と忙しいのね。体調管理に気を付けてるのよ。」
「まぁ、ライブ近いし。あと、紅月の小道具確認くらいかな。流星隊とかはあんずちゃんがやってくれるって聞いた。」

持っていた手帳を机に置き、固まった体をぐっと伸ばす。嵐は身支度を終え「また明日ね〜。」と教室を出ていった。
刹那も「またね。」と返し凛月と向き直る。放課後は特に予定がないが―――と考えたところで一つの案が浮かぶ。現在の時刻は5限終了のため3時ちょっと過ぎ。折角ならばエデンに帰らず、ガーデンテラスに行こうと思い当たった。

「凛月、折角だから『皆』でガーデンテラスに行こうか。ティータイムだよ。」
「…おぉ〜、いいねぇそれ。」

凛月は気が乗ったのか鞄を持ち立ち上がった。全員に連絡するため"空"の力を使う。"空"を覚醒したのはあの子らだが刹那も念話なら得意である。
各々の返事が返ってきたのを確認して凛月の手を握りガーデンテラスに向かった。




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