ガーデンテラスに先に着いていたのは、なずなと葵兄弟。そこに刹那と凛月が合流する。

「……案の定、奏汰はいないわね。」

刹那はその光景に思わずため息をついた。そして凛月を座らせて「奏汰連れてくるから。ちょっと待ってて。」とガーデンテラスから離れ、ガーデンテラスを抜けて彼が水浴びしているだろう噴水に行く。
ぱしゃぱしゃと水音が聞こえた。近寄れば制服姿のまま噴水に浮かんでいる奏汰。水に濡れた彼はとても妖艶な雰囲気を醸し出しているが、どこか綺麗で儚げだ。奏汰も刹那を認識したのか立ち上がり噴水から出る。

「もう、折角連絡したのに……。」
「すみません……。ぷかぷかに『むちゅう』で……。」

しょんぼりした顔の奏汰に弱い刹那は必要になるだろうと持ってきたタオルで頭を拭いてやる。今日は日も出ていて暖かいから濡れた制服はすぐ乾くだろうとそのままに。

「奏汰は変わらず好きね、水。これもまた不変の物。」

ふと刹那は先ほどまで奏汰が浮いていた噴水を見遣る。その横に屈み、指先を水につけた。
長い間に不変なものは大概が自然のものだ。
人間も昔に比べて身長が伸びるようになった。建物も、文化も、技術も日夜進歩していく。
それでも、木は、空は、水は、風は変わらないのだ。
指先から伝わる温度はひんやりしていた。刹那自身とは正反対のそれ。

「……刹那はむかしから『ふへん』のものをさがすのが『すき』ですね。」
「そうね。常に変わりゆく世の中を見てるから変わらないものを見てどこか安心するんだと思う。
私たちも本質は変わらないでしょ?生を終えて始めても記憶はあるし、姿は変わらない。幼くなるだけ。」
「たしかに、そうなのでしょうね。”珪砂”はつねにいきいそぐ。ぼくたちとちがい『いっかい』の生で『きおく』がきえてしまうから。そのあいだにできることを全部する。」
「酷く”刹那的”ね。全てを失くす前に熟してしまおうとする。彼らにとっては今回限りの生で、今回限りの出会いで、今回限りの辿る運命。私たちと何度も会っているのに、開口一番『初めまして』と言う。
……でも、羨ましいよ。その短い生にどれだけの楽しみが詰まっているのかな。全てが目新しくて、キラキラと光ってる。」

「だから”珪砂”は皆眩しく見えるんだろうかね。」と水に手を完全につけ、掬い上げて落下させる。飛沫をあげる水は光に反射して輝く。刹那は眩しそうに目を細め眉を下げて笑った。
奏汰も刹那の隣に座りこみ同じように水を掬い上げる。そして、ふっと息を吹きかけると氷に変わった。奏汰の変化した力。生まれ持った”木”に共喰いによって加わった”水”が性質変化した結果生まれたもの。

「『みず』はすぐに手から『こぼれて』しまいますが、『こおり』はある程度もちます。
『ゆき』もすきですが、すぐに消えてしまう。
ゆえに、『みりょくてき』なのかもしれませんね。ぼくたちは『こおり』で”けいしゃ”は『ゆき』。
『みず』は…心、ですかね。ゆびのすきまからこぼれてしまう。”けいしゃ”にとっては『きおく』でしょうか。
『ゆき』は儚いからかがやいてみえる。こぼれおちてしまった『みず』はもとにもどらなくて、掬いなおす。だから一からやりなおし。」

奏汰は手の中の氷を転がしながらそう話す。彼は、思いの外雄弁なのだ。刹那は奏汰の手から氷を受け取って太陽に透かす。

「ああ、でも。キラキラしてる。私たちも光があれば輝けるのかな。」
「刹那のひかりはりつじゃないのですか……?ふたりいっしょにいるときはかがやいてますよ。」
「そうかもしれない。私にとっての光は凛月で、凛月にとってもそうでありたいな。
……でも、氷も意外と脆いよね。中から崩れることは少ないけど、外から衝撃を加えられると壊れちゃう。”硝子”もそうなのかな。落とせば割れる。外的要因……時間とか?時間経過によって与えらるダメージがヒビとなって入って行って、割れてしまう。」

そこまで喋って刹那は「あ。」と声を漏らした。奏汰を呼びに来たのを忘れていたのだろう。噴水の横にある彼の鞄をもって手を取る。歩き始めようとしたところで、立ち止まった。
持っていた氷を見せると奏汰は噴水を指さしたので、水の中に沈める。太陽の光と水による屈折で先程よりキラキラと輝く氷か羨ましく目に映った。輝きと比例して増す汚い感情。果たしてこれは何なのだ。
『あの氷は”私たち”なのに、どこか”私”とは違う。覚悟の差だろうか。私だけ覚悟が決まっていない。』
そこまで考えて掻き消すように頭を軽く振って思考を飛ばし、そうしてやっとガーデンテラスに戻ることが出来た。




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