奏汰を連れて戻るとなずなが走ってきた。

「おみゃえら!呼びに行ったらけなのに時間かかりすぎらろ!」
「に〜ちゃん、ごめんね。つい話し込んじゃって。」
「刹那さーん!はやくお茶しましょうよ!」

興奮して舌足らずになるなずなを落ち着かせて席に向かう。そんな刹那にもげるほど手を振るひなた。ゆうたは凛月と1対1でトランプをしている。そのゆうたの眉間に皺が寄っているが、元がいいからかそれも可愛く見えた。
まぁ、凛月にこういう勝負事を仕掛けるのはあまりよくない。なにせ彼の得意分野なのだ。頭の使うゲームは特に。

「刹那は奏汰と話し始めると結構長いからねぇ……。また不変なものの話?」
「まぁ、そんな感じ。凛月とそういう話しても長いと思うけど。」
「不変なもの好きですね。俺は寧ろ新しいものの方が目に入りますけど。」
「おれも、つい新しいものが目に入るな〜。間違い探しじゃないけど。」

刹那は凛月の隣に座り、凛月の反対側にはゆうた、その隣にひなた、なずな、奏汰と席に着く。やっとそこで凛月はトランプから顔を上げて声をかけてきた。さらにゆうたが話に加わり、なずなもその意見に賛同する。
「まぁ、目に入ることには入るんだけどね。」と返して、紅茶の準備を始めた。凛月が紅茶を淹れ、刹那がお菓子の準備をする。事前にゆうたには辛いものはないと一言添えて。
クッキーやマフィン、マドレーヌが並んだお皿を3段スタンドに乗せテーブルに出した。なずなとひなたは目をキラキラと輝かせ、まるで我慢する犬の様にちらちらと刹那を見る。それに苦笑いを浮かべ、もうすぐだからと凛月の持つティーポッドへ視線をずらす。
凛月はそんな彼らの行動をいつものことだと結論付け、蒸し終えた紅茶をティーカップに注いでいく。お菓子の甘い匂いにさらに紅茶の香りが混ざり何とも言えないいい香りが広がる。ポッドをテーブルの上に乗せ、凛月も席に着いた。
ようやくティータイムの始まりだ。
それぞれ紅茶に口をつけたりお菓子に手を伸ばしたりと楽しそうにしている。

刹那は先程奏汰と話したことを思い出して、これも輝きなんだろうなと思い至った。なにも生涯を通して輝いていなかろうと、こうしたほんの一コマが輝いていればいい。高望みしなくともこんなに身近に輝きがあるのだ。なぜそれを忘れていたのだろう。
思わず年かなと笑みが漏れると、隣の奏汰は噴水にいた時よりか幾分かしっかりとした顔つきの刹那にもう大丈夫だろうと安心した。
彼女らは長い記憶と余りある情報量でときに混乱するのだ。身近の物を見失いやすい。それをさり気なくフォローして元に戻す事を皆当然とやっている。
刹那は思考が落ち着いて、余裕が出てきたので自身の好物であるマドレーヌを手に取り半分に割った。それを紅茶につけ食べる。

「刹那はそれ好きだねぇ。何か記憶失ってる訳?」

傍から見れば奇異なその動きに凛月はつい、といった風に問いかける。凛月の声で初めて刹那の行動に目が行ったのか驚き、凝視した。

「いや、何も忘れてないはずなんだけど。癖かもしれない。」
「無意識に探してるの?」
「え?どうしたんですか?」
「ああ、これ。」

刹那は首を傾げ凛月の問いかけに答える。2人の会話のやりとりが理解できないのか、困惑した様子で質問したゆうた。
その仕草が可愛いなと感じながら、刹那は答えるように両手に持っていたマドレーヌを持ち上げる。

「『失われた時を求めて』マルセル・プルーストの小説なんだけどね。紅茶に浸したマドレーヌの味をきっかけに失った記憶を不意に思い出すっていう。」
「刹那は紅茶とマドレーヌがあれば一回はやるから、気になったんだよねぇ。」
「そういえば、そんなこうけいを見たようなきおくはありますが……。」
「日常化されてて見過ごしてたのかもな。」
「にしても、凛月さんもよく知ってましたね。俺そういうこと疎いからな〜。」
「アニキは本読まないから。エデンに大きな図書館あるんだから読めばいいのに。」

刹那は結局マドレーヌを紅茶に浸すことなく食べ終え、双子は試してみたようだ。「あ、おいしい」と二人で笑っていた。既に2杯目を飲んでいるなずなはそんな微笑ましい光景を嬉しそうに眺めている。
「”愛し子”達は可愛いなあ。」と刹那は漏らして凛月と笑いあった。2人から見れば他の4人は愛し子なのだ。自分たちよりも記憶の蓄えが少なく、まだどこか脆さのある。そんな愛し子たちがじゃれついてるのだ。可愛いと思わないはずがない。

「あ、ローズマリー。」

花の香りに誘われたのか、ゆうたがそう零す。刹那達はその声に彼の目線を辿りその先にあるものを見た。
匍匐性のローズマリーが吊り下げ式植木鉢に植えられて、薄青に色づいた花を咲かせている。
刹那は懐かしい気持ちになり、つい笑みをこぼした。

「ローズマリーか……。エデンの外で見るのは何時ぶりだろう。」
「俺達が注視してないだけだったのかもしれないけどねぇ……。ゆうは花詳しいの?」
「程々にですけどね。割とエデンの外でも見かけますけど、何か特別な思い出でもあるんですか?」
「特別も特別。あれは忘れられないね。」
「恥ずかしいことですかっ!?」
「ひなちん、それは違うだろ〜?あの二人の顔を見ろよ。緩んでるぞ。」
「……よほど『いいこと』だったのでしょうね〜。」
「……凛月、緩んでるって。」
「刹那じゃないの〜……?」
「何があったんですか!?気になります!」
「馴れ初めですか?」

ぐいぐいくるひなたと、意地悪な笑みを浮かべるゆうた。それをニマニマとした顔で見ているなずな。奏汰もじっと二人を見てる。
刹那と凛月は顔を合わせ、小さく息を吐いた。

「馴れ初めっていうか、まあ、プロポーズに近かったね。」
「そういう意を込めて言ったわけだし。」

そうして、話は随分と前に遡る。




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