2人の出会い自体は凛月が4回目刹那が2回目のことなのだが、その話は今はいいだろう。ローズマリーを特別な花として見るようになったのは凛月が8回目、刹那が6回目の時。
この時の二人の関係は言わば恋人。しかし綺麗なものではなく随分と歪んでしまっていた。彼らはたまにはとエデンの外にある植物園に足を運んだ。エデン内にも植物園はあるのだが、彼らにとっては別物なのだろう。
日が暮れ始めた橙に染まる空の下、手を繋いで歩く二人は絵になるほど美しい。
そうして、園内を見て回る中で1か所で足を止めた。立ち止まって見る程目立つ花がないような区画。彼の目に入ったのは吊り下げられた植木鉢に植わってるローズマリー。地面に向かってその身を伸ばしていた。
それに軽く触れながら繋いだままの手を辿り刹那の方を見る。

「ローズマリーは食用でもあるんだけどねぇ。俺は刹那みたいだと思うんだ。」

唐突にそう言われた。ローズマリーみたいとは果たして何なのか。刹那にとっては今にも残る疑問だろう。彼なりの比喩なのだと解釈しているが。

「だから俺は刹那を砂糖漬けにしてにしようかと思って。俺がいないと駄目になるくらいドロドロに甘やかして、永い時間を過ごしたい。」

確かにローズマリーは食用で肉や魚に使われる他、紅茶やお菓子に使うこともある。
それをあえて、砂糖漬け。甘いものが好きな彼らしいが、ローズマリーに喩えられているのは刹那だ。
決してローズマリーを砂糖漬けで食べたいなんて可愛い話じゃない。しかし思いもよらない凛月の言葉に刹那は顔を真っ赤にして彼から視線を外した。
この凛月の言葉が正常に聞こえる程、刹那の脳は融かされていたのだろう。刹那は凛月から外した目線をローズマリーに向け、嬉しそうに微笑んだ。

「……なぁに?顔真っ赤にして。ふふ、プロポーズってやつかなぁ。」
「んん、不意打ちだったから。……でも、凛月がドロドロに甘やかしてくれるなら私も凛月をドロドロに甘やかそうかな。その目に私しか映らないくらい夢中にさせて。」
「もう十分夢中なんだけどなぁ……。ローズマリーの花言葉は追憶、思い出、記憶、とかが主にあげられるんだけど、俺が好きなのはあなたは私を蘇らせる、変わらぬ愛、私を思って、とかの方。俺達みたいな”硝子”にはぴったりだよねえ。」

ローズマリーの花言葉は記憶関連が多い。”硝子”とは切っても切れない言葉だろう。凛月自身プロ―ポーズと言ったが、やはり世間一般ではそう捉えることは難しい。
”硝子”が皆歪んでいるのか、2人だけが歪んでいるのか。そこの所は分かりかねるが当の2人は歪んでいることを分かっていながらも変えることはできない。それが彼らの在り方で、納得している。

「それに、ローズマリーは地面を這うように伸びてく。絶対に離さないような執着とかも感じるね。」
「あぁ、確かに。どこまでも伸びてって絡めとって離さないみたいな。我ながらなかなかな選択をしたなぁ……。」
「なんだ、その辺りも織り込み済みかと思ったよ。」
「……ん〜。そこまで考えなかったけど、そう言われると選んだのがローズマリーでよかったかも。途中いくつか食用の花とか見たけどピンと来なかったんだよねぇ。」
「これが必然なのかな。それともそう思える偶然とか。個人的には必然であってほしいな。」
「刹那は『決定論』派?」
「いや、『部分的非決定論』派。基本的には全てが必然って考えるけど、別々の因果律で事が起こったならその接点は偶然だと思うから。
と言っても、私の場合は願望混じりが多いからね。確立した何かはないよ。」

ローズマリーの匍匐性に初めて目が行ったようで、しかし凛月は刹那に向ける感情とは相違ないだろうと感じた。砂糖漬けの話をした時点で離さないと言外に伝えたようなものだ。
無意識的にそれを選んだのはイメージが合致したからかもしれない。そう考えれば途中の花が目に留まらなかったのも頷ける。

「まぁ、別にいいか。凛月はそれを考えてたから難しい顔してたんだね。ちょっと眉間皺寄ってたよ。」
「え、皺寄ってたの〜……?やだなぁ、忘れてよ。」
「いや、皺寄るほど考えてたんだなぁと思ったら嬉しくて。不機嫌じゃなかったから考え事だろうとは思ったけど。」

凛月は刹那の指摘に再び眉を寄せそうになるのを抑えて脱力する。それでも嬉しそうな彼女を見れば別にいいかと、ローズマリーの植木鉢から離れて遊歩道に戻った。


・・・


「とまぁ、そんな感じ。」
「凛月さんも大概ですけど、刹那さんも刹那さんな気が……。」
「似た者同士というか、ローズマリーからそんな話に発展するのは普通ないですよ?」

プロポーズ話を聞き終え葵兄弟は相変わらずの常識外れな2人にそう言う。この人たちのイかれた感じは何時からだろうかと思案して、だいぶ長いし重症だろうと適当に結論付け考えるのを放棄した。
無理な話である。共依存という理解しがたい領域に頭まで浸かっている2人のそうじゃない頃など想像すらできない。この二人こそ奇人じゃなかろうか。3奇人に肩を並べるほどの相当な。

「ふたりのおかしさはどうしようもありませんよ。行くとこまで行くでしょう。」
「もう慣れ過ぎてこれが異常だと感知できなくなってきてるからな……。奏汰ちんの言う通り行くとこまで行くさ。むしろその果てを見てみたい気もする。」
「あぁ、たしかに。それはきになりますね。」
「やっぱり蓄えた記憶の差なのかな……?」
「まあ達観してる部分多いもんね、この人たちは。アニキも俺よりかは一回多いからその分大人じゃん。」
「蓄えもだけど慣れじゃないか?こいつらと一緒にいること多かったしな〜。」
「ちかくにいるから『だいがい』のことではおどろかなくなりますよ。」
「ねぇ、待って。確かに私たち相当可笑しいのは理解してるけど、そんなに?あと双子ちゃん。その可愛いままでいて欲しい。こいつらみたいに達観した人間にならないで。見本にしちゃダメ。」
「そうだよ〜双子ちゃんはそのままでいいからねぇ?達観した双子ちゃんとか見たくない。」

双子の先を行く2人も異常さを理解しているが、最早打つ手立てがないといった様子で諦めその先を楽しみにしている。
そんな反応についひなたが零した。繰り返した数だけ可笑しくなっていくのかと疑問に思う。ひなたもゆうたも彼ら以外の”硝子”との関わりは少ない。それなりの地位にも立っているし、このメンバーでのほうが気楽なのだ。関わりが少ないが故に彼らが他の”硝子”から見て異常なのかが理解できていなかった。
回数を重ねれば多少の達観はするものの、ここまではいかない。身近に可笑しな奴がいるからなのか、他の二人が元から可笑しいのか。その辺りは謎である。
仙人級に足を踏み入れた、かなり先まで行っている凛月と刹那。その後を追うように、もう仙人級のラインに足をかけている奏汰となずな。
あぁ、やっぱり仙人級に近付けばこんな感じになるんだな。凛月はやめてと言うがいずれこうなりたいとひなたは思考を落ち着けた。

「え〜?でも大人!って感じしますよ?うらやましいなぁ。」
「そこなの?やめてひなた。達観は大人の証じゃない。おじいちゃんの証だよ。」
「そしたら刹那ちんもおばあちゃんだな。」
「なずな!私別に達観してないよ!そんなこと言ったら私たち4人はもうじじばばだよ。」
「俺も〜……?まぁ、記憶量的に言えばそうだけどさぁ。心も体も若いよ?」
「仙人級近くまで行ったらじじばばになるんですか?ゆうたくん、俺たちも近いね。」
「ふたりの『じじばば』はきおくりょうだけですよ。ぼくも『たっかん』してる2人はみたくないですね〜。」
「そうですか?なんでそんなに嫌がるんだろう……?」
「『かわいげ』がなくなりますからね〜。いつまでもかわいくいてほしいんですよ。」

ゆうたとひなたに奏汰はそう告げてにっこりと笑う。刹那も「そうそう。可愛い”愛し子”だからね。大人になるのはいいけど、あんな可愛くない大人にならないでね。」と眉を下げながら緩々と手を振りなずなとの話に戻っていった。
凛月も満足気でなずなと刹那の言い合いに耳を傾けながら同じように手を振っている。双子はそれに振り返して「愛されてるね、俺たち」とお互い笑いあった。




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