お茶会を終えた後、家ではなく普段から過ごしているエデンに帰り夜を過ごした。なずなは相変わらず世話を焼きまわっているし、奏汰は大広場の噴水で水浴びしている。

大概仕事のない時の方が少ないなずなだが、仕事がなかったらなかったであっちこっち走り回っているのを知っているため些か心配だ。
エデン3柱の補佐官の1人”監視官”を務め、生まれ持った幻の力を覚醒させた強者。それを感じさせない雰囲気を引き連れている。

そして、このエデンに初めて来た人が驚くことと言えば穏やかなここと噴水に浸かってる奏汰。外部でも顔の知られる3柱の1人”騎士”が然も当然の様に水浴びをしている光景はさぞかし奇異に映るだろう。
まぁ、そのうち慣れて噴水にいる彼に普通に挨拶するようになるのだ。当の奏汰は挨拶されれば手を振り返しているが、ちゃっかりエデン内では着用必須のマントを外している。どういうつもりかは分からないが一応濡らさない為だと無理やり納得せざるを得ない。下に着てる簡易騎士装束はいいのかと思うも、水着とか着て威厳ないよりかはマシだろう。

その奏汰をいつも回収してくれるのは双子の彼ら。鏡を媒介としている亜空間を支えているのだ。一言で簡単に言い表せるが、その作業は想像を絶している。とりわけ双子はまだいい方だろう。呼吸の合わせにくい相手と結界を作り上げるのは難しい。エデン内外問わずどこにいても魔力を消費していくが、その割には戦闘に参加したがる。
時間が空けば噴水前で大道芸をしたりと結構アグレッシブなのだ。凛月曰く「若いから」と言うことらしい。

エデンの奥に建つ一際豪奢な建物の最上階から外を眺めていた刹那。共にいる時間が多いせいか、彼らの行動はつい目に留まってしまう。凛月は手ごろなソファーに寝転がりながらそんな刹那の横顔を眺めていた。

「刹那はここからの眺め好きだねぇ……。”愛し子”は楽しそう?」
「堪らなく好きだね。……ん。みんな楽しそうだよ。笑顔が輝いてる。」
「それならいいや。刹那も満足そうだし、俺も”愛し子”たちの笑ってる顔好きだから。最初のここに来た頃は誰も彼も沈んだ顔をしてる。絶望の方がしっくりくるかなぁ。」
「そうだね。エデンに辿り着いて泣き崩れるような子もいたし。急にこっち側に来るっていうのも不安なんだろうね。最初に感じる疎外感みたいなのは形容しがたいものだから。」
「いきなり命を狙われるとか前世の記憶があるとか持て余していた魔力を開花させるとか。戸惑いもあるのかもねぇ……。」

刹那は凛月と話しながら窓を離れようとしたところで、目に入った。大広場にほど近い森で蹲っている女の子。まだ年若い、幼いと言えるだろう。少女は膝に顔を埋めながら小さく肩を揺らしている。
あぁ、最近来た子かな。と不安と恐怖を前面に出してる子を見て思う。周りの”硝子”も声をかけようか悩んでいるようで、微妙な距離にいる。分かるのだろう。嘗ての自分もそうだったから、今の少女はいとも簡単に壊れしまうと。

刹那は手のひらに魔力を集める。木の力の応用で茎から形成されたアマドコロをと完成させ、窓を開けその少女の目の前に投げ落とす。少女は音に反応して顔を上げ目の前にある花を見て、さらに周囲を見回す。
その過程で玉座の間にいた刹那を見つけて立ち上がる。刹那は少女に軽く手を振り外からでは見えない室内に入っていった。凛月はそんな刹那を起き上がってじっと見つめ、ふっと息を吐く。

その間に会話などなかった筈なのに、何がしたいか伝わったようでお互い楽器のある方へ。玉座の間に設置されているグランドピアノに凛月は座り、近くのスタンドに立ててあったヴァイオリンを刹那は手に取る。
顔を見合わせ、これと言って曲を決めたわけでもないのに音を紡ぎだす。
美しいハーモニーがエデン全域に広がった。その音を聞いた”硝子”は動きを止めて玉座の間の方を向く。自身の右手を心臓にそっと添えながら。なずなはそれを見て同じように行動し、奏汰は水から出てそっと笑う。大道芸をしていたひなたとゆうたはその手を止めて屈託のない笑みを今演奏しているだろう彼女たちに向けた。
先ほどまで泣いていた少女も手に握られた花と音色に心落ち着いたのか、涙を浮かべながらもしっかりと玉座の間を見据えている。

曲が終わると喝采が巻き起った。2人は笑いあい、刹那はヴァイオリンを持ったまま先ほどの窓の方へ歩いてく。
花を投げたのと同じ場所に、しかし自身の足でしっかりと立っている少女を見て今度は向かい合いながら手を振った。凛月も追いついて窓を覗き、急に1曲弾こうとしたことが分かったのだろう。こちらをしっかり見て頭を下げている少女に同じように手を振った。

「これで大丈夫かな。」
「何を急にと思ったらそういうことねぇ…。まぁ、あの目なら大丈夫でしょ。ちゃんと前見えてた。明日からとは言わないけど、いずれ笑って過ごせるようになるよ。」
「だね。誰しも不安に思うんだから少しは手を差し伸べてあげたいし。私は言葉での激励って得意じゃないから。」
「決して口下手じゃないんだけどねえ。励ますのは言葉選びが難しいって言うし。」

刹那は窓に手をかけ乗り出しながら凛月と話す。少なくともあの少女これ以上の手助けは無用だと判断し、声をかけあぐねていた”硝子”たちもゆっくりと歩み寄り少しづつ話している姿を眺める。
たまにはらしいことも、と思ってやったが思いの外効果はあったらしい。
なんとか輪にも溶け込め、遊びに行くのだろう。丁重ながらもしっかりとした手に引かれ公園の方へ走っていく。
奏汰もそれを噴水の中から眺めていたようで、目が合うと手を振る。刹那は振り返そうとして、後ろの扉から聞こえた声と乱暴な開閉音に思わず振り向いた。

「見つけたー!」

息を切らしながら部屋に入ってくるひなた。少し遅れてゆうたも入ってきた。少しムッとした表情で、でも嬉しそうな。なかなか読みにくい顔をしている。

「演奏するなら俺たちも呼んでくださいよ!最近めっきり一緒にすること減ったから……。」
「ゆったりとした曲だって弾けるんですからね!テクノポップも好きだけど。」
「そうだねぇ……。さっきのは偶々だったんだけど。またやろうか。」
「2人とも、楽器の準備しておいで。合いそうなものを選んでくるんだよ。」

2人の演奏が聴けたことがうれしいものの、自身らも参加したかったようで大広場から走ってきたひなたとゆうた。双子は得意とする曲ではないが弾けるんだと胸を張り強く主張する。微笑ましいその姿に凛月はふわりと笑い、刹那が楽器の保管庫に行くように促す。
凛月と刹那の言葉にひなたとゆうたはぱぁっと顔を輝かせ、ドタバタと保管庫へ入って行った。
「一緒に演奏したいと思ってもらえるのは嬉しいね。」と後姿を眺め、先程覗いた窓とは少し離れたバルコニー付きの大きな窓を開ける。
ピアノの奏者が見えるように位置を変え準備していると、ひなたとゆうたはギターを抱えて戻ってきた。刹那は持っていた楽器を確認して椅子を用意しバルコニーに置く。

大広場の正面に面しているバルコニーは当然外からも見えるため、何か始めようとしているのが確認できた。なずなは奏汰がいる噴水の方に近寄り、靴と靴下を脱いでふちに座り込み足をつける。奏汰も同じように座り込んで玉座の間の方へ眼を向けた。
他の”硝子”もベンチに座ったり、芝生の上で寝転んだりと各々に始まるのを待っている。凛月はピアノの前に座り、ひなたとゆうたはバルコニーの椅子に腰を下ろし、刹那はその横に立つ。ピアノから始まった曲は心落ち着かせる優しい旋律。

刹那は眼下にいる”愛し子”たちの顔を見て「やっぱり、いいものだ。」と独り言ちた。




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