第17話 『おめかしパーティー』
今日は仕事が早く終わった。
それもそのはず、今日はホークザイル全体でのディナーパーティーなのだ。
男の正装は軍服なのに、女の正装はドレスって……何着たらいいの?!
どんなにクローゼットの中を見てもドレスなんか持っていない。
いっその事私も軍服で…
「……ダメだよね。」
きっと浮いちゃうよね。
それなら…
「こっそりと教会からパクって来たシスター服とか……」
浮く以前にパーティー会場に入れるか不安だ。
絶対ドレスコードに引っかかるわな。
今から買いに行くにしてもお店も終わっている時間帯だ。
しかたない。とベッドに横になった。
ディナーパーティー、楽しみだったけど…
「行かないでおこう。」
ドレスもないしね。
***
夢の中でカボチャの馬車を見た。
ガラスの靴ははいていないけど、どこかでみたことのあるドレスを着ている。
『…あれって……』
…お母さんのドレス。
小さい頃あのドレスを来たお母さんをお姫様だと思っていた。
自分も着たいと泣いてねだったドレス。
『もう少し大人になったらね。』と微笑むお母さん。
「もう、大人になったかな?」
私は目が覚めて、小さく呟いた。
***
あまり歩きなれない高いヒールをならしながら、ブラックホークの皆が集まっているところへとつま先を向ける。
カツラギ大佐とヒュウガとコナツは楽しそうに話していて、ハルセさんはクロユリが食べたいと指をさしている料理を取り分けていた。
アヤナミさんは一人優雅に赤ワインを飲んでいる。
「お待たせ。」
黒い髪を揺らしてみんなの前で立ち止まる。
私の姿をみてコナツの口が開いた。
「名前、さん??」
「名前でっす☆」
「あだ名たん色っぽーい!!」
ヒュウガが抱きついてきそうだったので、ハンドバックで腹に一発入れてやった。
「お褒めに預かり光栄です。でも抱きつかないでね。」
せっかくお化粧だってしてるんだ。
早々にお化粧直しには行きたくない。
だってまだ料理食べてないしね!
「名前さん、お綺麗ですよ。」
「ありがとーハルセさん。」
「女性というものは我々男が気づかない間に綺麗になっていくものなのですね。」
もちろんです、カツラギ大佐!
女の成長は早いのですよ!
「遅い。何をしていた。」
あれ?
みんな褒めてくれているのに、お褒めの言葉の一つも無いアヤナミさん。
…ちぇっ。
「寝てました。」
…
「はっ!!ここでムチはダメですよ!」
こんなパーティー会場でムチを振り回されるだなんてとんだ恥だ。
「本当は来ないつもりだったんですけど…ドレスもなかったし…」
「え?じゃぁ今あだ名たんが着てるのは?」
「さっき一度元の世界に戻ったの。これお母さんのなんだ〜。」
「だから大人っぽいんだねぇ〜。」
黒を基調としているこのドレス。
体のラインは出るし、胸元も開いてるし、かなり大人っぽい。
19歳の私にはまだ早かっただろうか。
「…似合っている。」
へぁっ?!
あ、あ、あ、あ、あ、あ、あアヤナミさんが…
褒めてくれたぁ!!
「あ、ああありがとうございま…」
「馬子にも衣装だね☆」
…ちょっと黙ってろボケグラサン。
人が幸せの余韻に浸っているときになんてことを言うんだ。
「名前〜。なんか食べる?」
そうだ!
お腹が空いた!!
「食べる!」
クロユリに手を引かれて私は料理を食べに行った。
***
どれもこれもおいしいものばかりだった。
食べてる途中でクロユリは眠たいと、ハルセと自室に戻って行ったので今は一人。
ヒュウガたちと別れて料理に走ったのが悪かったのか、みんなが見つからない。
もしかしたらもう自室へ帰ってしまったのかもしれない…
私も帰ろうかと思った直後、横にいた低階級のヤツの話し声が聞こえてきた。
「ブラックホークはもう終わりだな。あのアヤナミが参謀では帝国の面汚しだ。若造のくせして小賢しい…」
こんなヤツをいちいち相手にしていてはこちらの身が持たない。
そんなのは知っているが、こうも直接聞いてしまっては黙っていられないのが私だ。
「若くて〜優秀で〜スタイルよくて〜、その上顔もいいから言うことなしだよね〜。…ひがむのは止めた方がいいとオモイマスヨ?みっともないカラ♪」
嫌味ったらしくウインクつきで言葉を投げて、図星をさされたのか、男は顔を真っ赤にして激昂した。
「誰だお前!」
「あーノド渇いちゃった。飲み物貰いに行こっと♪♪」
男を無視して飲み物を貰いに行く。
男は何を思ったのかそれ以上追いかけてはこなかった。
大事にならなくてよかったと今さらちょこっと反省。
やだやだ。
人の悪口ほどみっともないものはない。
私は給仕人が『いかがですか?』と勧めてきた飲み物を見つめた。
「…」
未成年の私にはまだ早いもの。
でもだからこそ魅力的なもの。
それに今はイライラしているし…
「ありがとうございます。」
私は何事もない顔でそれを受け取った。
細長いぐらいに注がれているシュワシュワと音がする炭酸。
俗に言う、『シャンパン』だ。
言わずと知れているお酒。
人生初☆名前ちゃん飲みます!!
私はグラスに口をつけた。
***
「あ、おにーさん、それお酒?」
「はい。スコッチですが…飲まれますか?」
「うん!」
受け取ったそれを迷いなく口に含む。
顔は赤くないものの、足下が覚束ない。
呂律だってしっかり回っているのだから、そんなに酔っていないはずだ。
「……名前。」
後ろからアヤナミさんの声がして、私は振り向いた。
「アヤナミさんだぁっ♪見当たらないからお部屋に帰っちゃったのかと思いましたよ〜。」
「…何を飲んでいる。」
「えーと、なんだっけ…ス…スコ…あれ?あははもう忘れちゃった☆」
少しテンションが高い私を見て、アヤナミさんは海よりも深いため息をついた。
「風に当たりに行け。」
「なんで〜?」
「少しは酔いも冷めるだろう。」
「酔ってなんかないもん!でも〜アヤナミさんが一緒なら行ってもいいよ?」
アヤナミさんの持つ赤ワインが少し揺れた。
「行く?」
「…飲みすぎだ。」
アヤナミさんはフラフラの私の腰に手を回し、バルコニーへ連れて行った。
そこには誰もいなくて、夜風が火照った体を冷やすにはちょうど良い場所だ。
「私の記憶によるとお前はまだ未成年だったはずだが。」
「誘惑に弱いもので。あー風気持ちー。」
夜空を見上げながら深く深呼吸をする。
「お酒って初めて飲んだけど、おいしいんだね。」
「未成年のセリフではないな。」
「でももうすぐ誕生日だもん。」
「だが今は未成年だ。」
融通がきかないなぁ〜
いくら若くて優秀でスタイルよくて顔が良くても頭が固いのはなぁ〜…
でも好きだけど。
「じゃぁ今日だけね。明日からは20歳になるまで飲みません!だから、その赤ワイン一口ちょーだい♪」
アヤナミさんの飲みかけを指差した。
「飲みたいのなら新しいのを持ってこさせよう。」
「ううん。それでいいの。」
むしろ、それがいいの。
「ダメ?」
「…あまり飲みすぎるな。」
そういいながらも差し出してくれる。
私はそれを受け取りながら、小さく微笑んだ。
「ありがとう。」
「…せっかくめかし込んでいるというのに、そんなに酒の香りをさせては寄って来る男も寄ってこないぞ。」
「え〜いいよ〜寄って来なくて。」
貴方さえ側にいてくれれば、ね。
クルクルとワイングラスを回し、私は一口口に含んだ。
「ぅ゛……渋い……」
「まだまだ子供だな。」
そういってアヤナミさんは私の肩に上着をかけた。
「夜風は冷える。もうそろそろ自室へ戻れ。」
「…はぁい。」
軍服の上着を借りるのはこれで二度目。
何度着ても慣れることのないこれは、あんなにイライラしていた心まで優しくするほど温かかった。
- 17 -
back next
index