08




グ…キュルルル、キュルキュル…


はぁ…。
お、お腹減った…。





カツラギさんに文字を教えてもらい、休憩中の私は一人離れたところでソファにうな垂れていた。

カツラギさんは自分の仕事もしながら私の勉強も見てくれて、感謝感激だ。
器用で頭がよくてお菓子作りも上手で、羨ましい限りだ。


しかし、勉強をしていくにつれて私のお腹は限界を迎えていた。
この世界に来て口にしたものといえばカステラだけだ。

そろそろお昼という時間帯。
もう少ししたらお昼だ、そうしたらさすがに『お腹空きました』って言おう、うん、そうしよう。と考えているものの、時間が遅く感じる。

一分一秒、長くないデスか??
何かフラフラしてきた…。

この世界にまだ慣れずに精神的に参っているような気さえするのに、横でアヤナミさんが眠っているから緊張して、なかなか眠れなかったせいで眠たいし…。

基本しっかりと睡眠が必要な私にはあの睡眠時間は厳しい。
その上体力をつける食事は全く取っていない。

……殺される…。
きっと私飢え殺されるんだ。

『ふはははは!悶え苦しめ!!』とかアヤナミさん内心思ってるんだ。
なんて恐ろしい!!

そんなアヤナミさんは参謀長官室にお篭りさんだ。
篭ったまま出てこない。

あの人…食事取らないでどうやって生きてるんだろう。


あ、あれか。
そうか、きっとあれだ。

人の生気もしくは生き血を啜って生きてるんだ。
絶対そうだ。
何か似合うもん。


私はそっと瞳を閉じた。


親子丼…甘い卵焼き…グラタン…スパゲティ…

瞼の裏に浮かぶのは好物の食べ物たち。

ここまで追い詰められたら嫌いな食べ物でさえも美味しくいただけそうな気がする。

ホント…私死ぬんじゃないかな。
このままこのソファの上で飢え死にとか笑えないんですけど。

住居を提供してくれたのは嬉しいけれど、できれば食事の提供もして欲しいです。

掃除洗濯頑張るから、こうなりゃ誰が別の人の部屋に住まわせてもらおう。


「ヒュウガさん…私を養って下さい。」

「…何、急に。」


始めてみる真面目な顔を書類から上げたヒュウガは、首を傾げてみせた。

執務室の皆も顔を上げて、ソファにうな垂れている私に視線を向ける。
アヤナミさんの執務室はこのお隣なので聞こえていないようだ。


「私の体と心の安定のために…。」


アヤナミさんが側にいるというだけで怖くて眠れないし、アヤナミさんがご飯食べないからお腹空いたと言い難いし。

何より怖いし怖いし怖いし。


「それにあの人裸で寝るんですよ?!?!」


しかも慣れろとか言われてみてくださいよ!!
慣れるわけないじゃないですか!


「あだ名たんも一緒に裸で寝ればいいじゃん♪」

「怒りますよ、本気で。」

「冗談冗談♪ん〜でもオレの部屋はダメ。」

「何でですか??」


そりゃ人一人養うのって大変でお金も要りますけど…


「だって女の子連れ込めないでしょ♪あ、それともあだ名たんが毎晩相手してくれるの??」

「無理言ってスミマセンデシタ!」


そんなエッチなことされるんだったら、まだ裸で寝られるほうがマシだ。
アヤナミさんは触れてこないんだから全然マシ。
その件に関しては、ね。

ヒュウガの部屋なら気兼ねなく過ごせると思ったんだけれどな…。


「コナツさんとか…どうですか??」

「ごめんなさい、毎日少佐のせいで残業が多いので人の面倒まで見れないんです。」


そうですよね…。


「……そうだ、カツラギさん!」

「私は構わないんですが…、アヤナミ様に拾われたので、きっと面倒は自分が見ると仰ると思いますよ。」

「そうでしょうか…。」

「えぇ。拾ってから名前さんの目が覚めるまで側にいらっしゃったのもアヤナミ様ですから。」


確かに…そういえば、そうだったかもしれない。


一番最初に目を覚ました時、アヤナミさんが側にいた。
二回目に目を覚ましたときはヒュウガさんだったけれど、すぐにアヤナミさんも来てくれていたっけ。


でも、でもですね。
寿命は縮んでいっている気がするし、肝は冷えっぱなしですよ。

いつ機嫌を損ねて殺されるか…
どんな殺され方するのか…

あぁぁあぁぁ、想像するだけで恐ろしい!!


「いいの??今更アヤナミ様に『別の人の部屋が良いって』言えるの??」

「…う゛……」


クロユリくんの言うとおりだ…。


もしそんなこと言ったら『おいおい、オレの部屋が不満なのか??一回地獄に落ちてみるか??拷問部屋にすっか?』とか、とか、とかぁあぁぁぁ!!
いやぁあぁぁー!
それだけは絶対に避けねば!!
避けねばならぬー!!


私は興奮のあまり思い切り立ち上がった。


「あ、あら…ら、ら??」


目の前がクラリと揺れ、私はその場に倒れた。

何だか体も瞼も重いし、お腹減りすぎて力もでない。
皆が慌ててこちらに来ているのを最後に、私は瞳を閉じた。









「起きたか。」


目覚めると白い部屋だった。
アヤナミさんのベッドより全然固くて寝心地の悪いそれは医薬品の匂いがする。
いや、この部屋中にするのか。

私がもぞもぞと動けば、横からアヤナミさんの声がした。

ビクリと肩を揺らしてそちらを見れば、ちょうどアヤナミさんが本を閉じているところだった。


「ヒュウガ達は先程まで居たんだが、病室であまりにもうるさかったから帰した。」


病室…。
あぁ、そういえば倒れたんだっけ、私。


「寝不足と貧血、それに過労と心労だそうだ。」


何だか寝たらさらにお腹が減った。
ある意味元気な証拠かな。


「気分はどうだ。」

「平気、です。」

「…気付いてやれなくて悪かった。」


目を合わせるのさえ怖くて、私はずっと下を向いてばかりだったけれど、この時ばかりはアヤナミさんの瞳を見た。

紫の双眸と私の瞳がかち合う。
吸い込まれそうな程綺麗なその瞳は、あの時の光景を思い浮かばせた。

人を殺す時も、私に謝る時も、揺れ動くことなく真っ直ぐに何かを見据えるそれはまったく同じ瞳。
感情を感じさせない冷たい瞳。

でも、確かにアヤナミさんは私に謝ったのだ。

悪かったと。


「いえ…何も言わなかった私も悪くて……また迷惑をかけてしまってごめんなさい。」


瞼を伏せて謝る私を、アヤナミさんは一体どんな瞳で見ているのだろうか。

とても気になったけれど、もう一度瞳を見る勇気はなくて、私は瞼を伏せたままアヤナミさんの次の言葉を待った。


「……粥を用意させている。動けるようになったのなら食べるといい。」


胃をびっくりさせないようにと気を使ってくれたのだろうか。
確かに今は油物は辛い。


アヤナミさんは私の謝罪に対して何も言わず、そのまま立ち上がると病室を出て行った。


アヤナミさんは責めもせず、殺しもしなかった。

声色はどこか温かみと優しさを感じたけれど、それはきっと私の気のせいだと首を振って、看護師さんが持ってきてくれたお粥を掬って食べた。

ただのお粥のはずなのに、死ぬほど美味しかった。

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