君と、夢




有刺鉄線の中にいた。


目の前は芝生の生えた崖で、
その先には海が広がっている。

港が無さそうなので、
どうやってこの土地に来れるのか、
どうやってこの土地から出るのかわからない。



ここはどこだろう……。



後ろを振り返ると、
有刺鉄線の中には白い建物があり、
さっきから1人の男がギャーギャー騒いでる。


「テメェここ全然綺麗になってねーじゃねーか!しっかり這いつくばって掃除しろヴァーカ!」


ピンクの髪にワガママさが伝わってくる口調。

遠くてあんまりよく見えないけど、
物凄くうちのバカ上司に凄く似ている…。


「CP5主管であるスパンダム様のお通りだぞ!?オラ、オメェラ敬えー!!」


訂正。似ているんじゃない。あれは確実にうちの会社のバカ上司だ。

我が物顔で、白い施設のまわりを闊歩している上司のスパンダムに、お前のせいで私は華金なのに残業して雨の中帰ったんだぞバカヤロウとか言ってやりたくなった。

だが、心なしか、私の知ってるアラフォーバカ上司よりも一回りくらい年が若いように見えた。気のせいだろうか?

そう思ってるうちに、スパンダムは施設の中に入ってしまった。


ふと、周りを見渡すと、
何人か小さい人がいるのがわかる。



子供だ。




子供がそこら中で掃除をしていた。

ここは学校か何かかな?

気づけば結構な日差しと気温である。
こんな炎天下の中で、草むしりやら何やら子供たちを掃除させるなんてちょっと可哀想である。倒れることか出てきそう。



「おねーさん、何やってるんじゃ?」


幼い誰かに声をかけられた。

振り返ると、オレンジの髪で、
四角い鼻をした不思議な子供である。


「何してるんじゃ?迷子なのか?」


知らない子……。



「あー……そうね。私迷子なの。スパンダムさんにお会いしたいんだけど、どうすればいいのかな?…」


「こんな孤島で迷子なのか?さてはおねーさん、相当な方向音痴じゃな!」


孤島?
そうだ、昨日拾ったルッチ君から聞いたんだ。
ああ、なるほど。
私は今、夢の中にいるのね。



「スパンダムは地下室じゃ!案内してやろう!」


「ああ、ありがと」


「いいんじゃ!掃除をサボれるからのう!」


これは夢の中で、だからバカスパンダムとか孤島とか、今日の内容が夢に出てきてるんだ。


こっちこっち!と手を引かれて白い施設に近づいていく。
随分と懐っこい子だなあ。頑固で不貞腐れるルッチ君とは大違いだ。



施設の中は、コンクリートが打ちっ放しになっていて、なんだか冷たかった。


ここが食堂で、ここが寝室で、と少年はガイドしてくれる。
たまに大人もいたが、みんな黒いスーツを着てしかめっ面をしていた。
子供達も、どことなく節目がちである。



「カク君だっけ?おねーさんさ、スパンダムさんのいるところに行きたいんだけどなあ〜」


「次じゃ、次で終わりじゃ!」


ようやく地下室の入り口と思われる階段の前に立つ。

今まで案内してもらったとこも、それほど明るくはなかったが、ここはなんだろう。陽も一切当たらず、なんだか嫌な雰囲気もする。



「ここじゃ!降りるぞ!」


「え、ここ?なんか怖いなー」


「おねーさんビビリじゃのう!」




階段を下り扉を開けると、
石畳の薄暗い廊下が続いていく。



怖すぎる。




「ねえ…まだ?まだ着かないの?」


「まだじゃ」



右に、左に、また右に…

分かれ道をカク君に手を引かれて、グングン進んでいく。多分もう1人じゃ戻れない。


すると薄暗い奥に、開けっ放しの扉が見えてきた。



耳を澄ますと、何かが聞こえてくる。



近づくにつれ、その音は大きくなり、
動物の鳴き声?うなり声?のようである。


「ここじゃ」


正直気味が悪くてはいりたくなかったが、
カク君に背中を押されて押し込まれる。

いやこの子案外力強い、全然抵抗できない。






すると一枚のガラスが目に入った。

どうやらガラス越しに部屋がもう1つあるらしい。
動物のうなり声はその中から聞こえてきた。

部屋の中に押されて入ると、
スパンダムと誰かが立っており、ガラス越しに部屋を見ながら話している。



「…親父、こいつがその特別候補生か?」


「そうだ。今いる訓練生の中でも一番優秀なやつだぞ。将来のお前の部下だ」


「ほーん」


どうやらスパンダムは父親?と思われる男性と話しているらしい。

訓練生……どこかで聞いたワードだ。



「随分と生意気そうな顔してるな、何歳だ?」


「これで11だ。500道力ある」


「ハッ!11歳で500道力?バケモンだな!」



2人はこちらに気づいていない。



「おそらく史上最年少でのCP9になるぞ」


「六式は使えんのか?」


「それが500道力はあるのに、まだ不完全なのだ。六式さえ完全に習得すればなあ…」


「フン…俺が親父から長官の座を引き継ぐ頃までには使いもんになるようにしてくれりゃそれでいい」



そう言うと、スパンダムの父親と呼ばれる人物は、手元にあったスイッチのようなものを押しながらガラスに喋り出した。


『…よし、そこまでだ。一旦休ませろ。ロブ・ルッチの訓練は3分後にまた始める』



ロブ・ルッチ!?



私はガラス面に駆け寄る。

するとなんてことだろう。

何人もの黒いスーツの大人に囲まれながら、
傷だらけの状態でうずくまっている彼がいた。

そう、動物のようなうなり声を上げていたのはルッチ君であったのだ。



「ルッチ君!!」



全く反応くれない。



「ルッチ君!!!聞こえる?!ねえ大丈夫!?!」



「誰だおオメェ。向こうの声は聞こえても、こっちの声は聞こえねえ。姿も見えねえぞ?」


スパンダムに言われ、無性に腹が立ったので
拳でガラスを殴ってみる。ビクともしない。


「そんなバカみたいに暴れても無駄だ!このガラスは特注の強化ガラス!大砲が飛んできても砕けねえよ!」



ガハハハハ!と気味悪く笑っている。


このバカ上司!夢の中でもムカつく!
思いっきり殴っても、
体当たりしても、
ルッチ君はこちらの存在に
気づいてすらくれないようだ。


「なんなの!?あんたら子供1人相手に何やってんの?!」


「おい、俺たちがこいつをいじめてるみたいに言うんじゃねえ。これは訓練だぞ?」



「訓練…?」



「そうだ、”六式”の訓練だ!」



ろくしき……

そうだ。
ルッチ君が言っていた。


『再開だ。起こせ』


スパンダムが手元のボタンを押しながら喋る。

うずくまって起きないルッチ君を見て、
男の1人が水の入ったバケツを思いっきりかける。


「ちょっと!!なにやってんの!!!これ虐待よ!?」


「ちげぇ、これは訓練だ」


ガラスの向こうに声が届くのは、
この男が持っているあのボタンだけだ。

その瞬間、
どうしようもなく腹が立って
体が勝手に動いてしまった。


『ちょっとコレ貸して!!…ルッチ君!ルッチ君君、大丈夫!?聞こえる!?』


スパンダムの持っているボタンを押して、
ガラス越しに、
倒れる彼に叫んだ。



「おい、テメェ!ふざけん…


『ッ死ぬな!生きろ!』



ルッチ君の体がピクリと反応する。



『どんなに辛くても、…絶対に死ぬなッ!』


『イダ!イダダダダ!ひっぱんじゃねぇ!』


『ッ私が!!君を助けに行くから!!』


ルッチ君の頭がゆっくりと上がる。


『だからッ!それまでッ!…』


死んだら許さないッ!


そう言いかけたところで、
先ほどまでガラスの中にいた男たち何人かが、
こちらの部屋に来て私を取り押さえてきた。



『つまみダセェ!』


『スパンダ死ね!!』


『スパンダじゃないよスパンダムだよ!口悪ぃなオイ!!いい加減ボタン離せ!!』


『ルッチ君ッ!だから、生きて…*っ!


『独房だ!!独房に入れろ!!』





ああ。


視界が暗くなる。


夢の中なのに、
床に押さえつけられた顎が、
殴られた後頭部が痛い。




ーーーーーーーーー目眩がする。




「死ぬな?生きろ?当たり前だ、死んだらコイツの価値はそこまでまだ」


遠くなる意識の中で、
スパンダムが恨めしくも口を開く。



「六式を習得して、正義のために闇に生きる。それがコイツの生き方だ。」




ーーーーーーーーー目眩がする。




全部夢なのに。

リアルな夢なのに。




ーーーーーーーーーーーーーー目眩がする。


























この流刑地には言い伝えがあった。

地下室に行くと女の幽霊が出るらしい。

昔、無実の罪で独房に入れられた女が、
突然を姿を消したことがある。

囚人の脱獄ということで、
当時大きな騒ぎになった。

有刺鉄線の貼られる敷地内、
敷地の外は崖になっており、
孤島のため逃げ場はない。

看守たちがどんなに女の姿を探しても、
決して見つかることはなかった。

きっと女は入水したのだろう。



それから何年か経ち、
この収容所が閉鎖され、
政府の極秘基地となった後、
幽霊が出るとの噂がたった。

地下室に行くと女の声が聞こえる、と。
死ぬな、生きろ、と。



ああ、今夜も伝説の雨に打たれて眠りたい


補欠選手!