■ ■ ■

  
真白は目の前の光景に思わず目を見開いた。

「これが……ブラック本丸…」

ぽつり呟いた言葉も、この空気に飲み込まれてついには鈍く消える。まるで、ここだけ世界から切り離されたみたいだ。呆然としながらそんなことを考えた。


◇◆◇



本丸に行く前に一度、政府の方から説明を受けるためにとある施設に寄ることになった。案内された和室のようなところで巫女さんが着るような和服?着物?みたいな服を着せられる。どういう着方なのかを見たり、着る手順を見たりしながらされるがままに着せられた。

その後は、部屋を面談室に似たところへと移動して本丸の大まかな説明を受ける。本当の名前を刀剣達の前で名乗らないことから始まり、普段からしていく業務の話になる。しかし、私が行くブラック本丸というところは普通じゃないらしい。それについての説明も簡単に一緒に受ける。いわゆる引き継ぎという形になることや、今までそこを訪れた審神者についての話。ほとんどが「行方不明」らしい。それってまさかと内心思いながら聞く。1時間もしない説明はどこか大雑把なように思えた。説明をしてくれるその人の目もどこか憐れみがある。これだけの人数が「行方不明」って本当にやばいところじゃんと改めて思った。この人がそういう目で私を見る理由も分かる。しかし、お偉いさんからの推薦だ。誰が何と言おうと覆ることはないだろう。そして彼らにとって私はきっとこの本丸に適任なのだ。生きてるのか死んでるのかも分からない父親。いつ目を覚ますか分からない、もしかしたらもう目を覚まさないかもしれない母親。滅多に顔を合わさない保護者に、私に関心のない仮初の家族。それもそうかと冷めた心が呟く。それを感じとりながら続く説明を聞く。

どうやら本丸から審神者が居なくなるとまずいらしい。つまり、繋ぎ止めるには審神者が必要なのだ。それを聞きながら、自分は次の審神者のための中継なんだということに気づくが、それはすぐに心の中にしまい込んだ。

「審神者名どうしますか?」
「……そうですね」
「こちらにある候補から選びますか?」
「はい」

審神者名。本当の名前を神様に知られないためにつける名前。黒宮さんに考えておいてください。とは言われたが、正直何も思いつかなかった。それを見兼ねたのか、審神者名の候補が載った一覧を見せてくれる。そのひとつを指さした。

私の審神者名は星火になった。


「あとは、給料について説明しますね」
「は、はい」
「こちらの金額が1ヶ月分ですね」
「……え」

そこに書かれていた金額に目を見開いた。思わず声も出た。見間違いじゃないかと数度その桁を数え直す。合ってる。この金額で1か月分なの。マジですかお姉さん…と思わず書類を見せながら説明してくれているお姉さんを二度見する。が、お姉さんはそんなことには構うことなく説明を続ける。これは絶対に使いきれない。というか使う予定がない。そんなことを考えているうちに説明は次へと移った。それは2回目のブラック本丸についての説明だ。先程聞いたことにつけ加えて、色々な話を聞く。

ブラック本丸のうちは、出陣や遠征、演練、内番はしなくて良いらしい。というか、多分できる状態ではないらしい。そんな説明を聞けば聞くほど嫌な予感しかしない。運が悪ければ死ぬか行方不明。それを聞いて思わず顔が引き攣る。そんなところに私みたいな子どもを行かせようとしているのか、と思わず考えてしまった。いや、子どもだからこそなのかもしれないが。


「説明はこれで終わりです。外に黒宮さんが待ってます。どうか頑張ってください」
「はい、ありがとうございました」
「……」

あの説明を聞いてどうしてそんな顔ができるのか、お姉さんは笑ってお礼を言う私を見てきっとそう思ったに違いない。顔を強ばらせた彼女は扉の方に歩いていく。その後ろをついていく。彼女が声を掛ければ、黒宮さんが部屋の扉を開けてくれた。


「じゃあ行きましょうか…伊村さん…いえ、審神者名は星火さんか」
「はい」

彼女から紙を受け取り、それを見てそう言い直した黒宮さんの顔はとても悲しそうだった。きっとこの人は私に審神者を勧めてしまっことを後悔しているのだろう。そんなことを考えながら歩いていく彼についていく。

あぁ、ついにこのときが来てしまった。

色々な検査を受けながら一つ一つ扉を通り抜けていく。その後、一際厳重そうな扉を抜ければ何やら大きな機械が中央に置いてあった。

その機械に複雑な英数字を入力する黒宮さんを見る。これが私が今から行くブラック本丸のIDらしい。入力を終えれば部屋に光が満ちた。そして次の瞬間、目の前に扉のようなものが出てきた。

その光景にびっくりして思わずポカンとしつつ数秒固まってしまった。なんてハイテクな。SF映画とかで見るようなそれに瞬きをする。呆然としていれば声をかけられた。そして、その扉に入っていく黒宮を追いかけ自分も扉の中へと入った。、


「……っ」

ブワッと何かが体を通り過ぎるような感覚。背中に冷たい汗が伝う。肌にピリピリとした空気が突き刺さったような気がした。

「これが…ブラック本丸…」

いやいやいや!なんか想像していたよりもこれはヤバそうだぞ。名前の通り黒いオーラ?みたいなのに包まれてるし。まさか見た目からいかにも「ブラック本丸です」という雰囲気を纏っているとは思わず心の中で荒ぶる。大きなそのお城はお化け屋敷なんて比じゃない。少し近づけば開いていた門から中が見えた。

枯れた大きな木に荒れはてた畑、茶色く濁った池に汚れた廊下。そして、それらを包み込む黒い空気。わあ、空まで黒い…。

全体を見回して泣きそうになった。ナニコレ…。夢ですか?驚きのあまり声が出ない。

「俺が案内できるのもここまでです」

と、隣に立っていた黒宮さんが口を開く。その言葉を聞いて、はいと応えて頷く。

「それでは…お気を付けて…」

心配そうに何回も振り返る黒宮さん。そんな彼に小さく手を振れば目を細めたのが見えた。そした黒宮さんは通ってきた扉の中へ入っていった。


「……さてと、取り合えず門の中に入らないと…」

一人になってしまった。心細いためか独り言が沢山出てくる。そうやって気を紛らわせながらゆっくり足を進める。

そして門の中に足を踏み入れた途端、

ヒュンッ__

「っ、…うわっ!!」

何が凄い早さですぐ横を通っていった。いきなりのことに思わず変な声が出る。が、今はそれを気にしている場合ではないようだ。

「立ち去れ、人間よ」
「今度は人間の子供…。政府も何を考えているのやら…」

「……!」

いつの間にか二人の男が目の前に立っていた。多分彼らが刀剣男士だ。
二人とも綺麗な顔をしているが服は汚れているし、少し怪我をしていた。そのうち紺色のお兄さん(と呼ばせてもらおう)の刀は鞘しかない。

あれ?もしかして…今のって…。嫌な汗が頬を伝う。
ギギ…とロボットのようなぎこちない動きで斜め後ろにある門の柱を見る。

「……ひえっ」

鉛色の何かが深々と柱に突き刺さっている。いや、何かというより刀だ……、本物の。もし、この刀が自分に当たっていたら、なんて考えたくもない。再び彼らに視線を戻す。

「アハハ…これヤバイよね…」

そう彼らを見据えて呟いた声はひどく枯れていた。

(もしかして、今日が命日ですか!?)
世界が君を置き去りにする
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