それが大切なら要らないよ

____大切なものほど守りたい。


だなんて、そんな心理は僕には……いや、おれには全くと云っていい程なかった。
寧ろどちらかと云えば、大切なものほどメチャクチャに壊して、そして誰にも渡さないようにしたかった。


だから、だから___、


「己は殺したんだ」


でもさ、それじゃあ一人にさせてしまうし、取り残された所で己には何もないのだ。だから己も一緒に逝こうと思った。
ただそれだけだった。

ただそれだけが、己の唯一の望みであり、己が幸福になれるものでもあった。


「あーあ、お腹空いたなあ」

いつかのようないい子ちゃん口調でぽつりと呟いた。そして腹に手をあてる。それでこれが満たされることなど無いとは知ってはいるが、ついついそんなことをしてしまうのだ。
相変わらず何時になっても聞き分けのない空腹感を引き摺りながら今日も己はあの感覚を思い出してゆっくりと笑って目を閉じる。


◇◆◇




「___犯人は君だ」


そう乱歩さんに指し示されたのは杉本巡査だった。乱歩さんの言葉に空気が一瞬だけ研ぎ澄まされたように静かになる。殆どの人が「えっ」と驚いたまま固まっていて、その言葉をゆっくりと飲み込み更に困惑した表情を浮かべて杉本巡査と乱歩さんを交互に見やったり、呆然と見詰めたりしていた。


杉本巡査が犯人?彼が?彼がどうして彼女を……?そんな訳が…。そんな思いがその場にいたものの頭に過ぎる。
だって彼は殺された山際さんの部下だったはずだ。それに警官でもある。僕も突然の事態に驚きながらもそんなことを思う。
いや、でも乱歩さんは彼が犯人だと確かに思っているらしい。一体何処からそう読み取ったのか、先程までのことを振り返りながら考える。…しかし、全くと云っていい程検討もつかなかった。


「くっ、はははは!!おいおい、貴様の力とは笑いを取る能力か?杉本巡査は警官で私の部下だぞ!」
「杉本巡査が彼女を殺した」


箕浦さんも全く信じていないらしい。しかし、乱歩さんも意見は変えない。その態度が気に食わないのか箕浦さんはキッと乱歩さんを睨みつける。


「莫迦を云え!大体こんな近くに都合よく犯人が居るなど…!」
「犯人だからこそ捜査現場に居たがる。それに云わなかったっけ?『どこに証拠があるかも判る』って」
「……証拠?」


箕浦さんは乱歩さんの推理を全面否定だ。しかし、それに構うことなく乱歩さんは杉本巡査が犯人だと云う。それに証拠だって掴んでいるとも。それを淡々とした声音で云うのだから疑う側も何も云えなくなってしまう。


「拳銃貸して」
「ば、莫迦云わないで下さい!一般人に官給の拳銃を渡したりしたら減俸じゃ済みませんよ!」

徐に乱歩さんは口を開く。そして杉本巡査をしっかりと捉えて、拳銃を手渡すように云う。


「その通りだ、何を言い出すかと思えば…。探偵って奴は口先だけの阿呆なのか?」
「その銃を調べて何も出なければ、僕は口先だけの阿呆ってことになる」


余裕そうな笑みを見せながら乱歩さんは言葉を並べていく。そんな中で僕はそっと杉本巡査の表情を盗み見る。

「……?」

その顔は何かを思い詰めたような顔をしていた。自分がしていないと云う割にはその表情は不釣り合いだ。次に隣の太宰さんを見遣れば彼も乱歩さんの話が正しいと云わんばかりに頷きながらその様子を見守っている。


「杉本、銃を渡してやれ」
「………」
「何を黙っている杉本」


乱歩さんがあまりに引かないものだから、折れた箕浦さんが乱歩さんに銃を見せてやれと催促をするものの杉本さんは固まったまま動かない。そこに乱歩さんが追い打ちをかける。ニヤリと笑顔を浮かべながら。


「彼は考えている最中だよ。減った3発分の銃弾についてどう言い訳をするかをね」
「…っオイ!杉本!お前が犯人の筈がない。だから早く銃を渡せ!」


まさかそんなはずは、箕浦さんが慌てながら杉本巡査に叫ぶ。その言葉を聞いて杉本巡査は自分の拳銃に手を掛けた。


「マズい」
「…え?」


ドンッ


「行け、敦君!」
「えぇ!?」


太宰さんの声とともに身体が押される。視界には銃を構える杉本巡査の後ろ姿、耳には止めろ!と叫ぶ箕浦さんの声が響く。銃弾が放たれる直前で杉本巡査の腕を掴み、銃弾の軌道を変えた。鼓膜に爆音が轟いた。が、それどころではない。腕を掴んだまま地面に押さえ付ける。後ろから「お、やるねえ」なんて呑気な太宰さんの声が聞こえてきた。


「放せ!僕は関係ない!」
「逃げても無駄だよ。犯行時刻は昨日の早朝。場所はここから140メートル上流の造船所跡地」
「な、何故それを!?」
「そこに行けばある筈だ。君と被害者の足跡が。消しきれなかった血痕も」


その乱歩さんの言葉に杉本さんは地面へ視線を移し、見つめたまま呆然と呟く。そして数回まるで譫言に繰り返す。


「どうして……、バレるはずないのに」
「続きは職場で聞こう。お前にとっては元職場になるかもしれんが…」


先程まで全く信じて居なかった箕浦さんだが、流石にもうここまで来たら庇ってはやれない。少し悲しそうな表情を浮かべたままそう云うと、カチャリと杉本さんの腕に手錠を掛けた。


杉本さんはこの犯行についてゆっくりゆっくりと話した。本当は山際さんを撃つ心算つもりはなかったこと。山際さんが政治家の汚職を追っており、そこでとある大物議員の犯罪を示す証拠品を入手したことを知ったこと。その証拠を消すためにスパイとして警察に潜り込んだこと。彼女に証拠を手放して欲しいと説得したが取り合って貰えなかったため、自殺しようとしたらそれを庇った彼女に当たり殺してしまったこと。だからマフィアの仕業にして偽装したのだとも述べた。その表情はスパイにしてはとても悲しそうで、そして後悔しているかのように苦々しかった。脅すだけで全く殺すつもりは無かったことが伺えた。



それらを聞いたあと、外で太宰さんと乱歩さんを待つ。

「凄かったですね乱歩さん!まさか全部てちゃうなんて『超推理』本当に凄いです!」
「半分……くらいは判ったかな?」
「……?判ったって……何がです?」
「だから先刻のだよ。乱歩さんがどうやって推理したか」


ん?どうやって推理したか……?それはどう云う意味なのだろう。本気で悩み始めた太宰さんの姿に疑問符が頭に浮かんだ。だって、だって乱歩さんは___、

「え?だってそれは能力を使って……」
「ああ、君はまだ知らなかったか。あのね、実は乱歩さんは能力者じゃないのだよ」
「………へっ!?」
「乱歩さんは能力者揃いの探偵社では珍しい何の能力も所持しない一般人なんだ。あと、ああ見えて26才だよ」
「えっ!?」


思わぬ太宰さんの言葉にビリリと衝撃が走る。乱歩さんが異能力を持っていない?のにあんな凄い推理ができて、し、しかも26才?
まさか、これは流石に冗談だよね。いや、でも太宰さんの声音的に事実みたいだし…。と彼の表情を見遣る。嘘をついているようには見えない。
瞬時に誰が犯人かが判って、しかも大体どこで、いつ、何があったのかを正確に割り出していたのに異能力をもっていない。
それに26才だって!?電車の乗り方も知らないのは百歩譲って良いとして、駄菓子屋を見つけたら急に突っ走って行こうとするのに?止めたら止めたで駄々を捏ねて、丸め込もうとしてくるのに?……確信した、乱歩さんってある意味とても凄い人だと。


「本人は能力を使ってる心算みたいだけど」
「でも…どうやって事件の場所や時間を中てたんです!?」
「彼は云ってたよね『偽装のためだけに遺骸に2発も撃つなんて』って。でも3発撃たれてる死体を見たら誰だって3発同時に撃たれたって思うよ」

そうか、確かに1発目で被害者が死んだのを知っているのは犯人だけか。その事が分かった僕に太宰さんは更に説明をしてくれる。

犯行時間が分かったのは、遺体の損傷が少なかったから川を流れたのは長くて1日。昨日は火曜で平日なのに遺体は私服で化粧もしていなかった。激務で残業の多い刑事さんが平日に私服かつ化粧もなしとくれば、死んだのは早朝だと一応は推理できる。


「そこまではお手上げだよ。乱歩さんの目は私なんかよりずっと多くの手がかりを捉えていたのだろう」
「……でも、彼女の台詞まであてましたよね。彼女が死ぬ前に『ごめんなさい』と云っていたと」
「…うん、あれはね。彼女には交際相手はいないって話だったよね。でも彼女の腕時計は海外銘柄のものだ。独り身の女性が自分用に買う品じゃあない」
「それに巡査の腕時計も同じ機種の紳士用だった」
「つまり2人は…」
「恋人同士だったのだよ」
「………」


2人は恋人同士だったのか、それなのに…それなのにこの犯行は起こってしまったのか。それを思うと何だか迚も悲しくなる。


「さて敦君、これで判ったろう?」
「……?何がです?」
「乱歩さんのあの態度を探偵社の誰も咎めない理由がさ…」
「……ああ、…はい」


確かに今日1日過ごしてみて痛くわかった気がする。


「何何?僕の話ー?」
「はい、乱歩さんが凄いって話です」
「ふーん、知ってる」
「……あはは、そうなんですね」


ニヤニヤ笑いながら何事もなくそう応える乱歩さんの態度に、今まであった不思議な気持ちを消え去っている。探偵社の社員達がどうしてあんな風に彼に接していたのか理解はできた。


「あ、駄菓子!」
「乱歩さん、次の電車に遅れますって!」
「良いじゃないか、敦君」


…ただ26才という所は未だに半信半疑ではあるが。駄菓子屋に向かって歩き出す乱歩さんを慌てて追いかける。彼を追いかける途中、1組のカップルが目に入った。思わず足が止まる。仲つむまじい雰囲気で談笑しながら去っていく男女。


「僕には大切な人を殺してしまう、という気持ちが全く理解出来なかったなあ」
「………」


杉本巡査を山際さんが庇ったことを知るまでは僕は確かにそう思っていた。


「特に"君は"そうだろうね」
「…え?乱歩さん」


少し前で立ち止まって此方を振り返った乱歩さんはまるでそれが当たり前だとでも云うようにそう云う。僕の何かを知っているかのようにそう囁いた乱歩さんの言葉に目を見開く。特に、特に僕はそうだろうね、ってそれは一体どういう意味なのだろう。


「…ポケット」
「え?」
「ポケットには注意しといて」


その言葉に疑問を持ちながら、乱歩さんが走っていくのをただ見つめた。


「?何か云われたのかい?敦君」
「いえ、特には…」


追いついてきた太宰さんは不思議そうな表情を浮かべてこちらに問掛ける。僕はそう云いながら、自分のズボンのポケットに手をやる。が、何も入っていなかった。あの言葉は一体どういう意味だったのだろうか。不思議に思いながら駄菓子屋に一直線に向かっていく乱歩さんを止めるのを諦めつつ見ていた。


(そうだ、君は迚も大切な人だった)

Murder on D Street<終>
*前次#
back
ALICE+