その日の私は、なぜか無償に甘い物が食べたくて、最近始めたレストランでのアルバイトを終えた後、家の近所に新しく出来たケーキ屋さんに立ち寄る事にした。


「いらっしゃいませー」


甘ったるい香りに誘われながら店に入ると、私が通う高校と同じ制服を来たやたら背の高い人が、ショーケースの中のケーキを覗き込んでいた。ていうか、私はこの人の事を知っていた。後ろ姿から見ただけでも分かる大きな体と紫色の髪。なんかいつもおっとりして、お菓子食べてて眠そうなこの人の名前は、確か紫原とか言ったっけ。私と同じクラスだけど、まだ一度も話した事はない。


「えーっとー。イチゴのショートケーキとー。あとはー…なんにしよーかなー」


相変わらずダルそうな話し方だなと思いつつ、私もショーケースの中を見る。こんな時間でもまだケーキはそこそこあって、隣にいる紫の人が悩むのも無理ないと思った。どれにしようかな。私も悩んでいると、頭の上から気怠そうな声が落ちて来た。


「あっれー。君は確かおんなじクラスのー」

「……」

「……」

・・・。

一向に出て来ない私の名前。しばらく流れた沈黙のあと、私も隣の人の顔を見上げる。おい。名前も分かんないのに話しかけてくんなよ。私も愛想なくポツリと呟くように言った。


「一ノ瀬」

「あーそうそう。一ノ瀬さん。こんな所で会うなんて奇遇だねー」


あーそうそうって。案外失礼なやつだなこの紫。まぁ、別にいいけど。それにしても大きいな。近くで見ると、何と言うか、威圧感が半端じゃない。


「一ノ瀬さんもケーキ買うのー?何買うのー?」

「まだ決めてない」

「じゃーさー、イチゴのショートケーキにすればいーよ。ここのちょーおいしいからー」


おれのおすすめー。と呑気な紫原を無視してショーケースの中にあるイチゴのショートケーキに目を向ける。確かに、おいしそうだけど。チーズケーキもシンプルで良さそうだな。チョコレートケーキもアップルパイもシュークリームも捨て難い。


「店員さーん。おれはあとチョコレートケーキとフルーツケーキとシュークリームでー、この人はイチゴのショートケーキでお願いしまーす」

「以上でよろしいですか?」

「はーい」

「…って、なんで私の勝手に決めてんの」

「だって一ノ瀬さん迷ってたみたいだしー」

「こんだけあったら迷うでしょ普通」

「まぁ、いーじゃん」


あははー。っと呑気に笑う紫原は、どっからどう見ても大きな子供だった。てか、なんつーマイペースなやつなんだこの男は。のんびりしすぎてて、悩みが無さそうで逆に羨ましいよ。


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