雲雀の裸体が見たい、なんてことを考えはしたがそれを実際に行動に移すことはしなかった。正確には、出来なかった。雲雀の指が晒された太腿を辿り蕩けた蜜壺へと押し込まれる。胎内を傷つけないようにゆっくりと探る動きは繊細で、異物感に呻いたのも最初だけだ。中に差し込んだ指を動かすと同時に親指で上手に肉芽を擦られ、思ったよりも早く不快感は無くなる。初めての感覚に慣れるのが精一杯で、たちまち余計な思考は削ぎ落とされてしまった。
「……服よりシーツが、どろどろ」
「っ、ぁ……ごめ、なさ…っ!でも、これ、っひぁ」
「痛がられるよりマシだから、別にいいけど……こんなことする時点で、どうせ汚れるの分かり切ってるし」
 雲雀はそう言って冷静に指を動かす。この人の方が不感症なんじゃないのか、なんて考えたその瞬間、図ったみたいに固くなった自身を太腿に擦り付けられて思わずびくりと身体が揺れた。服越しでも分かるその熱と感触に、きゅうと膣内が締まる。あれが入るのか、と考えて無意識に喉を鳴らした。徐々に増やされていく指はもう既に三本になっていて、もう大分柔らかくなったような気がする。直接は見れないから、これは感覚からの想像なのだけれど。入り込んだ指が別の生き物みたいに蠢いてばらばらに熱くなった膣壁を擦る。天井を引っ掻いたかと思えば今度はくいと指を折って引っ掛け、時折三本が隙間を作って胎内を押し拡げる。そのたびに中に空気が入り込んで、背筋が震えた。時間が経つたび雲雀も堪らなくなるのか、私を愛撫しながら自身を太腿に擦り付けて快感を拾っているようだった。硬くなった肉の塊が擦れて何だか奇妙な心地になる。それに触れてみたくなって、掴まれている腕を持ち上げようと足掻いたが咎めるように爪を立てられあっさり抵抗は殺された。どうやら解放してくれる気は無いらしい。じゃあもう片手を使えば良いんじゃないかとは思うものの、細い首の感触と柔らかな黒髪を掻き抱いたこの腕は如何にも離し難い。頬に掠める髪が柔らかくてついくしゃりと指先で撫で梳けば、雲雀は猫みたいにふるりとかぶりを振ってそのまま懐くみたいに手のひらへ頭頂を擦り寄せた。あ、駄目だ、きゅんとくる。でかい猫が此処にいる。
「……色っぽいと可愛いの同居は卑怯ですよ雲雀さん」
「……はぁ?」
 唐突な私の言葉に心底意味が分からないと言いたげな呆れの声が寄越される。雲雀は私の肩へと埋めていた面立ちを持ち上げて私を見た。ほんの僅か上下する細い肩と未だ押し付けられたままの熱い自身が涼しい顔をした彼の劣情を如実に伝えてくる。涼しい顔、とはいっても、別に彼は自分が興奮していることを隠している訳ではないだろう。癖か、気質か、雲雀は感情が余り顔に出ない。軽い不機嫌や昂揚なら、割と雲雀は分かりやすい。すぐ顔に出すし、我慢なんてしない。でも、その性情の奥深くを貫く感情……もっと言えば、彼の根幹を揺らすような情動は、別だ。本気で怒ったとき、本気で憤ったとき、本気で殺意を抱いたときーーーーそういうとき、雲雀は恐ろしいくらいに表情が抜け落ちる。平常時と何ら変わらない面立ちで、周囲の全てを根こそぎ削ぎ落とすような苛烈な感情を飼い殺す。その状態の雲雀に一歩でも近付いたら、あとは弾けて終わりだ。私は一度だけそんな雲雀を見たことがある。多分、ヤクザの集団だと思う。何をやらかしたのか知らないが、サングラスをかけたガタイのいい屈強な男達が大勢で雲雀を囲んで、そして。
 吹き飛ばされた。
 私はあの時の光景を一生忘れないだろうと思う。雲雀は笑っていた。薄く、冷涼に、壮絶に、凄絶に、返り血を浴びて一人佇む雲雀は普段とほとんど変わらない笑みなのに、重たくコンクリートさえ押し潰すような獰猛な気配が周囲に渦巻いていて、本能的に恐怖さえ覚えた。あれ以来、私は今まで怖かった筈の両親や教師の怒りにすっかり耐性が出来てしまったように思う。どんなに激しい怒りでも、少なくともあんな、命の危険を感じる怒りではない。そう思えばたちまち恐怖心は萎えて沈んだ。
 あの光景から勝手に推測するに、多分雲雀は本能にほど近い部分を揺らされれば揺らされるほど、掻き乱された感情は内に籠る習性があるのだろう。別に感情が揺れた訳ではないけれど、この行為はそもそも人の動物的な本能を抉り出すものだ。雲雀だって本能に呑まれる感情が知りたいと言っている、だから今、多分、感情は凪いでいるのに雲雀の中枢は大きく揺れている。表にそれが出てくる訳がない。
「……雲雀さんって一々腰にくる人ですね、ってことですよ」
「欲情した、って?」
「そうなりますね」
「それはどうも。じゃあ欲情してくれたところで、挿れるよ」
 蕩けたみたいに熱い蜜ばかり零す私の胎内から指を引き抜き、指先に滴ったそれを舐め取りながら雲雀はそう言った。
「……、」
 舐めたあと微妙そうな顔をするのがちょっとだけ面白い。笑っていると、雲雀は思い切り加減した指先で軽くわたしの額を弾いた。
「あいたっ」
 加減されていても割と痛い。ふん、と気位高そうに鼻を鳴らして雲雀は身体を起こした。くんと背筋を伸ばしてしならせ、ようやく手首を解放した片腕を伸ばしベッド脇に置かれたモノトーンのテーブルの上に散らばる何かを漁る。反転した世界の中でそれを見ようと視線を動かしたが、探る前に目当てのものを見つけたらしく伸びた身体が戻される。細い指先が摘んだそれは丁寧に包装された輪ゴムのようだった。何だろう、と思案している間に雲雀は包装を破り捨て取り出したゴムを物珍しそうに眺めている。ゴム……あ、そうか、これがコンドームか。初めて見た避妊具に感心していると、雲雀はぴんと指先でゴムを弾いて伸ばし、ベルトを外して質量の増した自身を取り出し余り躊躇うことも無く取り付けた。思わずまじまじとその様子を眺める。比較対象はいないけれど、多分大きい、と思う。あれが入るのかぁ、と他人事のように考えた。
「……あれ。っていうか、雲雀さん、ゴムどっから持ってきたんですか」
 自室に常備している、ようには見えない。物珍しそうに見ていたのだから、あんまり見たことも無いんだろう。雲雀は一度確かめるようにゴムを取り付けた自身を指先でなぞり、私の脚を抱えて濡れた秘部へと先端を添え当てる。
「……押収品だよ、三年の馬鹿が持ってた」
「ええ……押収したのを風紀委員長が使うんですか、風紀委員長なのに」
「あのね、別に僕だって財布辺りに入れてるものまで奪ったりしないさ。没収した馬鹿は、箱ごと、そのまま鞄に入れてたんだよ」
「うわぁ……勇気ありますね、それはちょっと、ううん、仕方ない」
「本当は帰りに捨てていくつもりだったんだけど、予想外に君とこんなことになったからね」
 ぐちぐちと浅いところで遊んでいた自身が不意に少しだけ奥へと押し込まれる。体内を割り開かれる感覚に身体が震えて、思わず唇を噛み締めた。

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