15


温泉に入ってすっきりした私達はロッジに着くとすぐに寝てしまった。
目を覚ますと、もう朝になっていて、太陽が顔を覗かせている。
ベットから体を起こし、うーんと背伸びをして顔を洗おうと1人、川へ向かった。

「…あ〜っ、気持ちいい!やっぱり顔を洗うなら川の冷たい水が一番だね」

誰に言うでもなく呟いた私。

「さてっ、戻って朝食の準備でもでつだっ…ゴホッッゴホッ…」

戻ろうとした矢先に、胸が苦しくなる。
また…発作……最近くる間隔が短くなってる気がする。薬があまりないし、軽い時は飲まないようにしてるから…そのせいなのかな…。

私は、木にもたれて座り込んだ。
気管が弱ってるのか、息をする音が悲鳴を上げてる。深呼吸をして体を落ち着かせようとするが、なかなか苦しみは去ってはくれない。
…やっぱり…体が…結構きちゃってるのかな…。でも…まだ…終わらせたくは…ないよ……だって……やっと…始まったばかりなんだから…。
私は苦しみが消えるのを、じっと耐えていた。


数十分して落ち着き、私は額に浮かび上がってる汗をタオルで拭い、おぼつかない足取りでロッジへと戻った。

「あっ、苗字さん!戻っ…どうしたんですか?!」
「えっ、何が?」
「顔…真っ青ですよ?」

ロッジに入ると、起きて用意をしていた辻本さんと小日向さんが私に駆け寄ってきた。

「そう…かな?大丈夫だよ」
「大丈夫なわけないじゃないですか!」
「寝てた方がいいですよ!」
「心配ないよ。そのうち治るから…それに朝食の手伝い…」
「ダメです。倒れたら大変ですから!」
「手伝いなら私がしますから、ゆっくりしてて下さい!」

私の体を無理やりベットに寝かせる2人。起きてはダメですよ!って念を押されて2人はロッジを後にした。

あ〜ぁ…心配かけちゃったな……やっぱりもう少し休んでから帰ってくればよかったかな…このまま寝てるなんて……ちゃんと薬飲んでおこう…。
私は横の棚の引き出しをあけ、薬の入ってる袋を取り出した。
…あと、2回分か……この合宿が終わるまで、どうにか持ちますように…。
そう唱えながら薬を口に含み、水で流し込んだ。
薬を棚に直した時、ドアがコンコンと叩かれた。

「はい」
「入るぞ」

どうぞと言う前に入って来たのは、息を切らせた景吾だった。

「どうしたの?そんなに急いで」
「どうしたのじゃねぇだろ。お前が体調悪そうだって聞いて、駆けつけて来たんじゃねーか」
「あっ、そっか。ごめんね…でも大丈夫」

息を落ち着かせ、ベットの横にある椅子に腰を掛けた景吾。

「……発作か?」
「…うん」
「薬は?」
「飲んだよ」
「そうか」

景吾の手が私の額に延びる。心配そうに私の顔を見てる…ごめんね…景吾。

「もうすぐ朝食だが…どうする?」
「食堂で食べるよ」
「そうか。なら行くか」
「うん」

ゆっくり体を起こし、床に足をつけた。

「もう…言わないんだね」
「…なにがだ」
「お前は先生達の所へ行けって」
「…言って欲しいのか?」

私は顔を横にふった。景吾は鼻で笑って私の頬に手を添えた。

「言った所で聞きやしないのは分かってる。なら、俺様の目の届く範囲に居てくれれば…それでいい」
「…景吾…」
「…さぁ、行くぞ」
「…うん!」

いつもいつも私の事を心配してくれて、ありがとうね…景吾。
私は景吾の腕に掴まって、食堂へ向かった。



***



食堂に着くと、辻本さんが駆け寄ってきた。相当心配掛けてたみたい。私は笑顔で大丈夫と言って席についた。

食事は美味しかったけど、なかなか咽を通らなくて…。
誰かにあげようかと思ったけど、無理してでも食べろって景吾に言われて、渋々食事を口に運ぶ。
…せっかく作ってくれたんだし、食べきらないとね。

ミーティングが始まる時間になっても食べきれなくて、私は端の席で食事をしていた。

「あぃ?苗字、まだ食べ終わってないんば?」
「あっ、甲斐君。おはよう!」

ミーティングにやってきた甲斐君達が私の席の隣に座った。
平古場君に、食べるの遅いな〜って言われて、膨れながら残りを口に流し込む。
食事が終わったところで、朝のミーティングが始まった。

「そろそろお前らもここの生活に慣れてきた頃だろ。だが、こういう時こそ気を引き締めろよ。慣れは注意力を落とすからな」
「うん、そうだね。流石は跡部。いい事を言うな」

景吾の言葉に同意したのは立海の部長、幸村さん。
その後葵君が、昨日天根君がトランクを見つけた場所を調べたいと言って、自由時間になら行ってもいいと、景吾が許可を出した。

「よし、何か報告があるか?何もなければ今日は終わるぞ」
「いいですか?」

木手君が景吾に声を掛けた。

「ほう、珍しい事もあるもんだな。何だ?」
「この島で携帯電話の使用は可能ですか?」

えっ?どうしてそんな事を聞くの?この島で携帯は使えないって誰かが言ってなかったっけ?

「不可能だ。中継局がないだろうが」
「榊グループ所有の島なら、中継局位用意していませんか?」
「この島はキャンプ場として使われているだけだ。そんな設備、いらねぇだろ」
「しかし、連絡手段がないというのは解せませんね」

どうしてこんなに突っ掛かるんだろう。…もしかして、昨日探索の時に何か……。

「無線機があっただろうが」
「しかし、故障していた。これは事故とはいえ手抜かりですよ」
「そこまで手が回らなかっただけだ」
「なるほど、榊グループの落ち度ですか。らしくないですね」

皆嫌な顔して聞いてる。特に…氷帝のメンバーは…。

「聞きたいことはそれだけか?」
「ええ、結構です」
「フン。ならこれでミーティングは終わる。以上だ」

ミーティングが終わり、足早に食堂を去っていった比嘉中のメンバー。
…さっきの言葉…気になるな…何かあったのか確かめに行こう!
私は食器を片付け、3人の後を追った。



***



離れのロッジ前で彼等に追い付いた。
何か話しているみたい…。

「なかなかの名演だな、永四郎」
「榊グループの不備か…確かに問題だよな」
「一応目的は達成しましたね」
「目的って、何ですか?」

私の言葉に3人が驚いて振り返った。

「また、キミですか」
「ごめんなさい。…さっきのミーティングで木手君が言ってた事が気になったから」
「…はぁ〜…どうする?木手」
「…追い返しても無駄でしょうね。いいでしょう…とりあえず、中へどうぞ」

木手君に招かれ、ロッジの中へ入る。甲斐君が用意してくれた椅子に座って、木手君が話すのを待った。

「実は、昨日甲斐くんとキミが跡部を見たと言う場所に行きました。その近くで怪しげなロッジを見つけましてね」
「…ロッジ?」
「えぇ。木や茂みに隠れてわかりにくい場所に建っていましたから跡部の隠れ家と見てまず間違いないでしょう。跡部本人もその場所にいました。携帯電話で何者かと連絡までしてね」

多分…榊先生だろうな。

「だからミーティングであんな事を…」
「えぇ。携帯の有無や電波状態の確認を投げかけ、彼の反応を見たわけです。」
「……それで、これからどうするの?」
「俺達からは何もしませんよ。これで彼の行動に少し変化が出るはずです。それと…」
「それと?」
「多分、こちらにモーションを掛けてくるでしょう」
「なるほどね」

皆、納得したみたい。…でも、私は…。

「では、我々も作業がありますから、苗字さんはお引き取り下さい」
「……うん」

私は一言言って、席を立った。

「くれぐれも、跡部にこの事を知られない様に。キミは何もしなくて結構です。キミが動くと我々の計画の邪魔になりますのでね」
「木手…」

ドアに手を掛けた所で、木手君が私に投げかけてきた。
…そんな言い方……しなくても……。
私は無言でその場を後にした。

「…永四郎。あんな言い方はなかったんじゃないか?」
「事実を言ったまでです。…それに」
「…それに?」
「これから先、何が起こるか分からない。彼女を巻き込む訳にはいかないでしょう」
「…永四郎」
「……だな」



***



木手君の話を聞いてから、私は広場近くの木陰で休んでいた。
…邪魔……かぁ…やっぱり木手君は…私の事仲間だなんて…思ってないんだよね…。当たり前…かな…だって…私は…彼等に嘘をついてる……騙してるんだもん…完璧な仲間になんか…なれるわけない…か。
溜め息をついて、頭をおとす。
やっぱり…どうにかして誤解を解きたいな…。比嘉中の皆、とってもいい人達だし、分かり合えたらきっと皆と仲良くなれると思うのに……でも、…いい考えなんてそうそう浮かばないよ。
うなだれてた頭を起こし、広場に視線をやると、コートに甲斐君がいる。私は立ち上がり、お尻を払って広場へ駆け下りた。

「甲斐君、練習?」
「っ!…苗字」
「…何でそんなに驚くの?」
「いやっ…苗字が居たのは気付いてたけど…話掛けて来ると思わなくてさ」
「…話掛けない方がよかった?」
「違う違う!…さっき…あんな事あったし…さ」

気まずそうに視線を落とす甲斐君。

「…あ〜、確かに、ちょっとショックだったけど…でも!木手君って無闇に人を傷つける様な人じゃないでしょ?木手君は、何か考えがあってあぁ言ったんだと思うし…」

…そうだよ。…仲間と思われてないなんて…違う…あれは…木手君なりの優しさなんだよね。

「そっか。…分かってくれてるなら、それでいいさー」

優しく笑った甲斐君の顔。私もつられて笑う。
木手君の優しさ…とても嬉しい…でも…もし…本当の事――。私が皆に…嘘をついてるなんて知られたら――どんな風に思う?…そしたら本当に…『仲間』なんて…言ってもらえなくなるね。

「…ちゃーさびたか?苗字」
「えっ?あー…ううん!それより甲斐君、今からテニスするの?」
「おぉ、凛と一緒にな」
「見ててもいいかな?甲斐君のテニス、見てみたい」
「…わんのテニスを?」
「うん!…ダメかな?」
「いやっ!いいに決まってるやっし!」
「じゃあ見てる!」

そう言った時、ちょうど平古場君がやって来た。私は2人の試合を見ようとポストの横に着いた。

「ぃやー、そこで見てるのか?」
「あっ、ここ邪魔?」
「いやっ、そこ日当ってるから木陰に行った方がいいぞ」
「大丈夫!それに近くで見たいもん」
「じゃあ帽子貸すさー」
「ダメダメ!そんな事して甲斐君倒れたらいけないもん!」
「わんはそんな軟弱やあらんばーよ」
「でもダメ!」

私達が軽く言い合いをしてると、頭に何かを掛けられた。振り向くと白に紫のラインが入った長袖のジャージ。これは…。

「じゃあ、これ頭から被ってろー。大分マシになるさー」

後ろから平古場君がヒョコっと顔をだし、私の頭をポンっと叩いてコートに入った。

「そんな睨むなって、裕次郎」
「べ、別に睨んでなんかあらんに!」
「へいへい、じゃあやるか!」

そう言って2人打ち合いを始めた。
何度か景吾達の練習や試合を見た事あるけど、やっぱりこの2人も凄いや。
多分、本気じゃないんだろうな〜。そんな気がする…。
本気で…真剣な顔をして試合をしてる甲斐君…一度でいいから…見てみたい。
私の時間が――終わってしまう前に。

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