玻璃の宝箱


 紅子は取り巻きの生徒たちと別れ、急ぎ足で校舎を出た。はしたない真似はしたくないのだが、ついつい駆け足になってしまう。
 下校する生徒たちの間を縫うようにして校門にたどり着く。呼吸を整えながら周囲を見回し――見下ろして、街路樹の影に待ち人を見つけた。

「錦さん!ごめんなさい、お待たせしてしまって」

 紅子はまるで好きな人を見つけたかのように雰囲気を変えて、慌てて木陰に入った。小さな待ち人は紅子の恋人ではないが、紅子が尊敬し、慕う人物である。
 たたんだ日傘を持ち、キャラメル色のランドセルを背負った錦は、紅子を見上げて目を細める。

「いいえ、気にしないで。わたくしも、のんびり歩いて来たの」
「そ、そう?ならいいのだけれど――あっ」

 紅子ははっとして、慌てて鞄をあさる。見つけた包みを、今度は恐る恐る取り出した。
 錦が私立小学校をぶっちぎりの成績で合格したと聞いてから、紅子はプレゼントに頭を悩ませていた。
 龍の髭?いや、角のほうがいいかもしれない。いや、人形の涙?熾天使のタリスマン?人魚のアニマ?いやいや、きっと彼女はそんなものを与えられても喜ばない。一流の中の一流、魔術師の中の魔術師たる錦に魔術道具を贈るなど、侮辱にもなりかねない。
 悩んで悩んで紅子がたどり着いたものは、アンティークのジュエリーケースだった。小さな紙袋に入れたそれを、錦に手渡す。

「遅くなったけれど、合格と入学おめでとう。あの、ジュエリーケースを選んでみたの……」
「あら」

 錦が微笑んで紙袋を受け取る。紅子はそれだけでほっと胸をなでおろした。

「ありがとう、紅子さん」
「まっ魔術宝石の保管に適しているものを選んだのよ。インテリアとしても上質なものだから、きっと貴女も気に入るわ」
「大切にするわね」

 自分の目利きにはもちろん自信があるが、贈る相手が格上となれば、一層緊張もする。
 紅子がお気に入りのカフェに移動しようと木陰から出ると、とびきり明るい声をかけられた。

「あ、かっわいー!!」

 錦と一緒になって声の主を見やる。紅子はそれが知っている人物だと分かると、少しだけ表情をゆがめた。あまり見られたくないところを見られてしまった。
 クラスメイトの中森青子と黒羽快斗、幼馴染コンビである。
 青子が頬を紅潮させて、興奮気味に駆け寄ってくる。流れるように錦の前でひざを折ると、愛くるしい子猫や子犬を見るような目を錦に向けた。

「誰この子!かんわいー!」
「中森さん、失礼なことを言わないでくださる?」
「あれ、おじょーさんじゃん!」
「お久しぶりね」

 キラキラした青子の視線を意に介さず、錦は快斗に微笑みかける。どうやら知り合いらしく、紅子はほんのわずかにジェラシーを感じた。
 どちらにと問われれば快斗に、である。
 きっと錦は高貴な血を引く大魔術師で、紅子は知り合えたことを奇跡のように思っている。というのに、快斗は錦との出会いを何でもないことのように扱い、今まで忘れていましたと言わんばかりである。

「ちゃんと家に帰れたかー?」
「ええ。家に入るまで、見守ってもらったもの」
「変なヤツにはついて行くなよ?防犯ブザーをちゃんと鳴らすこと!」
「ちょっと錦さん、一体何が、」
「錦ちゃんって言うの?紅子ちゃんの妹とか!?」

 この幼馴染には常々ペースを崩される。錦とゆっくりお茶をしようと思ったのだが、これでは叶いそうにない。
 紅子は頭を押さえて、深くため息をついた。

「……こんなところで立ち話なんて、錦さんに無礼だわ。私行きつけのカフェに案内してあげるから、話があるなら移動しながらにしてくれるかしら」
「一緒に行っていいの?やった!ねえ錦ちゃん、手繋ごう!」
「中森さんっ」
「ふふ、いいわよ。中森さん?」
「青子でいいよ!で、こっちは快斗」
「よろしくなー!じゃあ、オレはこっちの手を、」

 紅子は錦と快斗の間に割り込むと、錦から受け取った日傘を差した。

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