丸二日間の昏睡


 コナンは犯人を睨みつけて拳を握った。
 TWO-MIXの二人・永野と高山が監禁されている場所にたどり着き、犯人の一人を時計型麻酔銃で眠らせたまでは良かった。
 二人を拘束するロープを解いている最中に、もう一人の犯人が戻ってきてしまったのだ。その上、犯人は光彦、元太、歩美を捕獲しており、コナンのメガネをポイと放った。
 子供たちは手柄を上げたいがために、コナンのメガネを警察に渡さず、自分たちだけで監禁場所にやってきてしまったのだ。
 犯人の男は、気絶している相方を一瞥して、コナンらへ拳銃を構える。
 子供たちは口々に謝りながら、コナンの方へと駆け寄ってきた。錦の存在に驚いていたが、コナンに加えて彼女の姿もあったことで、少し落ち着いたらしい。
 コナンは全く安堵できないのだが。
 永野と高山が、拘束されながらも果敢にコナンらを庇う。コナンはキック力増強シューズのスイッチに手を添えて、そのチャンスをうかがっていた。

「……江戸川君」

 永野と高山の影で、錦が呼びかけてくる。彼女の声に焦りは一切なく、このまま一人で優雅に脱出することも可能だと言いたげだった。

「あなた、何か手があるのでしょう」
「幸い、ここに空き缶があったからな。ただ、犯人の銃が……」
「はあ、わたくしが気を引いていてあげるから、さっさと沈めなさい」
「お、おう」

 いやだから相手は銃を持っていて、とコナンが我に返って引き留めようとしたが、すでに錦は大人の背から出ていた。
 コナンも腹をくくるしかないと、シューズの出力を上げてタイミングをはかる。歩美らには永野と高山の縄を解くよう指示をする。
 ひょこりと出てきた錦に、犯人が銃口を向ける。一番小柄な子供とあって、警戒は薄そうだ。
 錦は仁王立ちで、低い視点からだが、明らかに犯人を見下していた。

「姑息な手段を取るしかない小物の分際で、よくもわたくしに使い走りの真似をさせたわね」

 コナンの頬が引きつった。
 犯人の気をそらすにしても、もう少し何かあっただろう。トイレに行きたいとか。
 銃口を向けられながら相手を煽るなど、普通ではない。

「身の程をわきまえなさい、人間の屑め」
「ッそんなに死にたいならテメェから殺してやるよ、クソガキ!」

 逆上した犯人が引き金を引き、発砲音が響く。
 コナンは、そりゃそうだろうな!と内心同意しながら、犯人の顔面めがけて空き缶をシュートした。高山が勇敢にも、コナンと同じように空き缶を蹴り上げていたので、殺人シュートは高山の超人的脚力によるものだと誤魔化せた。
 
「高山さん、永野さん!犯人を拘束して!」
「ああ!」
「分かったわ!」

 犯人の拘束は二人に任せ、コナンは警察に連絡を取る。手早く犯人拘束の旨と居場所を伝え、歩美に泣き付かれている錦に駆け寄った。

「っ橙茉!!」

 錦は二の腕を強く押さえて、元太と光彦、そして歩美を宥めている。
 押さえた方の二の腕は赤く、誰もが見とれる整った顔にも、少しの血が飛び散っている。だらりと下げた腕を血が伝い、小さな指先から、床にぱたぱたと落ちていた。
 
「あなたまでそんな顔をしていないで、この子たちを落ち着かせてくれる?」
「んなこと言ってる場合か!早く止血するぞ!」
「急所に当たらなければ、どうとでもなるわよ」
「失血死って知ってるか!?」
「うわああん!錦ちゃん死んじゃヤダー!」
「オメェらは離れてろ!」
 
 コナンは、傷を押さえている方の腕をつかむ。錦がこれみよがしにため息をついて手を退けると、そこには――――紙で切ったような、赤い筋が一つ。

「ほら、かすっただけでしょう。血も、直ぐに止まるわ」

 歩美らや高山らが安心する一方、コナンは傷を凝視した。
 明らかに出血の量と傷が釣り合っていない。しかし、目の前にある傷は確かに小さい。錦が自分の手で行った圧迫止血が適切であったために、今出血がおさまっているというのだろうか。
 そんな、まさか。

「あ、パトカーのサイレンが聞こえる」
「よし、警部さんたちを誘導しましょう!」
「おう!」

 子供たちが慌ただしく部屋を出ていく。
 コナンは永野と高山に声をかけられて思考を中断した。

「本当にありがとう、コナン君」
「あ、いや、当然のことをしただけだよ」
「そっちの子も、無茶をするんだから。怪我は軽いそうだけど、血が……」
「平気よ。わたくし、途中から江戸川君について来ただけだから、詳しいことは彼に聞いて」

 錦は人気アーティストの二人からの感謝を軽く流して、興味がないとばかりに輪から抜け出す。
 コナンが二人に成り行き――事件の真相は既に明かしてある――を話している間に、錦は気を失って縛られている二人の犯人に歩み寄る。
 コナンは話しながらも、貧血で倒れてもおかしくない錦の様子に注意していた。そしてその行動に、ぎょっと目を見開いた。
 錦は何を思ったか、彼らの額に口付けていたのである。

「橙茉さん!?な、何をして……」
「あなたには、何に見えるのかしらね」

 そう告げた錦の顔は、妙に生き生きとしていた。
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