お一人様一点限り


「あなたは、そこで待っていて」

 錦は、苦し気な面持ちの光を振り返ってそう言った。子どもに言い聞かせるような優しい声で、安全圏での待機を命じたのだ。
 これより先は戦争だ。もたもた悩んでいる暇もない。一刻も早く動かねば、橙茉家の勝利はありえない。
 その混沌へ飛び込まんとする錦に、慌てて光が手を伸ばした。しかし、錦は既に歩き出している。

「やっぱり駄目よ、危ないわ!錦ちゃん!」

 制止する声も聞こえないふりをして、錦は前へ進んだ。




 九三〇ミリリットルのコーヒーが二本、卵二パック、カレールーとシチュールーを一箱ずつ、キャベツ半玉を二つに、五枚切り食パンが二袋。そこにこっそりカニカマ一パックを乗せて、錦は光のもとへと戻った。
 錦が戦っている間、光も別の場所で戦っていたようで、光の持っているカゴには既にいくつか商品が入っている。

「錦ちゃんすごい!すごいわ!」
「任せなさい」
「よくこれだけ持ってこれたわね!大変だったでしょう?コーヒーだけ持ってくると思ってた、それだけで重いから」
「褒めてくれてもいいのよ」
「カッコイイ!キャベツも食パンも冷凍できるからありがたいわ!」
「わたくしにかかれば、なんてことないわ」
「ちょっと遠いけど、このスーパーまで歩いて来た甲斐があったわね」
「帰りはトレーニングになるわよ、きっと」
「私、こう見えて体力あるから大丈夫!」

 光がハイテンションに錦を褒め、重いかごを持ってレジに向かう。レジは、戦を勝ち抜いた猛者(主婦)たちで行列ができており、錦と光もそこに並んだ。
 
「これから、毎週ここに通う?」
「そうねえ。私のアルバイト次第でもあるけど」
「わたくしが、おつかいするわよ?」
「させるわけないでしょ?」
「ええー」
「そんな顔しても可愛いだけです、駄目です」
「マぁマ、ねえ、がんばるから!」
「ぐ……いやいや、可愛いけど駄目。可愛いからこそ駄目。こんな小さな子を、一人で遠いスーパーに行かせるわけないでしょ!」
「……付き添いがあれば、いいかしら?」
「そりゃあ、ん?ちなみに誰のこと?凌さん?」
「お友達」
「小学生でしょ?」
「高校生よ。大人のお友達もいるわ」
「錦ちゃんが、ちゃんと信用してる人ならいいけど……大人のお友達はどうかと思うなあ」
「犯罪に見える?」
「性別とか年齢にもよるけど、やっぱり危ないと思ってしまうから」
「じゃあ、高校生のお友達にしましょう。美人さんよ、ママに似て」
「んもう錦ちゃんったら!」

 光は嬉しそうに笑い、スーパーの中をすいっと指さした。

「カニカマ、もう一パック持っておいで」
「はぁい!ママ、ありがとう!」

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