モッツァレラはチーズ


「お二人さん。割引券貰ったから、外食しよーぜ」

 凌がひらりと見せたのは、あるパスタ専門店の紹介割引券だった。ブライダルスタッフの社員からゆずってもらったらしい。
 つい最近オープンし、非常に評判が良いパスタ専門店だそうだ。オープン記念で先着数組に、次回来店割引券と紹介割引券を配布したらしい。

「へー。そんなに美味しいならお客さんも集まるでしょうに、太っ腹なのねえ」
「最初が肝心ってことなんだろ。定価でも一人千円くらいって聞いたし、たまには贅沢をだな!」
 
 錦も反対するわけがなく、バーが休みの夜に外食することとなった。
 目的の店は想像通り繁盛しており、待つことなく案内されたものの、ほとんどのテーブルが埋まっていた。家族連れが多く、店内はほどほどに騒がしい。お洒落なイタリアンというよりは、家族向けで楽しめる気軽なイタリアンだ。
 錦は子供用の椅子を断り、クッションを借りて座った。凌や光がテーブルにメニューを広げ、一緒になって眺める。

「リゾットとかピザもあるんだな」
「迷っちゃうなあ……錦ちゃんはどうする?」
「この、"エビとモッツァレラのトマトクリームパスタ"にしようかしら」
「美味しそう!どれも美味しそう……」
「んー俺もパスタだな。このナスの……ボロネーゼか。大盛りにしよ」
「二人ともはやい……!」
「光、何で迷っているの?」
「パスタかリゾット」

 難しい顔で即答した光に、凌が笑う。

「はは、そこからかあ」
「だって美味しそうで……」
「わたくしと凌が頼んだ料理を分けてあげるわ。凌もいいでしょう?」
「もちろん」
「じゃあリゾットにするね!きのこのやつにしよっと」
「呼ぶぞー」

 テーブルに置いてあるボタンを押すと、小鳥のさえずりが流れた。すぐに店員がやってきて、凌が三人分の注文を伝え、割引券を渡す。
 錦は光と一緒にデザートページを眺めていた。注文はせず、見るだけである。デザートの内容と値段を一つ一つチェックしていると、新しい人の声と椅子を動かす音がした。隣のテーブルに客が通されたらしい。
 錦は何気なく隣のテーブルを窺い――何気ない様子だが、確信をもって――見慣れた顔に声をかけた。

「数時間ぶりね、江戸川君」
「……おう」

 コナンを含め、五人でテーブルについていた。蘭は知っているし、彼女の父親とも顔を合わせている。知らない人は二人だけだ。蘭と同年代に見える男女である。
 蘭が二人に錦を紹介している間に、錦も凌と光にコナンを紹介する。

「隣のクラスの、江戸川コナン君よ」
「へ、へえ……」
「お手柄小学生の子かあ」

 凌はうんうん頷くが、光はメニューを睨んで顔を上げない。
 くるりとコナンに向き直ると、初対面の二人からの視線が突き刺さる。にっこり笑って挨拶をすると、女性が紅潮して身を乗り出した。

「うわあ、めっちゃ可愛い……蘭ちゃん、この子ホンマにモデルとかやってないん?」
「そうみたいよ。とっても美人さんでしょ?」
「なんか、僻みとか妬みとか、そんなレベルちゃうわ」
「確かになあ。将来、相当なべっぴんさんになるやろなあ。和葉とは比べモンにならんな」
「わっ分かっとるし!」
「もう、二人とも喧嘩しないで!ごめんね、錦ちゃん」
「いえ……いいのよ」
「なあ蘭ちゃん、分けっこしよ!平次にはあげへん」
「別にいらんわ」
 
 会話の勢いに呆気にとられていると、コナンから気の毒そうな視線を頂戴する。
 凌と光が微かに笑ったのを、錦は聞き逃さなかった。


- 67 -

prevブラックダイヤに口づけnext
ALICE+