恋バナになりきらない


 ガラス製のテーブル下には、星型の葉をしたアイビーが青々とはっている。二人掛けのテーブルとテーブルの間には大きなバラ。壁から天井にかけては黒く細い支柱が設置され、葉に斑(ふ)の入ったポトスがからみついている。テーブルには、甘い香りのフルーツハーブティー。

「手に入れられないものを手に入れたら、自分にとっての価値は下がるのかしら」

 物憂げな様子で、紅子がローズゼリーを口に運ぶ。

「求めない理由にはならないわ。ただ純粋に、ふと疑問に思っただけよ。自分のものにならないからこそ、それは魅力的に見えるのではないかしらって」

 錦はカップに口をつけながら、隣のテーブルを一瞥する。仲の良さそうなカップルが、スマホで何やら調べながらテンポのいい会話を続けている。

「……好きな男性の話?」
「ちっ違うわよ別にそういうんじゃなくて。なんとなくよ、なんとなく!」

 紅子の声が裏返った。控えめな咳払いをして、何事もなかったかのように澄ます。
 錦は、淡いピンクのローズゼリーをスプーンでえぐった。

「独占したいなら、手元に置き続けるでしょう。求める価値がなくなっても、イコール、手放すことにはならないわ。手に入れることで、宝の価値が変わってしまうことは、あるでしょうけど」
「価値が変わる?」
「美しい花を求める時、種を蒔くか、咲いたものを手折るか……自然体であるからこそ魅力的ならば、手に入れると無価値になるかもしれないわね。枯れた花は飾らないわ」
「錦さんは、花を枯らしたことはある?」
「わたくしたち、植物とは相性が良いの」
「……」
「なあに、男性の話ではないのでしょう?」
「ええ、そうよ。出すぎたことを聞いたわ、聞かなかったことにしてくださるかしら」
 
 錦はのんきにゼリーを食べ進めながら、紅子からの不満気な空気を流す。わずかに不貞腐れたような表情で黒髪をいじる様子は年相応に見えるが、一女子高生にしては惹きつける力の強い仕草に、隣のテーブルにつく男性の視線もスマホから外れた。

「……錦さん。枯れない花ってあるかしら?」
「時を止めれば、あるいは。けれど、それこそ、つまらないものになるでしょうね」

 錦は、二人掛けのテーブルの間に生けてあるバラに小さな手を伸ばす。蕾に軽く触れると、それはみるみる膨らんで花開いた。
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