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 結婚式場に向かった人数は、決して少なくなかった。事が事だけに発砲の許可も降りていた。未熟な者など誰一人としていなかった。にも関わらず、またしてもガヴィは逃げたという。
 加えて、サミュエル・マルティネスが死んだ。黒羽の証言もあり、ガヴィが故意に口を封じたのではないと分かってはいるものの、もっと上手くやりようがあっただろと言いたくもなる。
 二人のやり取りは興味深いものだった。新たに開示された情報は、降谷らに疑問を抱かせる。ガヴィの言っていた旧友ではないことが明らかになったものの、どこの誰でどういった繋がりなのかは判明しなかった。
 現場が騒然となり、降谷のいるフロアも騒然となり。発信機を辿ってみれば、そこにあったのは無関係な車両。
 とんでもない失態の連続に気が遠くなりかけたところで、降谷の携帯に着信があった。現場にいる警官の一人だ。風見ではなく直接降谷にかけてきたところを見るに、相当重大な発見をしたに違いないと緊張して電話に出た。

『元気かい、降谷零』

 降谷は携帯を握りつぶすすんでの所で、反対の手に力を移動させた。デスクが嫌な音を立てた。

「よくもまあ……ぬけぬけと……電話出来たな……!」
『しっかりきみらを撒けた頃合いかと思って』
「撒くな!仮にも協力関係だろう!」
『それはオフリドの逮捕か撤退を確認するまでだ。マルティネスが死んだ今、僕の安全は保障されていない。逃げて当然だろ』
「マルティネスが死んだ"だけ"だが……おい、他のメンバーのことをどこで知った」
『知らないよ。でも、マルティネスは最初から死ぬ気だったことを考えるに、他のメンバーは既に引き上げているとみていい。あそこは組織力が高いから、きみら、マルティネス以外の素性明かせていないんだろ?追跡のしようがないだろうなあ』
「お前なあ……!!」

 図星を突かれていることがより腹立たしい。が、逃亡を許したのはこちらのミスなのだ。いくらガヴィに言い募ったところで八つ当たりにしかならない。
 降谷は頭をかきむしり、壁を殴って深呼吸をした。腹立たしいことこの上ないが、ガヴィが一人で逃亡せずにわざわざ連絡を寄越したことには意味があるはずだ。ただ降谷を嘲笑うためだけではないだろう。

「それで、何の用だ」
『話が早くて助かるよ。この近くで、子どもが集まる大きな施設って何があるかな』
「そもそもどこにいるんだお前」
『そう離れてない、とだけ。で?動物園とか水族館とか遊園地とか、ある?』
「一番近いのは水族館だが、規模を含めると……トロピカルランドだろうな。遊園地だ」
『住所を教えろ』

 部下に住所を検索させ、口頭で伝える。ガヴィは「分かった」と返答した後、少しの間を置いた。物音や音声のこもり具合から推測するに、ヘルメット用のハンズフリーイヤホンマイクで通話しながら走っているのだろう。

『僕はこれからそこに向かう。きみらも気が向けばそうしろ』
「おいおい、どうした、逃亡先を教えてくれるのか」
『いや、マルティネスが何か仕込んでいるはずだ』

 降谷はジャケットを羽織り、出る準備をしながら通話を続ける。場所的に、結婚式場から向かうよりも近いだろう。ガヴィの先回りが出来るかもしれない、と考えて顔をしかめる。身軽にバイクを乗りこなし、道なき道を利用して姿をくらましたらしいガヴィより早く到着するのは、相当難易度が高そうだ。
 携帯を耳に当てたまま、部下に指示を飛ばし、赤井や風見らもトロピカルランドに集合するよう連絡を回させる。

「何を仕込んでいる?」
『さあ。全て推測にすぎない。何もなくても怒らないでよ』
「ならば、何故『子どもが集まる大きな施設』と?」
『これがマルティネスから僕への嫌がらせなら、そうするだろうと思った。僕は子どもが嫌いだから』
「どこが嫌がらせになるんだ」
『……僕は、何も知らない子どもが、のんきにはしゃぎまわっているのが嫌いだ』
「……」

 通話しながらRX-7をとばすわけにはいかないので、部下の運転する車に乗り込む。サイレンを鳴らし、駐車場から道路へ出た。トロピカルランドへ向けて猛スピードで走っていく。
 降谷は流れていく景色をしり目に、犯罪者に問いかけた。

「通話を続けているのは何故?」
『マルティネスとの会話を説明すると言ってしまった』
「律儀だな」
『犯罪商売は信用が大事なんだよ。あと金』
「結婚式場に逃走手段を確保していたくせに。マルティネスがどうなろうと、逃げる気だったんだろ」
『言っておくが、バイクは僕が手配したんじゃないぞ。マルティネスだ。僕は贈り物に気付いて、利用させてもらってるだけ』
「……なぜあのトラックがそうだと?」
『車のナンバーが"あ6556"だった』
「は?」
『"あ"は、アルファベットに当てはめると、順番でも発音でも"A"になる。そこに数字が続いていたら、"A"ngelNumberかと思うだろ。6556には"贈り物"の意味があったはずだ。いくつか他にも考えたけど、これが一番らしい意味になったから』
「……いや、思わないだろ。よくそれだけで、あんな行動をとれたな」
『マルティネスとは、土壇場での思考回路が似ているんだろ』
「復讐じゃなかったんだよな。マルティネスは"誰"だ。口走っていた『ココ』は、例の友人なんだろ」
『子どもがつける安易なあだ名だ。きみならブルブル。はは』
「フランス読みするな。大体、バーボンはもう意味のない名前だ。それで、結局どういう関係だ?」

 饒舌なガヴィが口を閉じる。しばらく無言なので通話が切れたのかと携帯の画面を確認した。沈黙が三十秒に及んで思わず声をかけると、唸り声が返って来た。

「さっさと話せ」
『僕もあいつも、一時期同じ職場だった』
「組織じゃないな。戦場での話か?」
『その間だ。僕はある別の組織に所属していて、そこで窮地に陥った同僚に裏切られたのがきっかけで、酒場に陳列されることになった』
「どこの元同僚だ。それを明かす気で連絡したんじゃないのか」
『そうなんだけど……まあいいか。この情報をどうするかはきみに任せるし、どうなろうと僕の知ったことじゃない』
「?ああ」
『白状すると、僕はガヴィになる前、ドイツ連邦情報局のスパイだった』

 言われた意味が一瞬分からなかった。「はあ?」という言葉さえ出てこなかった。
 赤井から、ドイツがガヴィとの繋がり示唆していたのは聞いている。有能すぎる犯罪者を利用しているのだろう、という結論に落ち着き、降谷も納得していた。ガヴィの腕の良さから諜報機関との関係を疑ったこともあったが、重すぎる罪状と年齢からあり得ないと否定していた。
 それを本人がひっくり返している。
 降谷は震える声で「証拠は」と絞り出した。我ながら無意味な問いである。

『あるわけないだろ、BNDだって否定するよ。信じるかどうかは任せる』
「いや、だって……ならどうして、犯罪者街道を驀進したんだ。国を守る立場だったのに」
『だから裏切られたんだよ、マルティネスに。愛国心については……無かったな。シャルロッテの母国だったから勤めていただけ。割と身軽に転身したよ。……僕はその頃まだ未熟だったから、幼い頃の思い出を同僚に話すこともあった。マルティネスが僕の幼少を知っているのはそのせいだ。あとは局の情報を探った可能性もあるな』
「年齢的に合わないだろ」
『スカウトだよ。僕はマークされていたし……いや、この辺にしておこう。詳細な身の上話をする気はないよ』

 あり得ないと思っていた事態に車内で頭を抱える。心配してくる部下には軽く手を上げた。
 ガヴィを確保した風見が「元諜報機関員か」と問いかけたときには、否と答えていたらしいことを思うと、その時はこの情報を明かす気はなかったのだろう。マルティネスが昔馴染みではなく元同僚と判明し、明かさざるを得なくなったのだ。
 そういえば、ドイツのスパイは即効性の毒を持ち歩いている、と昔聞いたことがある。マルティネスが死んだことにガヴィが驚かなかったのは、心当たりがあったからだろうか。
 風見や赤井らFBI、そして彼女と対峙したこともある新一に明かせば、一体どんな顔をするだろう。今の自分と同じように衝撃にうなだれるといい。
 降谷はがばりと顔を上げた。そうだ、新一。彼は今日、トロピカルランドにいるはずだ。
 
『じゃあ、僕の話はこれで終わり。運が良ければトロピカルランドで会おう』

 ガヴィは降谷の返答を待たず、通話を切った。

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