みんなで


おもしろことになればいい。
毎日が刺激的になる必要はない。
ただ、だからこそ、この一時が面白いことになればいいのに。
僕は僕よりもずっとろうたけた彼女がなにを仰りたいのか分からないわけではなかったけれど、だったら毎日が刺激的ならばいいのに、とそう反論してしまう。それは若さだろうか。浅はかさなのだろうか。日常を愛する余り、非日常に焦がれ過ぎているただと子供の戯言なのだろうか。
どれだけ考えても、やっぱり“おかしなこと”は面白い。


山装う九月下旬。曲がり角までそう長くはないまっすぐな道の脇に立ち並ぶ街路樹もはらはらと色とりどりの落ち葉で絨毯をこしらえている季節。
僕ーー神子柴エヴァは歩きなれた道を幼馴染みと歩いていた。幼馴染みこと御伽女木紫和は、寒い寒いと言いながらも履くことをやめないショートパンツから伸びる脚を、時折立ち止まってさすりつつ、僕の少し前を歩いている。
だったらまずそのショートパンツから伸びる生足にタイツのひとつでもまとわせてあげればいいものを。
ちょっと今日風強くない?!と半ばキレ気味の彼女の声にたしかにね、とけんもほろろに返せば文字通りブーブーとバッシングが投げつけられた。

「もう冷たいなあ!2重の意味で!」
「上手いこと思いつくくらいには平気そうだし大丈夫だと思うから騒ぐ前に目的地である屋内に辿り着く努力をしようよ、たるる」
「騒がないのもなんか癪なのよ、こういう理不尽な寒さって、誰が悪いわけでもないのにイラッとするじゃない?」
「記憶にないわけじゃないけれど……」

でしょう?!と語尾に怒気をつけるたるるに、僕は曖昧に頷いてみせた。ここで反論して逆撫ですると、この寒空の中ジャーマンスープレックスをかけられたあとに軽い運動をして代謝の上がった彼女にアスファルトの上に放置されるやもしれないからだ。さすがにそれは寒いし我慢ならない。
たるる、というのは御伽女木紫和のニックネームである。どうしてたるるというふにゃふにゃかつチーズとマシュマロが溶けたような名前で呼ばれているのかは定かではないけれど、遡る限り小学校低学年の頃には既に呼ばれていたのだから、彼女の何かがそう言わせているのだろう。とはいえここで注釈しておくと、たるると名乗る彼女の性格がそう言わしめているわけではないということは確固たるものである。
そんなふうに怒りながらも、「今日はやめにしない?」なんて天候とご相談しなかったのは、他でもない僕達の知り合いの中でもっとも“もっともらしい理由で人を呼びつける”人からのお呼び出しがあったからだ。お呼び出しというのには語弊があるかもしれないのでーーここはお誘いと言い直しておこう。後で修正しておいてほしい。

「そういえばなんで私とエヴァくんが一緒にいることが分かったのかしらね。今日遊びにいく約束なんてしてなかったし、昨日の夜泊まることになったのも成り行きだし、そもそもお母さん達が盛り上がってそうなっただけだし」
「たるるだけ帰るのもありだったのに」
「なんだと」
「なんでそこで怒るのさ、可能性の話だろ。けれど、その疑問をあの人に向けるのは無駄なことだと思うね」
「そうだけどもー」

靴の先でまばらに敷かれた落ち葉を踏む。かさりと乾いた音がして、それがさらに木枯らしを駆り立てているように思えた。
いつもの曲がり角を右に曲がって、街から逆方向に住宅地を避けていく。恐らく通勤するところなのだろう車達は今しがた僕達が通ってきた方向に向かって忙しなく遠のいて行った。頑張れ社畜。
時刻は8時12分。
昨日の夜、作り過ぎてしまった(とは言っていたけれどあれは確実にわざとだろう)つまみを持ってたるるのお母さんとたるるがうちにやってきた。明日は休日だからと酒盛りとジュース盛りを催して、お開きになることはなくそのまま泊まっていくことになったわけなのだけれど。
まったくもって偶然ーー突拍子もないことだったにも関わらず、まるで最初から計画を聞いていたかのように、今朝方「二人ともお暇しているのなら家にこない?今から」と僕のケータイに着信があったのである。なんで、とかどうして、とか捲し立てようかと思ったがどうしてもその気になれず気だるさから「9時くらいでいいですか……」と身支度の時間を伺ってしまっていた。電話の向こうで「辰の刻のうちに来てちょうだいね」とにこやかな声が返ってきて、とりあえず安堵する。二時間も到着時間の猶予をくれるあたり、機嫌がいいらしい。まだ朝の6時半。僕はのそのそと起き上がった。
そうしてそうしてーー今に至るのだけれども。
呼び出した本人の家まで徒歩40分はかかる。近道することもできなくはないが、急を要する場合でもない限りは一般的な道路を普通に向かう。未だぶつぶつと文句をマフラーに滲ませているたるるの横に並んで、僕は鞄からブランケットを出した。

「なにこれ」
「ブランケット。ストールにもなるやつ」
「それは見たら分かるけれどなんでそれをエヴァくんが持っているのかについて甚だ疑問なのよ」
「出先に母さんが渡してきたんだよ。買いすぎたからひとつあげるって。僕は寒くないし、たるる使いなよ」
「そういうことね。ついに女装蛇野郎が女子力まで磨いてきたのかと思ったわよ」
「いらないなら返してもらう」
「いる!いるわよ!ありがとうございますう!」

ジャケットの上から羽織ったたるるは、少し嬉しそうに身じろぎをしていた。
ーー結局、一番寒そうな脚が隠れていないのはいいのだろうか。


町外れの山脇に、古めかしくも装いの華やかな屋敷がある。ごくごくありふれた片田舎の街には、(いくら端の方といえども)あまり似つかわしいとは言い難いそれを見上げる。一つ一つの装飾はよく見ると凝った作りをしているものの、あまりけばけばしく見えないのは、作り手の繊細な仕事のおかげか、はたまたそれ以外がシンプルで無機質な並びをしているからか。まあ、一般的な一軒家に身を置いている僕としては、どちらでも構わないしむしろもっとシンプルでもいいとさえ思ってしまう。
誰が手入れをしているのか、年中整えられた庭を柵越しに伺う。寒がりの暑がりな家主達が外でティータイムをするわけもなく、それらしいガーデンテーブルもテラスもない。噴水もなければ歌壇もない。
建物と、草と、道と、門だけ。
だいたい、住んでる人数と人柄のわりに建物が大きすぎるのだ。役不足も否めない。

「これ本当にご在宅なうなの?」
「さあ?呼びつけておいて外出していた、なんていうことをめめさんとそれに教育された死闇さんがすると思う?そもその話、あの人が意味も無く外出しているところを僕はあまり目にしたことがないよ」
「まあ、ノックしてもしもーししたら分かることよね!眠いし寒いししばれるからピンポンしてもしもーし!!!」

近所なんてものはないけれど、明らかに玄関まで届くだろう声量でたるるがインターホンをーー何故か連打した。
いやなんで連打?そもそも連打って何もなくてもうるさい!って怒られるやつじゃん。分かってるはずなのになんで連打?
ぷつり。無音だったインターホンが小さく音を吐き出した後、女性であろうため息がしゃあしゃあとスピーカーをつついた。

「あ、えっとごめんくださ
「うるさいわねまき水と称して冷水を頭からぶっかけてあげましょうか?」
「大変申し訳ございませんでした」
「ごめんください!たるるだよっ!」
「たるちゃん、まず言うことがあるでしょう?締め出しするわよ」
「ごめんなさい……さむい……」

またひとつ、ため息であろうしゃあっとノイズがかった音がした。そのあとに、いつもの高すぎない柔らかな声が、僕達に笑顔を向ける。
声ですら笑みが分かるだなんて。ああいや、そういえば彼女はいつも笑顔だ。

「ふふ、仕方がないわね。お上がりなさい」

鍵は開けておいたわ。僕達が了承の意を告げると、ぷつりとインターホンは音を発しなくなった。
言われた通りに門に手をかける。年季が入っているのだろう錆びた音こそすれど、重たさはあまり感じない。手を離せば勝手に閉まるそれを目で追う。自動で施錠されるらしい。音と見た目のわりにハイテクなことを確認してから、僕は、お構い無しに先へ進むたるるの横を歩きはじめた。

「いらっしゃい、寒いなかようこそお運びくださいました。今、暖かい飲み物とお茶請けを用意するわね」

大きな門、大きな建物にそぐわしい大きな扉を2人が通れるくらいに開けると、暖かな空気がほわりと産毛を撫でた。それにほっと息を下ろしつつ遠慮がちに玄関をくぐった矢先に、しっかりと脚を揃えて微笑む曖眼々さんが僕達をきっちりと出迎えていた。
にこりと笑みを深めると、マフラーやらを脱いでおくようにだけ指示をして小さな歩幅で奥の部屋へと進んでいく。言われた通りにアウターを裏返して腕にかけながら、その後ろを付いていく。時折手前から聴こえる鼻歌が、目の前の彼女の機嫌パラメーターをありありと知らせている。本当に機嫌がいいらしい。

通されたのは、いつもの広間ではなく、書庫が隣接された小ぢんまりとした書斎だった。ぐるりと見渡すに、どうやらここにはいない“家主”のもののようだけれど、彼女にとってはお構い無しだ。
テンプレートな配置で並んでいるソファとローテーブルには数冊の本が置かれている以外、特に使い込まれている様子はない。

「飲み物を取ってくるから、お平にしていてちょうだいな」

ゆるりとソファに促される。返事もおろそかに立ち尽くす僕達に笑いかけてから曖眼々さんは軽やかな足取りで扉の向こうに消えた。
とりあえず身じろぎをしつつも、下座に座る。いつもの場所じゃあないだけで、緊張してしまう。

「すごい書斎ね、エヴァくんのお父さんのところもこんな感じ?」
「どうなんだろう。僕はあんまりあそこには行きたくないからほとんど記憶にないけれど、もっとごちゃごちゃしていた気がするよ」
「仕事してたらごちゃごちゃはするものね」
「それあんにこの書斎の持ち主が仕事をしていないと言ってるように聞こえるよ」
「事務仕事をしないのは本当でしょう?」

ーーそうね、あの人は頭を使うことができないしょうもないお人なの。うふふ。

空気が凍った。もしかなうのならばこのまま眠りについてなんちゃってコールドスリープいえーいとか申し上げてしまいたい。
そんなにこやかな声の主は思いのほか近くにいて。いつの間にか湯気のたつお茶と季節のお茶請けである和菓子を持ってきためめさんがにこにことテーブルに置いているところだった。
僕と同じ気持ちなのか、たるるも嬉々とした悪戯めいた笑顔のままぴくりと眉毛の端が引きつっている。にらめっこをしている訳ではないだろうけれど、その内心とはちぐはぐな顔色はいやに面白い。きっとアニメやマンガならばデフォルメで書かれているやつだ。
けれどもしかし、めめさんはさして気にした様子もなく、含むところもないどころか「本当のことだもの。むしろ斜に構えているくせにこんな若い子達にまで脳タリンなことを気取られるだなんてお臍で沸かした煮え湯を口に流し入れて差し上げたいところだわ」と1人がけのソファに腰を落ち着かせて優雅にお茶をすすっているところだった。
特等席なのだろう、その落ち着いた色味のソファは部屋に溶け込みつつも僕達が座っているものよりも少しだけ質感が違う。色も他の椅子やソファが深い藍色なのに対して、こっくりとした目を惹くボルドーをしている。きっと家主の死闇さんが後から買い足したのだろう。あの人はいつもめめさんに甘い。
本当に気にしていないらしい彼女の笑顔に、ほっと肩を下げた。隣で同じように胸をなで下ろす元凶にちらりと視線を流すと、流しそうめんの如くそれをつまみ上げたたるるが「何よ」と僕のとげとげしさを含むそれに答えた。
悪いのはたるるなんだから君が本題へ切り出したまえ。言わずもがな伝わるのは、やはり付き合いの長さか、それとも有体に言って一心同体のような存在だからか。
分かったわよ、と小声で口を尖らせたたるるは、こちらの言葉を待つめめさんの方を向いて襟を正した。

「あら、もういいの?」

視線を向けただけでそう仰った彼女に僕達はまた視線を逸すこととなってしまった。
ーーああ、これは会話も意図も僕達の言葉の外の会話も気取られているのだろうな。

「あの、めめさん悪気があったわけじゃないの……」
「そんなこと?別にいいのよ、本当に気にしていないもの。私のことじゃあないしね。それに、お呼び立てしたのは私よ、こちらこそお寒うところをお運びいただいてごめんなさいね」
「それは全然いいんですけれど」
「ふふ、ありがとう」

彼女自身のことについて失言をしないよう細心の注意を払おうと、僕とたるるの心がひとつになった瞬間である。
そしてーー

「それじゃあ、本題に入りましょうか」

そう嬉々として顔色を変えためめさんは立ち上がると棚にある本をひとつ手にとって、また座り直した。
編み込みをまとめた後ろ髪が、僕の前で本を掲げる動きに合わせてゆらりと揺れる。端色の髪は細く天蚕糸のように滑らかだ。綺麗に染められた色無地の赤い着物がよく映えるなあ、なんて見慣れたその姿をぼうっと眺めていると、僕が望ましい反応を示さなかったことがお気に召さなかったようで、1人で分厚い表紙を開きはじめた。
厚い革製の表紙は黒ずんでいて埃なのか傷なのか、はたまた模様なのか分からない色合いをしている。綺麗では、ない。中の紙はめくるごとにぱりぱりとした屈折した音を立てて右から左へと身を反っていく。角が黄ばんでざらついた羊皮紙のような質感のそれを指でなぞりながら、曖眼々さんは顔を上げた。

「これね、この間家にやってきた出張本屋さんで見つけて譲っていただいたのよ。舶来の古書みたいで。けれど本屋さんったらどうもおかしなことを仰るの。だからそういうものに生まれる前から精通している貴方と、その一心同体であるたるちゃんの目にはどう映っているのか気になったのよ。突然お呼び立てして申し訳ないわね」
「それは全然いいんですけど、おかしなことって?」

本を開いてみても、目に付くおかしなところはない。蚤とり眼になればまた違ったものが見えるのやもしれないけれど、そこまでしなければならない程度のおかしさなら、きっと僕らを呼ぶ事はないだろう。たるるもページをめくってみたり裏返してのぞき込んでみたりとおかしなところを探しているらしかったけれど、唸る様から僕の見解以上のものは見つけられなかったようだ。

「おかしなところは見た限りでは無いみたいだよー?」
「翻訳されていないので全文が日本語ではないこと以外、特に何も無いよね」
「え、エヴァくん見つけられてないの?やった、私が先に見つけてドヤ顔したい蔑みたい頑張るわ」
「頑張り方を間違えてるというか頑張り方は合っているはずなのに頑張る動機が不純すぎて諌めざるを得ない」
「見つけられるのならばなんでもいいわよ、くすくす」
「曖眼々さん!?」

本当にそれで俄然やる気が出やがったらしいたるるは、僕から古書を取り上げると、ページを捲ったり振ってみたり息を吹きかけてみたりと、古書に何を求めているんだと甚だ疑問になるようなことを手当たり次第試しだした。当分の間、僕の手に戻ってくることはないだろう。諦めてお茶を啜りながら表紙と裏表紙を観察する。くすんだグレーのカバーはところどころ不規則に凹凸があって、純正の動物の革であることが伺える。年季のわりには薄いけれど、角が擦れてはいるものの、目立った傷も破損も見当たらない。僕のことはお構い無しにページや内容について目を張り巡らせているたるるから視線を外す。あ、茶柱。

「んがー!何も無いよ?!読めないから開いてても楽しくないし!」
「そう?」
「そう?って、じゃあめめさんは読めるの?この何語かも分からない羅列していることを鑑みて辛うじて文字だと分かるこの記号たちが!」
「読めないわ!」
「そんな自信たっぷりに仰られなくても……」
「文字として読むことはできないけれど、推測として読み解くことはできるわ。けれど私が言いたいのはそういうことじゃないのよ」

めめさんはにこにことお茶を置く。伏せられた瞼から伸びる睫毛が色素の奥の血液が滲んだような目を影らせている。けれど口元は口角を上げたままだ。そのまま、たるるの手元で破られんばかりにふん掴まれている本を指差した。

「くだんの本屋さんも、ペレちゃんも、あのどうしようもない死神も。みんなみんなこう言うの。ーーそれはただの昔話しか書いてない▲

ーーはい?
僕は首を傾げた。となりでたるるが髪をくわっと揺らして、今しがた僕が傾げた疑問を叫んだ。

「死闇さんたちは読めたってこと?なんか悔しいねそれ!」
「そこまでは思ってなかったとはいえ、そうだね、僕達には読めなくて、それがただの昔話?さらにはいわく付きなんでしたっけ」
「いわく付きではないわ。私がおかしいのか、それとも、どちらも正しいのか、それを証明したかったのが1つよ」

もうその時点でいわく付きと疑われるいわれがあります、とは申し上げないでおいた。何故ならば、彼女が2つ目、と説明を続けたからである。

「二つ目は、その本の挿し絵。というよりも図、かしらね。その図には私、見覚えがあるのよ。けれど違うものを拝読されてる方々に何を言ったところで関心はえられないでしょう?だからね、私と同じものが見える人たちとお話がしたかったの、そういう人の意見を仰ぎたかったのよ」

それがたるちゃんとエヴァくんで良かったわ!と、楽しそうに顔の横で手を合わせるめめさんの言葉を側面に、ぱらぱらとページをめくっていく。
めかし込んでいるかのように古めかしい本の途中には、確かにところどころ滲んではいるものの、図のようなものが描かれていた。
少し歪ではあるけれど、円の中に辛うじて文字だと分かるミミズのようなモノがうにょうにょと均一に敷き詰められている。1回り小さな円だったり、直線だったりで区切られたそれは、おおよそアニメや漫画、中二病を患った事がある人間ならばひと目でわかるものだった。
そう、それはーー魔法陣だった。
惜しむらくはそれが何の魔法陣かまでは酌み取ることができないけれど、それについては検討がついているらしい。

「これはね、梵字っていうの」
「ぼんじ?」
「古いものだし、ここまで敷き詰められていると読めないかもしれないわね。アクの強い書き方をされているし。身近なものでいうとほら、お札とかに書いてあるやつよ」
「ああ。あれも四角かったり色々ありますよね」
「並びや形、書く場所で用途が変わってくるからね、種類があるのは当然のことなのよ。そしてーー」

紙の上で黒い字の上を揺らめいていた手が止まる。

「ーー梵字なら私は読めるわ」

きゅう、と狐のように目の細め方を変えた彼女に、息を呑む。曖眼々さんという方は、笑顔だけで1体いくつの面を持っているのだろうか。

「たるちゃん達を呼んだのはその説明をするだけ、で終わるわけないよね。めめさんはそんな無駄なことしないもん。そんなことで朝早くから相手のことを考えずに予定を入れるような、そんな横紙破りなことしないわ」

きっぱりと、たるるが言う。それから?といつも通りの幼さの残る笑顔を顔に塗る。
数秒か、そのまましぃんと波のなくなった部屋に笑顔と僕の内心だけがたゆたった。

「そうね、降参」

先に目を和らげたのは、めめさんの方だった。さすがたるちゃんねえ、といつものほんの少しまゆ尻を下げた微笑みを浮かべて、たるるの頭を撫でている。
さすがなのは、引き際を分かっているほうだと、僕は少なからず諦めの丁度いいめめさんに敬服した。たるるは察しはいいけれど、引き際も加減も知らないのだから。

「さあ、じゃあ降参したことだし、これ℃gってみましょうか」

流れるように本を手に立ち上がっためめさんを、僕達はただなぞるように見上げた。そして、書斎から繋がっているらしい入口ではない扉を開ける。
今から僕達は大いに仲良しアピールをすることになるだろう。同じ表情、同じタイミング、同じ仕草で、僕とたるるは身を乗り出して、こう言うのである。

「ーーはい?」




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