オオカミ少年と嘘つき少女


オオカミ少年の友達の話をしよう。
――嘘つきの異様な女の子の話を。
彼女の話には事実もなく、真実もなく、現実もなく、現状もない。ただあるのは言い訳と虚像と法螺話。
彼女の異様さはそれを当たり前に行うことだった。
息を吸うように、人が眠るように安らかに何もそこに異様さがないかのように、嘘をつく。
それはこのうえなく異様なことではないだろうか。さすがの僕だって嘘をついている自覚も、それによって生じる矛盾も不利益もすこしの罪悪感も持ち合わせている。そのくらいの常識はあるさ。
けれどもしかし、彼女は違った。そうではなかった。
嘘をついている自覚はある。それだけ。
ほんとうのほんとうに――それだけ。

「君はは嘘をつくことをどう思っているんだい?」

彼女と長く話をするようになって、口をついたのはそんな疑問だった。どう思っているかだなんて、答えが明瞭なのはすべからく存じている。だけれども、知りたかった。僕みたいなまがい物のオオカミ少年には捻り出すことができないであろう、この女の口からでるはったりに耳を傾けてみようと思った。

「嘘をつくことは、嘘つきだと思ってるよ」

なんだ、至極当たり前なことじゃないか。
ああ、そうだ。嘘つきは嘘をつく。
そんな落胆が見て取れたのか、彼女がふくふくとおかしそうに笑った。口許に手を添える様は、嘘偽りなく女性のらしい。

「違う違う。嘘をつくことは嘘つきだけど、嘘つきは別に嘘をつくとは限らないよ」

言葉遊びを始めた彼女に、僕は訝しげに目を細める。言葉遊びをしたいわけではない。それが言葉遊びではなくて彼女の法螺話だとするのならば、法螺話がしたいわけでもない。
彼女に問うたのは、嘘をついている自覚はあるけれど、その持ち合わせた自覚についてどう認識しているか、ということなのである。

「嘘つきは嘘をつく。何が違うんだい?」
「違うでしょ、普通」
「多分だけれど、君の普通は普通じゃないよ」
「そんなことないよ。私ほど普通にひねくれている正直者はいないからね」
「何を言っているのかさっぱりだ」

あはは、と。彼女は嘘笑いを認める。
僕はその横で空を見上げた。憎たらしいくらい青いなあ。勿論、すべからく現実逃避である。だって意味わかんない。
黙りこくった僕を彼女は不思議そうに覗き込んだ。それはまるでどうして分からないの?と言われているようで、理解できないこちらが異様なのかもしれないと思えてくる。

「嘘をついたら嘘つきだけれど、嘘つきは別に嘘をつかなくても嘘つきのままでしょ?」
「ああ、なるほど」
「嘘つきは詐欺師になれるけど、詐欺師が嘘つきとは限らないのと同じだよ」

やっぱり、ほとほとてんでさっぱりだ。彼女の言葉はいつもわからないまま始まって、分からないまま終わる。まるでアリスだ。常識が違うのだから、言葉遊びをしているわけでもなく、ひねくれているわけでもなく、噛み合わない。そちらとあちらが噛み合わない。

「じゃあさ、僕の事はどう思う?」
「はい?」
「僕は、嘘つきって言われてるだろ?そうしたらついこの間、新しい揶揄をされたんだ」
「ふうん?何て?」
「この詐欺師!だってさ。たしかに嘘つきは泥棒の始まりだなんて教育されてきたとはいえ、失礼しちゃうよね」
「そうかな。嘘つきで詐欺師だなんて、理想じゃない」
「理想?」
「うん、理想。詐欺師は嘘つきとは限らないけれど、嘘つきは詐欺師になるでしょ?だから嘘つきのままの詐欺師なんて、ブリとハマチが同じ魚で楽しめるようなものじゃん」
「ブリとハマチは昇進するタイプのやつだろ」
「進化してしまうけれど、ブリからハマチへの途中もあるし、カンパチになったらまた別のものだし。つまるところ、嘘をつけば嘘つきになるし、嘘つきは詐欺師になるし、でも詐欺師は嘘つきとは限らないし、嘘つきは嘘をつくとは限らないでしょう?けれどもみんな自分は嘘つきじゃない、だなんて嘘をつく。それは普通のことでしょう?」

俺の事は、つまりそういうふうに思っていたということで。嘘つきだと思っていて、けれど嘘つきは普通のことだと思っていて、普通は普通にひねくれていて、ああ、だめだ、頭パンクしそう。
これは質問を誤っただろうか。

「なんだか考え込んでいるみたいだけれど、さしてむつかしいことは言ってないよ」
「たしかに言ってはいないんだろうけど、ややこしい言い回しをしているだろ。ピースをくるくる回してわざと正しい位置にはめられなくしているような、まるで不思議の国のアリスみたいな物言いだ」
「ああ、パンは動くものだよアリス≠チて?」
「違うね、それは歪みのほうだね」
「何故知ってる」
「それはさてもとして、最初の質問に戻そうか。君は――嘘をつくことをどう思う?」

きょとん、と白い肌に刻まれた彫刻のように美しい目元をぱちくりとさせる。それからそれから、彼女はにこり、と花が咲いたみたいに笑った。

「私は特になんとも思わないよ。他人を傷つけてしまうことは言わないしね。保身的で自分を偽るためなら、ずっとこの口は嘘をつき続ける」
「正直者に生きたいとは思わなかったのかい?」

――だって。
彼女はゆくりなくそこで言葉を区切ると、ヒュッと音がしそうなくらいに息を吸った。皮肉なほど青い青い空を遮るように長いまつげを伏せて瞳を翳らせる。
そうして、彼女は嘘の笑みを浮かべて苦しそうに笑うのだ。

「私の本心なんて気持ち悪いだけでしょう?」

やっぱり彼女は笑うのだ――嘲るように、笑うのだ。
釣り上げられた口許は、今日も嘘を吐き続ける。
いつか僕が、彼女の嘘を肯定してあげられるまで。




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