如く


校門を出ると、地平線に暮れなずむ夕映えが赤く目に飛び込んできた。
薄紙を剥ぐように、日増しに太陽が顔を出している時間が長くなってきている。この分だと、もうじき桜の花明かりも見れなくなることだろう。春は全てのものが目まぐるしく移ろっていく。忙しなく、けれどその先の幸先へ手を引くように。
慣れ親しんだ、隣を歩くたるるを見遣る。今朝の早起きなんて夢だったかのように元気溌剌、今日八面六臂の大活躍をしたらしい。いつも通り楽しそうに跳ねる語尾に、それとなくいいタイミングで相槌を打つ。たまに御機嫌を伺うように低く見上げてくる視線に答えて僕の話をして、それにたるるがひねりの効いた半畳を入れる。
それは良くも悪くもいつも通りで。
ほんの少しだけ遅い時間。思いのほか長くなってしまったね、そうだね、なんて言っていても、僕達の間には満更でもない空気が流れる。
これも春にめかしこまれて絆された、毎年の“いつも通り”だった。

「あ!これぞまさに黄昏!」
「その話は一過性のものじゃあないの?!ひっぱるのかよ!」
「一過性のものだよう。一過性だからって、1度しか訪れないというのは酷い思い違いなだけで」
「またさかしらなことを……」

僕達が生まれてからずっと慣れ親しんでいる道を慣れた足取りで歩く。
ごくごくありふれた、一般的なしたもやの細いじゅうじろ。角から3軒奥の赤い屋根の舶来風の一軒家は、こぢんまりと近代的な大量生産型の住宅と肩を並べている。番犬らしく誰彼構わず太く吠えることに定評のあるゴールデンレトリバー(コヨーテ・6歳)は、人通りがないからか、夕餉の時間なのか、今は大人しくしているようだ。チェーンの音すら聞こえない。
時刻は17時から少し頭を垂れたところ。太陽が目を擦りながら今か今かと地平線に潜る準備をしている時間。夜が顔を出すのに比例して、ぽつらぽつらと街灯が点滅していく。もう幾分もなく、等間隔にまるく道路を照らすことだろう。
僕は気を向ける度に紺色に塗られていく空を見上げた。新学期に新調した赤いスニーカーはいささか歩きにくい。身に馴染むまでの辛抱だとアスファルトをつま先で叩いてポジションを整えながら、そういえば、と斜め前で髪の毛を指で弄っていたたるるの顔を覗き込んだ。
そこまで屈まなくてもーーどころか少し首を傾げれば覗き込めてしまうので、狙ってたそういう仕草をしたわけではない。僕とたるるの身長差が3センチだからである。
違うから。僕が低いんじゃないから。僕が低くてたるるが高いんだってば。

「何?小さいということを露呈したいのなら必要ないよ、そんなことしなくてもエヴァくんの小ささは水際立ってるから。色んな意味で」
「どういう意味だよ!なんで見上げただけでそこまで言われなきゃいけないのさ。違うよ」
「なあんだ。まあでも、エヴァくんはそのちいささも含めて憎からず思われているのだから、いいじゃないの……早く鬼籍に名前書かれればいいのに」
「ちょっと最後ストレートに人の死を願わないでくれる?!」
「もう、いちいち反応が囂しいんだけど!言いたいことがあるならそんなしおらしい顔しないで明るく尋ねてきなさいよ!」

どうやら僕がたるるを心配しすぎる節があることを見抜いていたらしい、まあ、僕自身もかのじとのやりとりで投げ付けられる罵倒をそこまで真に受けているわけじゃあない。むしろ微笑ましいとすら感じる。何故なら、御伽女木紫和という人間は気配りをされると過剰に照れるきらいがあるからだ。けんもほろろな返答をしたかと思うと、こうやって「照れ隠しですよ」と言葉の端々で口を滑らせるのだから、ツッコミ以外の説教でそれをかきくどくことができない。まったくほとほと、なんとやらである。
そんなたるるのきつうい心配りに甘んじて、僕は「じゃあ」と爪が伸びかけた指先で彼女の下瞼を指した。

「クマ、できてるよ。朝に言ったとおり、君が何かを抱えていて、それがあまりによんどころがない事情じゃあない限り、僕は力になりたいんだよ。僕らは有り体に一心同体なんだからさ、1人で倒れられたら困るんだよ」
「死なば諸共ー!」
「嫌だともー……って。こんっの唐変木!そんなに1人で抱え込みたいのかよ?それなら僕に勘づかれないよつにしろよ!目に留まったら心配するに決まってるじゃん!」
「……ぐう」
「ぐうの音は出るってか!」
「ぐうの音しか出ないの!もう!分かったわよ!包み隠さず話すわよ!そのかわり、もう、怒らないでよね」

いきったりたなごろを返したようにしおらしくしたり、忙しそうだ。怒らないってば。と自分とあまり変わらない高さにある頭を撫でる。そして叩き落とされる前にその手を引っ込めた。

「えっとね、」

どこから話したものか、と十字路を渡りながら唸るたるると僕のすぐ後ろをトラックが横切る。あまり広くないこの道を通るにはいささか大きすぎるそれに、咄嗟に思案に暮れているたるるの手を引いた。
ーーその折りしも。
たるるの後ろにある世界がーー変わった。



サンプルはここまでとなります。
本編は完成をお待ちくださいませ!




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