夏山蒼翠として滴たるが如し


ーーひとつめ、理科室の薔薇子さん。
ーー薔薇子さんはすごく可愛い女の子なの。あるときね、理科の実験中に事故がって、女の子がひとり大怪我をしたそうよ。何の実験だったのかはちょっと分からないんだけど、その傷跡があまりにひどくて。大人たちはそんな彼女に気を使って鏡を見せるのを躊躇っていたのだけれど、隠し忘れていたの。傷が一番酷かった、左腕を。
ーー骨が見えるほど爛れていたその腕を見て、自分の形相を想像して、気がふれてしまったみたい。その子は、退院してすぐにこの理科室で自殺したの。腕にいろいろな皮膚や肉をなすりつけてね。
ーーでもね、顔の傷、実のところそんない酷いものじゃなかったらしいの。
ーー可愛らしい薔薇子さん。彼女は今でも、左腕を治すために探している。
ーーだから理科室で会ったら危ないよ。腕の皮を剥がされちゃうよ。

ーーふたつめ、屋上の目目目さん。
ーー物知りな目目目さんは何でも教えてくれる。百目鬼の中の百目鬼で、過去も未来も、人の寿命だって、なんだって答えてくれる。屋上の給水タンクの梯子に知りたいことを書いてくくりつけてお願いをすると、3日後には靴箱に返事の手紙が入ってるんだって。
ーーでも、気を付けて。聞き方を間違えてはいけないの。目目目さんは規律や礼儀に厳しい性格らしいから。
ーーえ?頼みこみ?違う違う、お願いするときに大切なのはお手紙の書き方。えっとね、まずは質問したいことを明確に書くの。それから、【目目目さん目目目さん教えてください。よろしくお願いします。】って丁寧に書くの。ちゃんと名前も書くんだよ。
ーー?あと、それからね、目目目さんに聞いちゃいけないことがあるの。たとえば人の死についてとか。目目目さんは優しいから、本当にいいの?って聞いてくれるよ。それでも、それでいいって答えたら、彼女は教えてくれる。
ーーそのあと、知って人がどうなったかは、別の話だけどね。

ーーみっつめ、悪食の心喰朗。
ーー食いしん坊の心喰朗はいつもお腹をすかせている。大昔に、ここらへんで大規模な飢饉が襲ったらしいんだ。それはひどいものでさ、たくさんの人が亡くなった。村人はなんとか乗り越えようと、話を聞いて、困っていればみんなで食べ物を分け合う。争いは不毛だって協力していたんだ。
ーーそこそこ飢えも落ち着いてきた頃にとある少年がやってきた。異国の血が混じった、小さな少年だったらしい。お腹がすいたので、なにか食べ物を、と。
ーー村人は随分と不気味がった。飢饉で気が立っていたのもあっただろうけど、少年にとてもきつくあたった。優しくした人は「裏切り者」といわれ同じような扱いをされた。
ーーほどなくして少年は、飢えに耐え兼ねて、ひもじいと言って、死んだ。
ーーそれからその村では、時々小さな少年が現れるんだと。食べ物を探しにさ。
ーーだから目についたものはなんでもたべちゃうらしいぞ。
ーーそのなかでも一番の好物は人間の心臓らしくてさ、夜中に見回りしてた警備員さんが何人も食べられちまったって噂だぜ?

よっつめ、百人いれば千怪談
ーーえ?よっつめ?
ーーさあ、じつはよく知らないのよ。おかしいよね、3つめまでは皆知ってるのに。
ーーよっつめだけはみんな言うことはバラバラなの。
ーーあ、そうそう、私が聞いたのはねーー………
「ふうん。それってさ、知らないんじゃなくてーー」



先日梅雨明けを宣言したことが嘘のようにからりと晴れた空。遠すぎてまあるく見える青と雲に目を細めた。開け放たれた窓からは、日陰独特の生温い風がひやりと冷たい金属の机を撫でつけている。
山滴る7月中旬。あともう少しで夏もたけなわ、学校祭の時期である。ファイルや書類が壁の模様のように並んでいる部屋は、お世辞にも豪華な造りとは言えない。
そんな仕事量のわりに部屋がこぢんまりとしていることに定評のある生徒会室に、撫子色の髪をポニーテールにした女子、この麓咲高等学校の生徒会長ーー御伽女木紫和がのんびりと判子を押していた。
どこか覇気がないように見えるのは、動いても黙っていてもじんわりと汗が滲む気温のせいか、かいた汗が乾かない湿度のせいか、それとも別の何かか。スリルとイベントと気苦労に事欠かない我が高校(の生徒会室)では、夏日の昼下がりなんてものは毎年こんなものである。
ーーはあ。
何度目になるのか、ねっとりとしたため息を吐いたおりしも、見計らったかのように、机の端にあったスマートフォンが小刻みに震えた。
はいはーい、たるちゃんですよーっと、なんてまだ繋がってもいないスピーカーに向かって独りごちた。やけに声を張るのは、ささやかなストレス発散である。

「ほむ?うぃゆからだ」

ディスプレイを覗こうと持ち上げると、バイブレーションがぴたりと荒ぶるのを止めた。微動だにしなくなったことを鑑みるに、どうやら電話ではないらしい。
煌々と映し出されたのは、とても見覚えのある、それでいていつも厄介事を持ち込んでくる少女の名前だった。

「…………………………」

とある赤い着物の女性を彷彿とさせる言葉選びに、まだ残るあどけなさが重なっていて、ほんの少しちぐはぐだ。
そんな文章をスクロールしていく。結構長い。

「これは、芳しくないねえ」

ため息混じりの声は、声というよりも軽く、窓の外へと風が押し流していく。誰にも聞かれないまま、先ほどよりも幾分も重くのしかかるため息がつま先に落ちた。
睨め回すように読み返しても、無機質な文字はカタチを変えてはくれないようだ。

『あなたの学校、どうかしたの?いつも情報をいただいている方からの連絡がはたりと途絶えてしまったのだけれど。
それに、ここ一週間くらい、妙なことも続いているようだし。
なにかご存知ないかしら?
調べてご報告しやがれください』

調べて報告しろとは、簡単に言ってくれたものだ。数ヶ月前の事件を思い浮かべて、信用の賜物だと喜ぶべきなのだろうか、と嘲笑する。
うぃゆとて馬鹿ではない。むしろ下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、なんて労力と資源の無駄だと一蹴するような奴だ。
つまるところ、たるるに直接連絡を寄越したのには、確信的なものがあったから。
ーーたるる自身、自分の仕事だと認識できてきまうほどの、確信的な何か。

「あいにく、たるるは完全無欠のというわけではないんだーー」

完全でも無欠でもないけれど、これは生徒会長の任なのである。
たるるは風で乱れたポニーテールを結び直した。




サンプルはここまでとなります。
こちらは台詞のみの“シナリオ”になりますので、ゲームの完全をお待ちください。

感想等、ありましたらTwitterまで。




ALICE+