酷く冷たい碧眼を見た


「そこ、解き方違うんじゃないかな」
手帳とペンを手に、複雑な暗号に挑んでいたところ、突然後ろからこう声をかけられた。
蘭と小五郎とコナンの3人で出かけた先で遭遇した殺人事件。
現場は、とあるプログラマーの発表会だった。
被害者は、この発表会の主催者である、優秀なプログラマーの男だった。
被害者は、自分が犯人に命を狙われていることに気づいていたらしく、万が一にも犯人に知られてしまわないよう、自身のパソコンの厳重なセキュリティの中に隠した複雑な暗号に、犯人の名前と、その他諸々の情報を隠していた。
事件を紐解くためにはこの暗号の解読が必要不可欠だったのだが、如何せん、この解読には深い数学的な知識が無ければいけなかった。
もちろん、コナンにとってとてもじゃないが解けない暗号ではなかった。ただ、何日も何日もかけて作られたそれは、事件現場のダイイングメッセージのような、少し思考を凝らせば解けるような簡単なものではなかったのだ。
残された暗号を手帳に書き取って、解くこと5分弱。突然、それまで解けていた暗号に行き詰まり、コナンは考え込んでしまった。
そんな時に、後ろから彼女に話しかけられたのだった。

驚いて勢いよくそちらを振り向けば、コナンのものよりも少し色の薄い碧眼と目が合った。
肌の色は違ったが、その碧眼にかかるブロンドの髪とのコントラストが、コナンの身近にいる彼を彷彿とさせる。
それよりもだ。
「お姉さん、この暗号解けたの?!」
今、彼女はコナンの後ろから、解き方が間違っていると言った。
つまり彼女は、解き方がわかっていて、この暗号の答えも知っているということではないのか。
「まあ、一応…、そこ、ややこしく計算するから分からなくなるんだよ。もっと単純に…こう」
彼女はコナンのペンを手に取り、余白部分にスラスラと答えを綴る。
「…あ、なるほど!」
ようやく納得のいく答えが出たコナンはニヤリと笑顔を浮かべ、それから再び彼女を見た。
「お姉さん、すごい頭良いんだね。こんな難しい暗号すぐ解いちゃうなんて!」
「……昔から数学は得意でさ。それよりも君の方がすごいよ。君、最近キッドキラーって有名な子だよね。これ、高校生の数学知識で解けるかも怪しい暗号なのに」
彼女はその視線を、それまでコナンが解いていた暗号に釘付けにした。
「し、親戚のお兄ちゃんにいろいろ教えてもらってるんだ!それで…」
その視線がやたらと探りを入れるような視線で、コナンは思わず彼女から顔を逸らしたくなる。
彼女の両の碧眼はしばらくコナンを見つめた後、「まあいいや」の言葉とともにコナンから逸れていった。
的はずれな推理を披露する小五郎に感情の読めない目を向けながら、彼女はこう呟いた。
「君、そういう才能は隠しておくのが身のためだよ。碌でもない真っ黒な組織に攫われて、その頭を悪いことに使われちゃうかもしれないから、さ」
コナンへの忠告なのだろうその言葉に、コナンの“小学生の顔”が一瞬にして崩れ去る。
どんな組織なのかはっきりと言われたわけではなかったが、コナンにはそれで十分だった。
真っ黒で、優秀なプログラマーや頭脳を持つ人間を求めている組織。
「お姉さんって…何者?」
日本警察かFBIか、はたまた他国の諜報機関か。
「あー、ごめんね、自己紹介もしないでえらそーに…私は降谷涼。新卒行き遅れたせいで今はアルバイターだよ」
「降谷…涼さん?」
最近、その苗字を本名に持つ彼と観覧車で共闘したが、彼と関係があるのだろうか。
そう考えれば、顔が似ているようにも思うし、髪や目の色なんてそっくりだ。
もしもあの彼の姉か妹であるなら、彼女も公安警察に関係のある人間だったりするのだろうか?
「涼お姉さんって、警察の人?」
「…なんでそう思ったの?」
「だって、そんなに頭いいのにお仕事決まらないなんて不思議だし、ただのアルバイターさんがこんな発表会に来るかなーって思って。警察の人って正体隠して捜査したりするって聞いたことがあるから!どう、合ってる?涼お姉さん」
もしもこれが当たりなら、更なる協力者が増える可能性が出てくるのだ。果たして、どうだろうか。
数秒待った結果に返ってきたのは、涼の冷ややかな目だった。
「…発表会には興味があってきただけだし、それに私、警察官そのものに恨みはないけど、好きでもないの。ましてや私みたいな雑草が警察官になんてならないよ」
自分を雑草だと言い切ったその言葉が、やけにコナンの脳裏に焼き付いた。



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