Chapter8 〜修練〜





さらに半日が経過し。


「良く、体力が持つものだな…」


創り治されたテーブルでお茶を飲みながら、浮竹がぽつりと呟いた。

玲にコツを教わった甲斐あって、卯ノ花、七緒、浮竹、京楽の四名は、既に制御を終えていた。

それを終らせても。

七緒の霊力は、遠くで冬獅郎と白哉が放つ玲曰く半分の霊圧にすらぎりぎり届くか否か。

京楽、卯ノ花は一応超えはしたものの、その霊圧を放出しながら戦い続ける彼等を理解出来ない。

潜在霊力と言うのが魂魄が本来持つ資質に左右されるという事が良くわかった様だった。


「…やはり、天才、ですか」


「まぁそれでも。総隊長に喧嘩売る自信はついたかなぁ」


「京楽!滅多な事を言うな!」


静かに呟く卯ノ花に、京楽が茶々を入れ、浮竹が諌める。

そんな中、黙っていた玲がゆっくりと立ち上がった。


「桃、やちる、狛村。後どれ位掛かる?」


「…っーもうちょっと!」


「うん、私も後ちょっとだよ!」


「私もだ」


制御装置に手を翳し、必死に霊圧を抑えながら答える三人。

更木は…聞くまでも無い。

小さく溜息を付いた玲は、すっと冷めた視線を奥へと向けた。


「そう。じゃあそろそろあれ止めなきゃね」


呟いた彼女の手に、霊力が収束していく。


「何をする気だい?」


首を傾げる京楽に、視線は向けず、言葉だけ返す。


「見てて。今から、これぐらい出来る様になってもらうから」


そう言い置いて、玲は凛とした声音で詠唱を始めた。


「君臨者よ。血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ」


収束した霊力が凝縮し、光を強め、周囲の空間が揺らぐ。

玲自身の霊圧は殆ど変わっていないにも関わらず。

その手に収束する力は、隊長達でさえ目を見開く程の物。


「真理と節制罪知らぬ夢の壁に僅かに爪を立てよ」


紡がれる詠唱は、死神ならば誰でも知っている低位の物。

しかし、収束する霊力は甲高い音を立て、発光し、周囲に突風まで巻き起す。


「破道の三十三、蒼火墜」


誰もが目を見開く中で、放たれたその蒼炎は。

目で追えぬほどの速力と、圧倒的な威力を持って。

ぶつかり合う桜と氷を消し飛ばし、尚も衰えず遥か遠くの壁にぶつかり巨大な爆発を起こした。


「何…だ、今の」


ぎりぎりの所で回避した冬獅郎はそれが蒼火墜だと理解出来なかった。


「…玲、か」


爆風を千本桜で防いだ白哉は、眉を潜めて術者を見遣った。

近くで、がしゃんと陶器の割れる音がする。

しかし、玲は真っ直ぐに冬獅郎と白哉を見据えていた。


「ねぇ…もう、良いよね?」


にっこりと笑みを浮かべた玲は、誰から見ても美しいのだけれど。

その美しさ故に、隠された内側の怒気に、誰もがぞくりと背筋を凍らせる。

指一本動かす事も憚られるほどの、緊迫した空気が、広い空間全てを占拠した。

冬獅郎や白哉とて、例外ではない。

ぴしりと表情を凍らせた彼等は、尤も怒らせてはならない少女の怒りを目にして冷や汗を流す。


「…悪、かった」


「玲…すまぬ」


即座に側に寄って反省の色を見せれば。

玲は静かに溜息を吐いて、纏っていた空気を霧散させた。

瞬間、嘘のように空気が弛緩して、皆が詰めていた息を吐き出した。


「ほら、無茶しないでって言ったでしょ?」


仕方なさそうに、冬獅郎と白哉の身体の傷を癒す玲は、一瞬前とは別人だった。

大人しく傷を治してもらいながら、どうして良いか分からない彼等。

二人が不自然に目を泳がせる様が余りに珍しく、ついに京楽が噴き出した。


「ぶはっ!君達もそんな顔するんだねぇ!まるで親に怒られた子供みたいだ!あはははは!」


「っ、京楽、笑、うな…くっ」


若干涙目になりながら堪えている浮竹も堪えきれていない。

ぴしりと青筋を浮かべながらも、いつもの様に怒鳴れない冬獅郎と、すっと無表情に戻った白哉だったが。


「ふふ、シロちゃんのそんな顔初めて見た!」


「ななちゃん!撮った?!撮った?」


「抜かりありません」


「面白いものが見れましたね」


くすくすと笑いながら、カメラを仕舞う女性陣に、冬獅郎が耐え切れるはずもなく。


「てめぇら…!」


即座に氷の龍を生成するも、


「冬獅郎?」


呼び掛け一つで動きを封じられ、氷も割れて破片に変わる。

因みに玲は縛道など使ってはいない。

唯、今の彼にとって、玲の一声がその精神に多大な影響を齎すだけ。

後で完膚無きまでに映像を隠滅する事を胸に誓い、今は兎に角落ち着く為に深く息を吐いた。


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