Chapter10 〜予兆〜
「玲、玲…」
私の名前を呼ぶ声が聞こえる。
ぼんやりとした意識の中、目を開く。
そこは、見慣れた屋敷の天井で。
「目を覚ましたか」
何処と無く安堵した様に微笑むのは、白哉。
起き上がろうと身体を動かすも、上手く動かない。
「熱が上がったか?」
私の様子に気付いて、起こしてくれる白哉は、昼間とは雰囲気が違う。
それはいつもの事だけれど。
私の身体に触れた彼は、珍しく目を見開いた。
「前回もこの様な衰弱を?」
少し記憶を探って、首を振る。
今日の反動は、四神封印だけの物じゃない。
霊圧をほぼゼロにした状態で月読が破壊閃を撃った反動も、その後、無理して天照を使った反動も顕著に出たのだろう。
身動ぎするのも、辛い程弱った身体を、霊力を纏って強化する。
「無茶をするな」
それも眉根を寄せた白哉に霧散させられて、彼の腕に寄り掛かる。
「っ…はぁ、びゃく、や?」
「やはり解熱剤くらいは貰っておくのだったか」
「…薬は…効かない、よ…。私は…身体に、異変をきたす物、全部…拒絶しちゃうから」
「そう、か」
彼の瞳が不安に揺れる。
それは、私の心を締め付けた。
「白哉。大丈夫、だよ?」
「その様な身体で何を言う」
「大丈夫。今、天照が治せないのは…封印の反動が…時間制の、物だから。六刻もすれば、縛りは解けて、治癒も出来るの」
「六刻…後、二刻程か」
時間の話をしていて、私は忘れていた事を思い出す。
「あ…修行場所の扉、開けてない」
「案ずるな。既に地獄蝶にて、其方が倒れたと各隊長達には報告を入れた。待っておる者など居まい」
それを聞いて安堵する。
自分で言い出したことなのに、意識を失って忘れるなんて情けない。
しゅんと肩を落としていると、白哉にふわりと撫でられた。
「気にせずとも良い。其方の所為では無かろう」
「私が…月読と向き合って無かったから、暴走したの。飲まれることに恐れて、対話さえ出来なかったから。私の所為だよ」
「恐れは人の心が生むもの。ならば、其方に心を与えた我等も悪いという事になるな」
「…白哉、それ、無理矢理過ぎ…」
「否。彼奴…月読が言っていた。我等が其方に心を与えた所為で、其方に隙ができ、出て来られたと」
「…隙、か。確かに、揺れてたね。私」
呟くと、白哉の真剣な瞳と目があった。
黒曜の様な、澄んだ瞳と。
「きっかけが、あったであろう」
真っ直ぐなその眼差しは、嘘や誤魔化しを許さない。
「桃と、話してたの。その会話で出てきた、愛って何だろうって考えた。そしたら…頭割れそうになって。意識霞んで。それで」
「彼奴が起きたのか」
「ごめんね、理由、くだらなくて」
私の心の変化に、世界が拒絶を示した。
月読は、普段自分を押さえ付けているそれが私に向いた隙を突いたんだ。
不安定になった、私と世界に、牙を剥くために。
「そんな事は無い。だが、急く事もあるまい」
「うん…そう、だね」
また、意識が遠くなる。
もう少し、この温もりを感じていたいのに。
気怠い身体が、許してくれない。
「白哉…口付け、して?」
ぼんやりとした意識の中でも、彼が驚くのが見えた。
けれど直ぐに淡く笑って。
唇に触れた温もりに安堵して、私はまた、眠りに落ちた。
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