Chapter7 〜奇蹟〜





総隊長に、各隊長格達への言付けをして戻ってきた私は、一応扉を叩いてから部屋に入った。

閉じられていた翡翠の瞳が開かれて、私の姿を捉えると、縛られそうになる心を叱咤して。


「冬獅郎。付いてきて?」


頷いて立ち上がる彼と共に向かったのは瀞霊廷の中央部から離れた崖の中腹。

まだ何もないそこに手を翳した私は、天照に呼び掛けた。


「天照。前方捕捉。異空間の創造及び内部の整備を」


―畏まりました。


かっと掌から虹色の光が溢れて、目の前の切り立った崖の内側に、質量を無視した巨大な空間を生み出す。


その中を幾つもの部屋に分けて居住区を創り、完全に霊圧を遮断し、時の流れを捻じ曲げた。


「ふぅ。最近霊力使い過ぎてちょっと最大値上がった気がする」


「そんなんで上がんのか」


「潜在霊力が上限に達してからは、霊力を大量消費すると上がるよ、少しずつだけど」


此方を見ていた冬獅郎は、何かを諦めた様に息を吐き、視線を今し方出来あがった穴へ向けた。


「そうか。で?この穴はなんだ。普通の穴じゃねぇだろ?」


「うん。こっちの一時間はこの向こうの一日になる様に時空捻じ曲げてみた」


「………」


「………」


暫くの沈黙の後。


「おい。さらっと怖いこと言うなよ」


「時空調整なんて今更じゃない。ほら、入るよ。このぐらいやんなきゃ、特訓になんてならないんだから」


「…待て。なら昨日のあれも…?」


「うん。創造し直すより回帰させる方が簡単だったし」


「…もう何も言わねぇ…」


「うん、そう?」


がくりと肩を落とす冬獅郎の背を押して、穴へ入る。

すぐに少し開けた空間に出て、左右に道が枝分かれしている。

其処を通り過ぎて真っ直ぐ歩くと、直ぐに広大な空間に出た。

何処までも続くかの様に錯覚させる程の広い空間。

天井は青空で、目の前は少しの荒野と奥に森林。

出張った崖からは滝が流れ落ちているのが遠目にちらりと見えた。

唖然としている冬獅郎の手に、氷の結晶の細工を入れた少し華奢な制御装置を渡す。

黙って眉間に皺を寄せる彼に、左腕を指して促した。


「今の外してこっち付けて?」


「…分かった」


言われるままに制御装置を外した冬獅郎の霊圧が跳ね上がる。

しかし、今手渡した専用の物を付け直すと、それはがくりと下がった。


「これは…」


驚いて目を開いている彼は、どうやら近付いてきている気配に気付いていないらしい。


「どぅも〜。お二人さん。こんな所で何してるの?」


「京楽隊長。早かったね」


派手な羽織の隊長の後ろからおずおずと顔を出す副官の姿を見て私は微笑んだ。


「伊勢副隊長。来てくれたんだ」


「いえ、あの。お邪魔しています…。それより瑞稀さん。その呼び方は…やめて頂けませんか」


酷く恐縮した様に身体を小さくする彼女に、首を傾げる。


「どうして?」


「いやぁ…昨日指一本で吹き飛ばされた相手に敬称で呼ばれてもね」


「あら、根に持ってるの?」


「いやぁ?自分に置き換えて考えてみなよ?」


暫く考えた後。

確かに嫌味にしか聞こえないのかもしれないと溜息を吐いた。


「じゃあ、七緒。京楽隊長は京楽ね」


目を見開いてこくりと頷いた七緒が無性に撫でたくなったが、


「酷いなぁ。なんで僕は名前で呼んでくれないんだい?」


何故かかなり悄げた様子の京楽に息を吐く。


「あ〜はいはい、今度ね。他に誰か来そう?」


「えぇ〜玲ちゃん冷たくないかい…?他は…手の空いてる隊長と副官は皆来るんじゃないかい?十一番隊は知らないけどね」


それを聞いて、今まで何か言いたそうに口を開いては閉じていた冬獅郎に視線を向ける。


「ついでだからね、暇な人に声かけてみてってお爺ちゃんに言っといたの」


「…成る程な」


取り敢えず納得した冬獅郎に、さっき言えなかった説明を付け加える。


「後それね、数字が見えるでしょ?」


「…あぁ」


「幾つになってる?」


「68」


「それが今の冬獅郎の霊圧制御率。先ずはそれを100にしなきゃ始まらないよ」


「どうやって……またか」


会話の途中で姿を現したのは浮竹だった。


「…纏めて説明していい?」


「…分かった」


広大な空間に呆然としていた浮竹が、はっと我に返って此方に寄ってくる。

それを確認して、私は彼等の制御装置を創り始めた。

昨日通信機で彼等に報酬として提示した、潜在霊圧制御装置を。


「玲。それかなり霊力食うんじゃ無かったのか」


何時もより時間のかかる創造に、冬獅郎が厳しい目を向けて来る。


「確かに其れなりに力使うけど、昨日の一日一個は嘘だよ」


「…だとしても、お前持つのか?」


翡翠の瞳が心配そうに揺れていて、私はくすと微笑んだ。


「大丈夫だよ。私霊力の回復早いし、この空間は霊子の濃度も上げてあるから」


持つ、と断言しなかったからか、彼の眉間の皺が深くなる。

けれど、私も断言までは出来ない。

流石に、後十人来れば倒れる自信がある。

多分大丈夫だろうけど。


その予想通り、続いて来たのは白哉と更木とやちると桃、卯ノ花と狛村の面々だった。

今現世に行ってる副官達が瀞霊廷に居たら死んでたかも、なんて苦笑しながら。

ぎりぎり出来た潜在霊圧制御装置を全員に渡して。


「それ付けて、頭に浮かんだ数字を100にしてね。
白哉は、今付けてる制御装置外してから。
因みに、一回付けたら、100になるまで絶対外しちゃダメだよ。
コツは…自分で掴んで…。私ちょっと横になるから」


「は?丸投げかよ」


文句を言う更木に眼帯外しなよ、と警告して。

恐らく一番早く制御を完了させるであろう白哉と冬獅郎に部屋の場所だけ教えて。

私はその場を後にした。



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