「あんた心配になるんだよね・・・・・・いろいろと」
 いつだったかなまえが太宰に言われた台詞である。
 みょうじなまえは、ある図書館の特務司書を務めている。既に成人している女性だ。が、普段心配される側の太宰にそう言われるほど――なまえは抜けていた。あまりのボケっぷりに、最初は「司書さん!」と可愛かった太宰も、気付けば「なまえ」と呆れ混じりに呼ぶほどである。
「太宰先生ってダメなところもあって、しっかりもしてますよね」
 そのため、なまえがこう言うと「うんんんん?」と佐藤や織田が首を捻ったのには、なまえは不思議でならなかった。


 これはある日のエントランスホールでの出来事である。
「外に出るときはよっぽど俺を連れてけって言ったじゃん!」
 太宰の大声に、この後潜書をする予定の佐藤と織田の二人が立ち止まった。なんだなんだと声のする方に行くと、太宰が司書であるなまえに何やら怒っているようだった。周囲もそんな二人をやや気にしているように見えた。
「子供じゃないから大丈夫ですよ」
 なまえがそう主張した。すると悟った声で太宰が、
「子供の方が警戒心強い分まだマシだよね」
「何それどういうことですか?」
 織田があそこ入りますか?と指さし、佐藤がいややめておこうと両手でバツを作った。
「変な事されてないだろうな?ナンパとか勧誘とか」
「されてませんよ」
「本当に?」
 太宰が訝しそうな声で問い詰める。
「茶髪の人にお茶しない?って誘われたくらいですね」
 いやそれナンパ。
 思わず織田と佐藤が心の中でツッコミを入れた。
「それを!ナンパって言うんだよ!」
「・・・・・・そうなんですか!?」
 太宰のツッコミとなまえの本気で驚いた声も相まって、二人で漫才をしているみたいになっていた。
「あ、でもその後、志賀先生が来て茶髪の人どっか行きました」
 なまえがそう言って、ああそれは良かったと安心する織田と佐藤。
 ところが太宰はそうではなかった。
「また!?あいつと外出先で会うの何回目!?」
「えーと、何回でしょうね?」
「今月四回目だよッ!」
 え、と思わず織田の口から漏れた。確かにそれは多いかも・・・・・・いや多いな、と佐藤も思った。
「わーすごい偶然ですね」
「そうだね偶然だね!」
 太宰はヤケクソになって答えていた。十中八九偶然ではない。
「だから!志賀とナンパと勧誘には気を付けろっていつも言ってるでしょ!」
「それはどういうことだ?」
 なんか来たんですけど。
 織田と佐藤は新たな登場人物を目にすると、うわ、と思った。
 新たな登場人物――志賀だった。
「なまえ、外に出るときはこれから俺がついてってやろうか?」
「結構です志賀先生。なまえは俺と一緒に外出します」
 尖った太宰の声に対して、志賀の声はいつも通りである。
「俺がついていくなら問題ないだろ?」
「そのあんたが胡散臭いって言ってるんです」
 棘を含んだ声で太宰はそう言った。
「外出先でほぼ毎回会うってどういうことですか?今月にきて四回なんですけど?」
 言い募る太宰に、志賀はあっけらかんと答える。
「まあ、そういうこともあるよな」
「あってたまるか!!」
「そう犬みてえにキャンキャン吠えんなよ」
「誰が犬だてめーッ!!」
 太宰が噛み付き、そこでようやく織田が「ちょっーと落ち着こかー!」と動いたことで二人の口論は終わりを迎えるのだった。


 志賀がそれじゃあなと去っていった所で残ったなまえと太宰、織田と佐藤はエントランスホールから場所を移して談話室で話をしていた。太宰はさっきの志賀のことがあったからだろう膨れた顔をしていて、なまえはこのお茶美味しいですねえと呑気だった。
「太宰クン、そうぶすくれんと」
「だってなまえとあいつが外で会うの今月四回だし」
「まあ確かに多いが、それだけ志賀さんも司書のことが心配ってことなんじゃないか?」
「違う」
 織田や佐藤に宥められても太宰は子供のようにそう答えるばかりだ。織田がめんどいなあと思っていると太宰は顔を上げてこんなことを言い始める。
「・・・・・・なまえと志賀が会うの、先月は何回だと思う」
「え?」
 突然太宰がそう言うので織田は聞き返したが、太宰は相手の返事を待たずに簡潔に答えを口にする。
「十五回なんだよ」
 思わず織田と佐藤の目が点になった。じゅうごかい・・・・・・十五回?
「なまえの自己申告だから本当はもっと多いかもな」
 十五でも衝撃的なのに、太宰はそう言ってのける。
「は、はは、志賀先生って過保護なんやな」
 織田は現実逃避をするようにそう口にしていた。いやいやまさか志賀直哉ともあろう人がそんな・・・・・・まさかまさか。
 そんな織田のわずかばかりの希望を打ち砕くように、太宰は「なまえ曰く」と口を切った。
「本読んでる時に後ろから密着してきたり、紙で指切ったら口に含んできたり、書類仕事の後ほっぺにキスをされたりしたそうだけど」
 辺りがシーンと静まり返った。
 織田は太宰を見つめた。
「志賀先生って享年、」
「八十八だ」
 太宰が断言した。
 織田はぱちぱちと目を瞬かせてから口を開いた。
「ろりこ」
「一応志賀さんの名誉のためにもやめておくんだ」
 ん、と織田が言い終わらないうちに、佐藤は織田の口を手で塞いだ。
 再びその場に重い沈黙が訪れた。
 唯一会話をほとんど聞いておらず、一人ぼんやりしていたなまえが三人の表情にびっくりした顔で、
「皆さんそんな暗い顔してどうしたんですか?」
「いやあんたの話やッッ!!」
 織田は太宰の苦労を理解した。
 この日を境に、佐藤と織田が目元を押さえて、「太宰えらい」「お司書はんもっとしっかりして」と言うようになり、なまえは不思議そうに首を傾げていた。


***


 事の始まりは一か月前、なまえがぽろっと志賀の名前を太宰にこぼしたことだった。
「志賀ぁ?」
「なんだか最近、志賀先生とよく会うんですよね」
 そう言ってなまえは指折り何やら数え始めた。
「・・・・・・何で指折ってるの?」
「今月志賀先生と外で会った回数。たぶん十五くらい?」
「は?多くない?」
 それ指足りてないじゃん。
 なんだあいつ過保護か?と太宰は思った。
「今日も外でばったり会っちゃったんですよ」
 偶然じゃないと気付け。太宰は言っても分からないだろうなまえに心の中でツッコミを入れた。
 それにしても志賀がそうまでなまえを気に掛けているとは。神様だのなんだの呼ばれるあいつも元は親だし、子供が恋しくなったのだろうか。
 考える太宰をよそになまえは「志賀先生といえばですね」と喋り始めた。
「作った料理食べないかって言ったり。ソファで寝たふりしてる時に髪触られたり。買い物先で服とかアイスとか買ってくれたりしてくれるんです」
「へえー」
 マジでなまえのこと子供か孫だと思ってんな。
 と、この時までは太宰もそう思っていた。
「けど、本読んでるときに後ろから密着する感じで何読んでるんだって聞かれたり」
 ん?
「外ではぐれると危ないからってぴったり手を重ねたり」
 ・・・・・・?
「紙で指切ったときに血が出て口の中に入れられたり」
 ・・・・・・。
「書類仕事を終えて頬にキスされたこともあって」
 太宰の顔は険しかった。
「ちょっと困っちゃいますよね・・・・・・ってあれ、太宰先生どうしました?」
 なまえは黙り込んでしまった太宰を不思議そうに見た。
 太宰は難しそうだった表情から冷静な表情に変わり、すっと目を伏せ、次にはなまえの目を見て静かに問い掛けた。
「最後のそれどれくらい前の話?」
「え?ええと、一週間前ですね」
「じゃあ本読んでる時に後ろから密着されたのは?」
「うーん、二週間前くらいですね」
「寝たふりした時に髪の毛触られたっていうのは?」
「あっ。それだいぶ前ですね。一か月は前だと思います」
 なまえが質問に答えると太宰は考え込んだ。
「これまで志賀からなにか言われたりした?」
 太宰は確かめるような口調でなまえに尋ねた。
「なにかって・・・・・・?」
 なまえが首を傾げると、太宰は「そっか。・・・・・・そっか」と言い、
「教えてくれてありがとな。ちょっと用事済ませてくる」
 小さい子供にするようになまえの頭を撫でると、立ち上がった。


「何でもお前の思惑通りに行くと思ったら大間違いだぞクソジジイ・・・・・・」
 カツカツとブーツを鳴らしながら廊下を歩き、太宰は悪態をついた。
 なまえは知らぬ間に志賀に外堀を埋められようとしている。だんだんと距離を詰めてきている、いや、そんな言い方では優しすぎる、なまえに対してやることがエスカレートしているのがいい証拠だ。
 クソ野郎、と太宰は心の中で吐き捨てた。
 気付かないなまえが悪いとはいえ、いくらなんでも本人の知らない間に囲われているのでは、あまりにも可哀想である。
 太宰だって志賀が直球で告白をするのなら何も言わない。なまえには冷たいかもしれないが、勝手にすればいいと思う。それは太宰が首を突っ込むことではないからだ。
 だが、事はそうではなかった。
 太宰が気に食わないのは、告白もしないでなまえに近寄ろうというその考えである。好きなら正面からいくぐらいの気概を見せろ。姑息な手を使いやがって。
 元より太宰は志賀が嫌いだが、今回の件で更に腹に据えかねている。
 太宰はあるドアの前で立ち止まった。ノックをして声を掛ける。
「太宰治です。ちょっとお時間いいですか」
 当然、志賀の部屋である。


***


「オダサクさんも心配しますよ」
 なまえは階段でうずくまる太宰にそう声を掛けた。ぴくりと体が動き反応した太宰だが、振り返ることはなかった。よいしょとなまえは太宰の横に腰を下ろした。
 今回何があったのかなまえは知らないが、何かあって気の滅入っている太宰を連れ戻しに来たのだ。
「太宰先生お昼ご飯食べてないでしょう?」
「食べてない」
 ぐずぐず鼻を鳴らして答える太宰に、なまえは「そうでしょう」と言って徐に一つの袋を取り出すと、
「じゃーん。あんパンを持ってきました」
「・・・・・・それお前のおやつじゃん」
「そうです。なので半分こです」
 なまえは袋から出したあんパンを半分にちぎると、「はい」と言って太宰に差し出した。もそもそと太宰はあんパンを食べ始める。「・・・・・・甘」となまえの横で呟く声が聞こえた。
「そういえば太宰先生は、私に心中しようとは言いませんね」
 突然、太宰の方を見ないでなまえがそう言った。
 あんパンを食べ終えた太宰は、ちらりとまだあんパンを食べているなまえを見て、口を開いた。
「お前には言わない」
 そんなになまえが「いいですよ」と頷くように見えるのだろうか。
「そうですか。じゃあ戻りましょう」
 最後の一口を食べたなまえがそう言って立ち上がると、太宰も釣られて腰を上げた。立ち上がると当然、太宰の方が背が高い。なまえは太宰を見上げながら声を掛けた。
「お昼ご飯の分も食べに行きましょうね」
「その前に顔洗わせて」
「じゃあトイレ寄りましょう」
「お前トイレまでついてく気なの」
「見張りするのでトイレ前までは」
 太宰となまえはそんな会話をしながら廊下を歩いていた。
 歩きながらなまえは、きっと太宰に心中を強請られても「はい」とは頷かないだろうと思った。
(だって・・・・・・)
 死んだら先がないじゃないですか、太宰先生。


「んん・・・・・・?」
 ふわ、となまえは起き上がりあくびをした。随分前の事を夢に見ていた気がする。そう思いながら、よいせとベッドから抜けて支度を始めた。
 確かに抜けているがなまえもただの馬鹿ではない。
 志賀に好かれているのだろうとは気付いているが、なまえなりに一線を引いていた。
 どこを好きになってくれたんだろうなあとなまえは困っていた。なぜか街中で会ってしまうし色々買ってもらってしまうし。さすがに頬にキスをされた時は「やめてください」ときっぱり伝えたのだけど。
 ぱ、となまえは後ろの髪をゴムで結んだ。
 鏡の前で前髪をいじり、身だしなみを確認の後、よし、と笑って部屋を出た。
 廊下を歩きながらなまえはまたさっきのことを考えていた。
 志賀に好かれている、のは間違いないのだと思う。しかし、なまえはどうしたって志賀の気持ちに応えられないのだ。
 なぜなら――。
「私、何でも出来てしっかりしてる人より、ちょっとダメな人の方が好きなんだよね」
 呟くような声はすぐに廊下に消えてしまう。
「太宰先生、太宰先生」
 なまえは歌を歌うように名前を口ずさみ、機嫌よく食堂に向かう。
 そして、開いた食堂の扉から、見つけた赤い髪。
「あっ、太宰せんせーい」
 なまえは太宰の元へ駆け出した。


***


 その日、侵蝕者の攻撃をまともに食らった志賀は気が立っていた。補修室に入ってからも神経質だった。司書であるなまえは志賀の様子を見に来たことが伺えて、いつもならわざわざ悪いなと思うのに、その日に限っては駄目だった。
 だからと言ったら言い訳になるだろうか。志賀がなまえの手を叩き落したのは。
「触んなッ!」
 そう言ってからハッとして志賀は勢いよく顔を上げた。
 なまえは叩かれた手を見て、パチパチと目を開いたり閉じたりしてから、次に志賀の目を見た。
「しばらく一人にしますね」
 なまえはそれだけ言って補修室を出て行った。
 志賀は血の気が引いていくのを感じた。
 俺はなんてことをした。
 補修室にいる間ずっとその事が頭を離れなかった。だから志賀は真っ先に司書室に向かい、すまなかったと頭を下げに行ったのだ。
 が。
「ああ。さっきの。ちょっとダメになってた時のあれですか」
 けろりとした表情でなまえはそう言った。
 かなりキツいことを言ったし、したはずなのだが、
「志賀先生にもああいう所あったんですね」
となまえはぽやぽやそんなボケた返答をするので、志賀は下げていた頭を上げ唖然としてしまった。
 それで済ませていいのか。
 良くないだろ大丈夫か。
 それから心配になった志賀がなまえを気にかけるようになったのが始まりだった。なまえは見れば見るほど心配な女で、こちらがハラハラするようなことをやってのけるのだった。例えば、何冊もの本を抱えて階段を降りている時は志賀もさすがに「手伝うぞ」と呼び止めた。
「え?大丈夫ですよ」
 大丈夫じゃない。
 志賀はなまえの言葉には構わず本を奪った。なまえは三、四冊の本を持ちながらなおも「大丈夫なのに」と言っていたがどう考えてもあの量を一度で持っていこうとするのはおかしいと思う。
 そんな具合で志賀はなまえを気に掛けていたのだが、ある時志賀は気付いた。
 どうやらなまえは太宰が好きらしい。
 図書室で本を読んでいて、ふと読み終わり顔を上げると遠くに太宰となまえの姿があり、志賀は眉をひそめてトントンと指で机を叩いた。
 どうもこうも面白くねえ。自分がなまえに近付くと困ったように微笑むことが多いのに、太宰相手だと自然に笑ってむしろなまえの方から近寄ってくるのだ。
 せめて親友の武者小路だったなら話は別だが、なまえが好きなのは太宰。精神的に参ると死にたいだのなんだの言い始める奴だ。頼りにならない。金遣いも悪い。しかも生前は散々遊んでいるような男だ。
 そんなのは認めるか。
 この時、志賀は自分も生前遊んだ人間であることを完全に棚に上げていた。
 そもそも何が面白くないのか。なぜ頭ごなしに太宰は駄目だと思うのか。
 志賀だって気付いていたのだ。


「太宰治です。ちょっとお時間いいですか」
 ひと月前、太宰が乗り込んできた日があった。
 驚いてドアを開けるとそこには確かに赤い頭のそいつがいて、一体何をしに、と志賀が考えていると先に向こうから口を切った。
「貴方がなまえにしていることを、なまえから聞きました」
 志賀はどきりとしたが冷静を装った。
「・・・・・・そうか。それで何の用だ」
「何の用?」
 太宰は志賀の言葉を繰り返すと志賀を思いきり睨みつけた。
「あんたのやり方が気に入らないから、あんたがなまえを好きだろうと知らねえ、邪魔してやるって言いに来たんだよ」
 太宰は敬語もとっぱらって志賀に啖呵を切った。
「あの子にあんたは相応しくない」
 いつしか志賀が太宰を認めないと思ったように太宰もまた志賀は認めないと言っているのだった。
 志賀が何も言えず黙っていると、太宰はその姿を鼻で笑って皮肉たっぷりにこう続けた。
「そんなになまえに告白することが怖いですか。貴方ともあろう人が」
 志賀はひくりと引き攣りそうな口元を抑え、そうだとも違うとも言えないで、「失礼しました」と去っていく太宰を見ているだけだった。
 図星だった。
 そして志賀となまえについて口を出す者はこれだけではなかった。
「僕は志賀を応援するよ。でもね・・・・・・見ていてやり過ぎかなと思ってる」
 武者小路にまで言われたのもそんな折だった。
「ああ、分かってる」
「なまえさんが困ってるよ」
「・・・・・・それも分かってる」
 分かっているけれど行動しないのではそちらのほうが性質が悪いに違いなかった。


 しばらくして志賀はなまえに対するアプローチを変えた。ほぼ真っ黒、ストーカーじみた行為をやめたというだけでなまえに話し掛けるのは変わらない。日常においてなまえに声を掛けたり業務を手伝ったりすることにした。・・・・・・それでも太宰に今月四回も外で会ってると言われているが。これに関してはなまえが心配だから不可抗力なのだと志賀は言い訳する。事実ナンパに遭っているなまえを助けたのだから志賀のこの言い訳は通ってしまうのだった。
 そして。
 今日も志賀は食堂でなまえの姿を待っていた。もうすぐ来るだろうかと思っていたらなまえが太宰に駆け寄っていくところで、志賀は内心舌打ちした。
「悪いムシャ、ちょっと行ってくる」
「ほどほどにね」
 武者小路にそう言われながら、志賀は二人の方に近付いていった。近くにまで来た志賀に気付いた太宰が、げ、と露骨に顔を顰め、次いで気付いたなまえは「あ、志賀先生」と言った。
「白樺の所で食べたらどうです?」
「こっちで食ってもいいだろ?」
「良くないので帰ってくれませんか」
「そうつれないこと言うなよ」
 太宰に去れと言われるがこちらとしても引くわけにはいかない。志賀は笑顔を向けるが内心穏やかではなかった。大人げなくて結構。なまえが太宰を見ている事に腹が立つので、太宰が邪魔しようとなまえが太宰を好きだろうとこちらだって全力で邪魔をしていくつもりだ。
「あっちに行け」
「断る」
 それに、お前にその気はないのだから俺がなまえを掻っ攫ったって構いやしないだろう?
 志賀は心の中で呟くと太宰を視界の外に追いやった。
「おはようなまえ」
 志賀はそう言ってなまえに笑いかける。横から太宰が何か言っているが聞こえてないことにする。
「おはようございます、志賀先生」
 またなまえは志賀に困ったように微笑んだ。

乙女心は複雑怪奇

back