ひどい寒気になまえは目を覚ました。
ゴミ袋、薄暗い場所、ここは路地か・・・・・・?
これはおかしい。
外だ。家ではないどこか。まるで夢を見ているようで、訳もわからず光のある方へ足を踏み入れた。やわらかな白のまばゆさに、思わず目を細める。
湿ったにおいのする路地を抜けると、ぽつぽつと人が歩いている。きっと早朝だ。"CLOSE"の看板がぶら下がった喫茶店を横目にそう思った。
ふと流行りの服を着たマネキンが、ガラス越しに私を見下ろしていた。そして、そのガラスにうっすらと映ったのは、
「なんと」
もにぃー。両手で頬を横にのばす。マシュマロ肌でやわらかかった。
小さい女の子だ。小学校三、四年生ごろの私みたいな。
これもおかしい。
私は高校一年生なのだから、もう「小さい女の子」ではない。しかし、私を凝視する子供は、床に足を縫いつけられたように身動き一つしない。
あんまりにも非現実なものだから、やはり夢なのだと私は結論づけた。つけたが、燻りだした不安は私を突き動かした。
忙しそうに歩くサラリーマン風の男性に「あの、」と声をかける。見るからに急いでいるのに足を止めた男の顔は、迷惑ですと言わんばかりだった。さして考えもせずに呼び止めたため、やや逡巡してから口を開いた。
「ここはどこですか」
私はこれを、今の状況に合ったぴったりな表現であると思った。
そうだ。ここはどこだ。
だが、私の心情など男は知るよしもない。苛立たしげに男は、
「三門市だよ」
と口早に去っていった。
もちろん私が聞きたいのはそんなことではなかったし、男のそれが説明するつもりのない言葉であったことなんて明らかだった。
――――ミカドシ。
馴染みのない土地の名を、心の内で口にする。
しばらく歩いて、ちょうど目に止まった看板には「三門市」という文字と共に地図が載っていた。何気なく眺めていたが、驚いて、食い入るように見つめ、地図の上を指で何度もなぞった。そうしてその場を後にした。
赤から青へ。信号が色を告げ、横断歩道に人が広がっていく。スーツを身につけた大人が大半を占めていたが、セーラー服をまとった学生の姿もちらほらあった。
私はその波に逆らうようにして歩み始めた。ただ急がなければならないような気がした。足を動かしていたのは、それだけだった。
進めば進むほど人は少なくなっていって、立ち入り禁止を無視して廃墟に侵入すると、とうとう私を除いて誰一人いなくなってしまった。
割れた窓ガラス。崩れ壊れた家々。滅茶苦茶だな。私は、青い瓦屋根の「家だったもの」の前で立ちすくんでいた。
そのときだった。
黒い光が現れた。
空を食い破るようだった。
球状の黒は帯電しているのか、何かを焦がしているような嫌な音を発していた。
それで、そいつから雪のように白い、生き物のようなものが這うようにして出てきた。
「・・・・・・やあ、」
随分と間抜けな言葉がでたもんだなと自分でも思った。
彼女はそれがバムスターと呼ばれる兵器であることを知らない。故になまえは真っ白で巨大な虫と形容した。
数秒見つめていたら、白い虫が私に襲いかかろうとしてきたので走った。急なことで足がもつれ、膝から地面に突っ込んでいった。
私がさっきいた場所に白い生物がいた。目らしきものはないのに、その白は私を見ている。
狙っていた。
なにを?
なにをってそりゃあお前ね。
――――――――私しかいないだろ!!
パチッ。
しゃぼん玉が弾けたみたいに意識が覚醒した。
膝が熱かった、擦りむいて血が出ているかもしれない。そんなことはどうでもいい。
逃げろ、逃げろ逃げろ。
どこにっ!!
ひたすらに走って。喉がひりついても、脇腹が痛んでも、足だけは止めないで。恐怖が遠のくことを祈っていた。
その刹那。
何かが風を斬った。鈍い衝撃の音が伝わって地面が揺れる。
振り向いた先で、白い化け物が横たわっていた。その隣には、人の姿。その人の手にしていた剣のようなものが小さい黒に変わって、私のほうへ歩み寄ってくるのをただ見ていた。
「怖かったな」
もう大丈夫だ、と彼は微笑む。
ぽた、と地面がぬれた。ひとつ、ふたつとまた落ちていく。気が付けば私は泣いているのだった。
膝を曲げて優しく頭を撫でてくれる青年。私は、ガラスの中で呆然としていた少女の姿を思い出していた。
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