かふぇぱろ前日譚


「……話をかいつまんで纏めますと図書館運営の資金が枯渇していて、それを潤す為に喫茶店を催すということでしょうか?」
「理解が早くて助かる!」
白い歯を輝かせ満面の笑みを浮かべている館長を前に紫月は大きく肩を落とし、溜め息をついた。
日に日に増えていく文豪に諸費用が膨らんでいくのは当然なのだろうと考える一方で、だからと言って歴史に名を刻んだ偉人たちに給仕をさせるのは許されるのだろうかという気持ちもまたあるわけで。
面妖な面持ちで館長を見つめている紫月の肩に館長の大きな手が置かれた。

「男だけのむさ苦しい喫茶店より華のある喫茶店の方が客の入りが良いと思わないか?」
薄々嫌な予感はしていたが叶うのであれば外れて欲しかった。
そんな心境をありありと表情に出しながら紙袋を受け取った紫月は中身を確認した後、形容し難い表情と双眸を再び館長(と鎮座しているネコ)に向けた。

「一癖も二癖もある文豪たちの対応に手慣れている君だからこそ頼むんだ。どうかよろしく頼む」
「メニューはこちらで考えている。それに関しては安心するといい」
「不肖な司書ではありますが頑張らせていただきます」
首を縦に振る以外選択肢のない相談内容に紫月は殊更大きな溜め息を吐き出し、一室を後にした。
部屋の外で何度紙袋の中身を確認してもそれが変わる事は万に一つもないと分かってはいるのだけれど。

「……やるしかないよね」
兎にも角にも一度私室で渡された衣類に袖を通してみよう。ドアノブを強く握り自室に踏み込んだ紫月は鍵がかかったことを念入りに確認すると腰の紐に手を掛けた。

***

「(いざ着てみるとやっぱり恥ずかしい……!)」
普段纏っている服との露出具合に大差はないはずなのに鏡に映る自分の姿を見ていると今すぐ脱ぎたい衝動に駆られてくる。
首元の赤いリボン、頭の上に乗っているフリルのあしらわれた可愛らしいカチューシャ、それと同色の膝下まである淑やかな丈のワンピース。
こういう類いの物は私にはてんで似合わないので変えていただけないでしょうかと館長達に掛け合ってみようかと真面目に考え始めた最中、ノック音が部屋に響いた。

「ピンポーン!紫月はんおりまっかー?」
「作之助さん!?大変申し訳ないのですがただ今取り込んでおりまして……後程伺いますので出直していただけませんか?」
「そんな時間取らせへんから鍵、開けてくれへんかな?」
頼まれると断れない紫月の性分をよく理解した上での切り返しだった。
作之助にこの姿を晒すか、折角訪ねてきてくれた彼を押し返すか。頭が考えるより先に紫月は解錠していた。
ドアノブの回る音、大きく見開かれた作之助の瞳、再び閉ざされようとしている扉に割り入れられた長い脚に紫月は肩を揺らしながら彼を見つめた。

「……めちゃくちゃ似合うとる」
「作之助さん?」
私室に押し入り急いで扉を閉めた作之助は紫月を凝視し、そのまま本能が命じるまま彼女を己の腕の中に閉じ込めた。
作之助の突然の行動に慌てふためきながら小さな声で名前を呼ぶと腕の力が更に強まる。

「こんな可愛い紫月の姿誰にも見せとうない〜!特に太宰クンには!!」
「作之助さん落ち着いてよく見て下さい!そこまで私は可愛くありません!」
「何度見てもワシの紫月は可愛いけど?」
「……もうそれでいいです」
小さく呻きながら作之助の胸に体を預け、成されるがままになった紫月に込み上げてくる愛おしさを隠すことなく、作之助はいつになく柔らかい表情で少女を抱きしめ続けていた。

「(作之助さんのウエイター姿をベタ褒めしてやり返さなきゃ……!)」
後日、ウエイターに扮した作之助から飛ばされたウインクに心を射抜かれただけでなく密かに胸に抱いていた野望を悉く打ち砕かれた紫月が身悶えることになると誰1人として予想していなかった未来が待ち構えているのだが、それはまたいつかの機会に。


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極夜