「さあて、始めようか」



惑わされる



「たっ高杉さん!」
押し返してもびくともしない。こんな華奢な体なのに。
やはり男の人なんだと思わせたのは、意外にも強かったその腕力だった。
「悪いようにはしねぇよ」
そう言いながらも今まで見た中で最も悪い顔をした高杉さんは、今まさに私を見下ろして悪いことをしようとしている。
「だだだだめですって!」

結局この怪しい部屋からは出ることを許されず、あっという間に怪しい取引きを終えた高杉さんは部屋に戻って来た。
そして有無言わず私を畳に再度押し付けて組み敷いた。
こんな華奢な体つきをしているのに、力が強いのはやはり総悟と似ている。
いや、むしろ総悟より細身のその体から一体どうやってこの腕力が出るのか謎だ。

「わ、私にはぎっ……」
もう少しで「銀さん」と言いそうになって口を噤む。
高杉さんには多分まだ私の相手が銀さんだと言うことはバレていない、はず。
神威さんが言っていなければだけど。
「まだ別れてなかったのか」
高杉さんのお色気攻撃に屈しない私に、少し機嫌を悪くしたのかますます掴まれていた腕に力が入る。
「い、痛いです…」
ギリギリと音を立てそうな程に強く掴まれた私の腕に、青い血管が浮いた。
機嫌を損ねさせたことに後悔しつつも、だからといって高杉さんに全てを許すのは違う気がする。
高杉さんのことは嫌いじゃないけど、私には銀さんがいる。それが拒む全ての理由だ。

「あ、あの、高杉さん…」
このままでは本当にどうにかされると確信した私は、意を決して銀さんの存在を話そうした、その時。
私のお腹から非情にも低く情けない音が鳴り響いた。
そう言えば今何時なんだろう、仕事の帰宅中に攫われた私はどう考えても夕飯食べ逃してる。

「色気もクソもねぇな」
ご飯どころか水すら与えられていない私に酷い一言を投げかけた高杉さんは、私の上から退くと着物を直しこちらへ来いと促した。
「俺も食いそびれてた、来い」
どうやらご飯を食べさせてくれるらしく、私はほっと一息ついた。
とりあえずは逃れられた、と思いながらも今日の夜はどうしたもんかと頭の中はそればかりで、結局高杉さんと食べたご飯はあまり味がしなかった。



「何から何まですみません…」
「晋助様の言いつけッス」
そう言いながらも不機嫌極まりない彼女はとてもスタイルがよく、女の私が見ても惚れ惚れするくらいだった。
露わにされた腰元は引き締まっており、肌が白い。
同性にも関わらず、ついじっと見つめてしまうとまた子さんと目が合った。

「じろじろ見んな、気色悪い」
少しギャルのような雰囲気を纏ったまた子さんは、見た目とは別に体育会系の喋り方をする不思議な子だ。
そんな彼女は先程から私の身の回りな世話をしてくれていた。
お風呂に入る時は着替えやタオルを準備してくれ、今はこの私の部屋と化している怪しい部屋に布団を敷いてくれていた。

「すみません…」
女でも目のやり場に困るその露出度が高い服が悪いんじゃ、と言い返せる訳もなく私はただ謝ることしかできなかった。
「お前、晋助様のお気に入りかなんか知んないッスけど調子乗ってっとマジで殺すからな!」
暴言の数々を吐かれ、なんとも腑に落ちないけどこの場は何も言わないでおこうと黙っていた。

「とりあえず、今日は帰れないってことですよね…」
そうポツリと言えば、また子さんは軽く舌打ちをして“不本意だけどな”と捨て台詞を吐いた。
誘拐されたのは私の方なのに、どうして一部の人には早く帰れ的な空気を出されているのか。
不本意なのはコッチなんですけど!と余計に泣きたくなった。
「とにかく勝手な真似だけはしないようにするッスよ、お前になんかあったら晋助様に嫌われるの私なんだからな!」
すごく嫌そうな顔をして、また子さんは最後に敷いてくれた布団に枕を投げつけて去っていってしまう。
また部屋に一人取り残されて、今夜はここで夜を明かすのかと不安が再度襲ってきた。


冷たい布団に入るとなかなか寝付けずに、ぼうっと怪しい部屋の天井を眺めていた。
本当にこのまま自分はどうなってしまうのか。
銀さんは今私を探してくれているのだろうか。きっとみんなにまた心配をかけているだろう。
こんな急に姿を消して、総悟は大丈夫だろうか。
そんなことを考えているとますます眠れなくなってしまい、ようやく温かくなってきた布団から体を起こす。


「名前」
タイミングよくふすまの向こうから低い声が響く。
そして私の心臓の音も響く。
その後、何も言うことなく勝手に部屋に入ってきた高杉さんは、お風呂から出たばかりなのか髪がしっとりと濡れていた。
「待たせたな」
やっぱりこの展開?!と、一気に緊張が押し寄せた。
「む、無理です私!」
触れらる前にそう言い放つ。
きっと高杉さんは心底機嫌を損ねるだろうけど、この期に及んでそれはもう仕方ない。
でもここで殺されて二度と銀さんに会えないのはもっと嫌だ。
その二つの考えがめぐって、どうしていいか分からなかった。

「別に別れろなんて言わねぇよ」
淡々と会話を続けながらも、私との距離を詰めてきた高杉さんはこれ以上ないくらい色っぽかった。
艶っぽいなんて言葉、誰のためににあるのだと思っていたような言葉も、今ここで使うためなんだと知るくらいに彼は色香に満ちていた。
また子さんは高杉さんの強さに惚れたのかこれに惚れたのか、とにかく彼女の気持ちは少し分かる。
こんな人のそばにいたらきっと自分も夢中になってしまうんじゃないかと、そう惑わされてしまうくらいに。

手が腰に回されるといよいよ拒む隙がなくなった。
「安心しろ、前にも言ったが悪いようにはしねぇよ」
捕まってしまった。耳元で、そんな声で言われたらもう拒めない。
どうしよう銀さん。どうしたらいい?!



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