「高杉はおるがかー?!」



帰還



高杉さんが私を押し倒し左耳を甘噛みした瞬間、その大きな声はふすまを超えて部屋にまで大きく響いた。
何事かと思いびくりと体を震わせれば、廊下から豪快な下駄の音が聞こえ、その音は確実にこちらに近づいていることが分かる。
そしてその独特の訛りと下駄の音が、多分あの人であろうと瞬時に予測できた。

「おんし、わしが折角来たがやき出迎えてくれてもよかろうがぁぁ!」
ふすまを蹴り倒して乱入してきたのはやはり予想通りの人だった。
「お、お前」
さすがの高杉さんも少しながら驚いているようで、彼の登場が予期せぬ出来事だったと思わせた。

「久しぶりじゃのう!高杉!元気しちゅうがか?ってなんじゃ、かわい子ちゃんとお楽しみ中じゃったか!」
ガハハと笑いながらもこちらへ距離を詰めて、その人はサングラス越しに私を見ているようだった。
「これからお楽しみじゃったらワシも入れてくれんかのう!3Pとかどうじゃ!?なあに、心配いらんぜよ!ワシもそのプレイはさすがに初めてじゃき!一回やってみたかったんじゃ!」
いちいち大きな声で、しかも下ネタを連発するこの銀さんに負けず劣らずのモジャモジャ頭の人は、紛れもなくあの坂本辰馬さん。

「何でテメェとんなことしなきゃなんねぇんだ」
ぶっ殺すぞ、と付け足した高杉さんは久しぶりであろう坂本さんに対して何の感動もないようで、唾を吐くような物言いで坂本さんを咎めた。
「だいたい取引きはさっき決裂したばかりだ、お前の出番はねぇよ」
「その後釜を狙うゆうのが商人ってもんやないが」
「俺相手に商売しようってか」
「噂は聞いとったがまさか高杉がかんどったとはな、あいつらは信用ならんき断って正解ぜよ」
何の話か分からない、そして何が面白いのか分からないけど終始坂本さんは笑ったままで、心底楽しそうだ。

「お前と取引きなんぞする気はねぇ、さっさと帰れ」
「ほがなこと言わんと、せっかく来たんじゃき遊ばせてくれ!な、おねーちゃん!」
私に話を振ってきた坂本さんはサングラスで目元が見えないとはいえ、眉毛は少し困った風に下がっていた。
「お前が普段遊んでるような安い女じゃねぇんだよコレは」
「なんじゃ、そんな高い女なんか!どこの店の太夫じゃ?!いくら払えばヤらしてくれるがか?見たところオッパイのサイズは普通っぽいが」
坂本さんの顔面にパンチでも喰らわそうと拳を握った瞬間、大きな音とともに船が傾いた。

「おっとと」
転がりそうになる私を捕まえてくれたのは意外にも坂本さんだった。
下ネタを平気で連発するわりには思ったより紳士らしい。
船中には何事かと思う程の非常サイレンの音があちらこちらから鳴り響き、どうやらヤバイ状況になったのだけは理解出来た。
それと同時に何かが起こったのだと、一気にまた違う恐怖へと落ちる。


「晋助様っ!どうやら先程の奴らが逆上して撃ってきた模様ッス!」
ふすまの向こうから急いできたであろうまた子さんの声がする。
「はっ、思ったより勇気のある連中だな」
けたたましい非常サイレンの中、そう嘲笑ってはやたらと冷静な高杉さん。
静かに立ち上がるとゆらりと歩き出す。
「その勇気に免じて……盛大に沈めてやれ」
「了解ッス!」
その高杉さんの静かな一言で船の上はきっと戦場になることが予想される。
「お楽しみはもう少し後になる、名前、大人しくそこに居ろよ」
目が合った瞬間、逃げたら殺すと言わんばかりの威圧感に足がすくむのを覚えた。
きっとここからは逃げられない。
恐怖と不安と絶望が入り乱れて大きな穴に落ちていく気分だった。



「さて、邪魔者もおらんくなったき」
そう言われ再度身構える私を見て、坂本さんはまた笑った。
「安心せい、金時に連絡もらって来たぜよ」
「銀さん、に…?」
先程までの不安が嘘かのように、銀さんの名前を聞いた途端安堵感が体中を駆け巡る。
「金時から連絡が来て犯人は分かっとるゆうて押し付けられたんじゃ、たまたまここら辺の近く飛んどったから良かったが、全く人遣いが荒い奴じゃき」
やっぱり探してくれていたんだ。
そして坂本さんが味方だと思うと更に安心してしまう。
帰れる。銀さんの元に。

「頭、今のうちにこちらへ」
坂本さんの部下であろう人が呼びに来る。
どうやらもう船の上は戦場と化しているらしい。
「高杉には悪いがお姫さん攫って行くぜよー」
アハハとこりゃまた楽しそうに笑いながら走る坂本さん。その後を私も必死に走った。
銀さんのところへ帰れると、それしか頭に無かった。



「どこ行くんスか」
戦場をすり抜けて坂本さんの船に乗り込もうとした時に、人混みに居たまた子さんと目が合い、彼女はこちらに向かってゆっくりと歩いてきた。
そしてその銃口を私に向ける。
「晋助様に様子見てこいって言われて来てみりゃ部屋はもぬけの殻、追ってきてみれば次は他の男と逃避行ッスか…とんだビッチだなお前」
「わ、私…帰ります!」
「そうはいかないッス、晋助様の命令は絶対ッス!」
向けられた銃口から煙が出たと思ったら、目の前が真っ暗になった。
え、死んだにしては一瞬すぎない?!と思ったのはほんの一瞬の出来事だった。

「おお!陸奥!」
目の前に現れたのは多分一番「王子様」という言葉が似合う人だった。
「なにチンタラしちゅうがか、さっさと乗らんか」
私を庇い銃弾を腕に受けているのに平気な顔をしている彼女は、今この瞬間私の中では一番頼もしい存在だった。
「陸奥ー!来てくれると信じとったぜよ!ちょっと遅かったけど!」
「やかましい!さっさと乗れ!」

陸奥さんをそこに残して、また坂本さんと走り今度こそ船に乗り込んだ。
乗り込むと同時に安心感なのか恐怖感なのかよく分からない感情に、脚が震えて止まらなくなる。
「大丈夫がか」
「す、すみません…」
手を貸してくれた坂本さんは私を操縦室に案内してくれると、端にある腰掛に座らせてくれる。
「すぐ金時に連絡せんと、アイツ宇宙まで飛んで来るぜよ」
部下の人に何かを伝えると、船の大きなモニターには銀さんと新八くんの顔が映った。

「銀さん!新八くん!」
脚の震えも忘れて思わず立って名前を大声で呼ぶ。
ほんの数時間前までは絶望に満ちていたのに、こんなに早く二人に会えるなんて。
「名前さん!?居るんですか?!」
新八くんが咄嗟に反応してくれる。
「名前ちゃん、こっちに来んとモニターに映らんきに」
おいでと坂本さんに手招きされた方へ行くと、モニターの銀さんと目が合う。
「名前っ」
「ぎ、銀さっ…」
とても怖った。とても不安だった。
もう永遠に会えないのかと思った。
そう思うのはきっと目の前にずっと続く真っ暗な宇宙の闇せいだ。

「おい、その辺にまだ高杉のヤローいるんだな?」
「まあ待て金時、ワシらは急いでここを離れんといかん、名前ちゃん攫ったのがアイツにバレるのも時間の問題じゃき、バレた途端標的はこっち、沈められるぜよ」
「今ヅラの船でそっち向かってんだよ!タダで済むと思うなよ高杉の野郎!」
「ヅラじゃない、桂だ!」
モニターの端に見切れて映っていたのは桂さん。
彼は殺気立つ銀さんを宥めるように何かを言っていて、今度は銀さんと喧嘩をし始めた。
「だいたいお前と高杉はどうしてこうも女の好みがかぶるんだ」
「そうじゃそうじゃ、昔もそれで揉めたことあったぜよ」
「うるせー!お前ら余計なこと言うんじゃねーよ!名前の前だぞ!」
三人の言い合いを聞いているといつの間にか脚の震えも消えていた。

「頭、船出します」
部下の人のその一言で船が動き出す。
その後すぐに操縦室に陸奥さんが入って来た。
「さっさとこの場から離れるぞ」
先程の腕の傷は塞がっているようでなんともない顔をして操縦席の一つに座る。
「私、帰れるんですよね…」
「当たり前じゃ、ちゃんとあいつの元に届けてやる」
その彼女の堂々とした声に一瞬惚れそうになってしまう。
そんな中でも銀さんたち三人はまだモニター越しに言い合いをしていた。



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