「名前!」




気持ちはいずれ変わるもの




とある静かな港に着き、坂本さんの大きな船を下りるとそこには銀さんが待っていてくれた。
走って銀さんの胸に飛び込むと、銀さんは大きく息を吸って私を抱きしめてくれる。
「久しぶりに焦ったわ…」
約一日ぶりなのに、なぜかすごく長い時間どこかに行っていたような不思議な感覚だった。

かぶき町はもう朝を迎えるのか、薄明るくなっている頃だった。
「ほんと勘弁してくれよ…」
「…ごめんなさい」
なんだか申し訳なくなって謝ると、銀さんは「お前が悪いわけじゃねぇけど…」と少し言葉を濁していた。

「名前さん!」
「名前!大丈夫アルか?!」
銀さんの後から走ってきたのは新八くんと神楽ちゃん。
神楽ちゃんは銀さんの着物を引っ張り退かせると、私にしがみつくように抱き着いた。
銀さんとは違う、柔らかい体が私を包む。

「心配したネ!名前になんかあったらあの中二病ヤロー、私がぶっ潰してたアル!何もされてないアルか?!第三の目とか埋め込まれてないあるか?!」
「神楽ちゃん、あの人のこと中二病としか思ってないよね…」
神楽ちゃんと新八くんの普段通りのやりとりに安心する。

私の首元に顔を押し付けて、離れないと言わんばかりにしがみつく神楽ちゃんが愛おしい。
心底心配してくれた彼女に、さっきまで恐怖に浸かっていた心が少しずつ安心で満たされていくのが分かり、ぎゅっと抱きしめ返した。

「名前さん、ほんと、良かった…」
眉を下げて泣きそうな顔をしているのは銀さんの隣に控えめにいた新八くんだった。
「ぱっつぁん、今なら特別に名前にハグできる許可をあげてもいいぞ」
銀さんがからかった口調で言うと、新八くんは案の定顔を真っ赤にして首を振った。

「べ、別に大丈夫ですよ!ぶ、無事ならそれでいいんです!」
「いいのかー?こんなチャンス滅多にないぞー?この流れで普段なかなか触れない女子に触れといた方がいいんじゃねーのかー?」
「アンタ自分の嫁さんなんだと思ってんですか?!」
二人がいつものようにふざけあっていると、その隣をスッと華麗に歩いてくる人物が一人。

彼は軽く神楽ちゃんの肩を掴んで横に丁重に退かせる。
その際、目の前で黒髪が風に揺れてそれに目が釘付けになった。
長いストレートの絹のような髪に目を奪われていると、ふわりと抱きしめられる。
「名前殿、心配したぞ」
なんだか男性とは思えないほどのいい匂いに心臓が跳ねる。桂さんシャンプー何使ってるんだろう。

「おいヅラ!テメェどさくさに紛れて何抱きついてんだよ?!お前に許可出した覚えはねー離れろ!」
「新八くんの代わりだ」
「お前名前と会うの数えるほどしかねぇくせにメンバーぶってんじゃねーよ!つーかマジで離れろ!普通にセクハラだぞ!」
「俺も久しく女子とハグなどしておらんからな、たまにはチャンスをくれてもいいだろう!心が狭いぞ銀時!」
「なんのチャンスだよ!だいたいお前が女っ気ないのは昔からだろっ!」
「貴様!おすそ分けという日本文化を知らんのか?!」
「なんのおすそ分けなんだよ!人の嫁をおすそ分けってどういう文化だよ!分かってたけど本当バカだなお前!」

また銀さんと桂さんが揉めだすと今度は後ろからふわりと包まれる感覚。
「うむ、いい抱き心地じゃ!」
耳元で大きな声を出されてキーンとする。
そして坂本さんもどさくさに紛れて私に後ろからハグをしていて、なんだかもう心臓が持ちそうにない。

「やめんか、名前に性病がうつる」
陸奥さんがすかさずツッコミを入れる。
それでも坂本さんは退く気はないらしく、ぎゅうぎゅうと抱き締めてくるのをやめないので私は固まってしまっていた。

「金時が惚れた女がどんなんか気になっとったからなー、それに仲良くなるにはスキンシップが一番じゃ、それの何がいかんき?」
「お前のは仲良くしてる風に見えねーんだよ、やらしーんだよ触り方が!離れろセクハラ病原菌!」
「名前に触ってもいいって言い出したのは銀ちゃんアル」
神楽ちゃんはまだ私から離れてなかった坂本さんを一蹴りして剥がすと、今度は甘えるように腰に絡みついてくる。
そしてもう私も先程までの恐怖は完全になくなっていた。


「まあ、このお礼は今度名前ちゃんと一席もうけるってことで許してやるきに」
「勝手に決めんじゃねーよハゲ」
「おまん、ワシを使うだけ使うてもう用無しか?!そんな都合のいい女みたいに扱うなんて酷いぞ金時!」
「銀時だっつーの、はいはい帰ろうね、十円あげるから帰ろうね」
しっし!と助けてくれた坂本さんに対してあからさまに酷い態度をする銀さん。
本当に言いたい放題の使いたい放題だ。

「坂本さん、本当にありがとうございました、このご恩は一生忘れません」
坂本さんの目を見て一礼をすると、少しの間があいて後ろから陸奥さんがボソっと言葉を放った。
「この男には勿体ないほどちゃんとした嫁じゃな」
「まっこと、金時には勿体ないぜよ」
そう言って坂本さんは私の方へ少し頭を下げるようにのぞき込むと、にっこりと笑う。

「うーむ、高杉が攫いたくなる気持ちが分らんでもないなー」
サングラスの向こうの瞳が少しだけ熱を帯びたように見えたのは、きっと私の勘違いだ。
「あの白いモジャモジャに飽きたら、いつでもこの船に乗せてやるき」
そう言って今度はニカッと笑って大きな掌で頭をひと撫でされた。

「こっちのモジャモジャもそっちとあまり変わらんぜよ」
ふ、と微かに笑って陸奥さんは優しく目を細めた。
この人たちはこぞって私の心臓に負担をかけるのが得意らしい。

「名前殿、この胡散臭い男には気をつけろ、すぐに病気をもらうぞ!」
「ヅラァ、お前みたいなムッツリのド変態に言われたくないぜよ」
「ムッツリじゃない桂だ!そして俺は正真正銘、生粋の人妻好きだ!」
「自分の性癖大声で言ってて恥ずかしくねぇのかよ」
「お前には何も言わせんぞ銀時!だいたい高杉と一人の女を取り合うのも大概にしておけ!」
「そうじゃそうじゃ、巻き込まれるこっちの身にもなれ」
「うっせー!あいつが勝手に名前を拉致ったんだよ!」

今度はギャーギャー言い始めた二人をよそに神楽ちゃんが私の手を引いた。
「こいつらと居ると朝ごはん食べ逃してしまうネ、早く帰るアル」

「陸奥さん、本当にありがとうございました」
今度は命を救ってくれた陸奥さんに改めてお礼を言う。
彼女はまたいつも通りの無表情に戻っていたけど、軽く会釈をしてくれた。
「また何かあったら呼べ」
それだけ言うと坂本さんの服を掴んで引きずるように船に戻っていく。

今回一番格好良かったのは陸奥さんだったかもしれない、とちょっと不謹慎なことを思ってしまいつつ彼らの背中を見送った。




「ぎ、んさ…」
「名前!寝るな!」
結局まともに一睡もすることなく万事屋に帰って来た。
ソファに座ると案の定、眠気がすぐに襲ってきてウトウトしてしまうとお風呂から上がってきた銀さんに少し怒られた。

「銀ちゃん、名前は疲れてるネ、早く寝かせてやるアZZZ」
「寝んの早っ!」
押し入れから顔を出していた神楽ちゃんは捨て台詞だけ言うとさっさと自分だけ夢の中へダイブしていった。

「名前!お前、本当にあいつに何もされてないだろうな?!」
「大丈夫…ほんと、何も…ZZZ」
「何も?!何もなんだよ?!ちゃんと最後まで言って!不安になるから!名前ちゃん!?」
銀さんに何度か揺すられたけどもう瞼も体も限界で、明るい外とは別に私も夢の中へ落ちた。

すっかりお昼を過ぎた頃に目が覚めた。
時計を見ると、眠ってから六時間程眠っただろうか。
目を瞑ればまだ眠れそうだったけど、これ以上睡眠をとってしまうと夜に眠れないと思い半ば仕方なく体を起こす。

横の布団で爆睡中の銀さんを起こさないように、静かに居間へ移動する。
押し入れには神楽ちゃんが寝ているので、床がきしまないようにそうっと歩いた。

窓をあけると春の匂いがする風が吹く。
まだ少し寒いその風に、どこからきたのか少しの花の匂いが混じっていた。
平和だ。ここには平和がある。
軽く深呼吸をして心を落ち着かせる。
昨日の出来事はまるで夢の中の出来事だったように。
やたらと静かなかぶき町の昼下がりが、なんだかいつもより不思議に見えた。

ぼんやり外を眺めていると、玄関のインターホンが鳴ったと同時にガラっと戸の開く音がする。
もう新八くんが来たのかと思ったけど、新八くんはインターホンをいつも鳴らさない。

誰だろう、と玄関に向かおうとすると居間の扉のところで入ってきた人物と鉢合わせした。
「なんだ、いるじゃねェか」
「総悟」
「話は聞いてる、昨日高杉一派とやりあったとか」
「えーと、やりあってはないんだけど…」
銀さんが昨日なんて説明したかは知らないけど、総悟は少し苛立っているように見えた。

「ほんと、巻き込まれ体質にもほどがあんだろィ」
「好きでこうなってるわけでもないけどね」
何かあると決まって私は巻き込まれる立場だ。
不本意極まりないが、もうここに居る限りはこれが自分の宿命なんだと最近ちょっとだけ折り合いがついたところだった。

「心配かけてごめんね、見ての通りピンピンしてるから」
「別に心配してねェ」
「それもそれでショック!」
「近藤さんあたりは心配しまくってたけどな」
やっぱり近藤さんはいい人だ!と心の中で近藤さんへのポイントが上がり少しニヤついてしまう。

「なあ、名前…」
「ん?」
窓から風が入っては、総悟の色素の薄い髪が揺れる。
大きな瞳がこちらを向いて、少しだけその瞳が揺れたのが分かった。

「名前、俺は…お前が」
次の言葉を発しようと、総悟の唇が動く。
「おはよーアル」
多分、私たちの声を薄い襖一枚隔てたところで聞いていただろう神楽ちゃん。
タイミングがいいのか悪いのか、妙な間で起きてきた彼女は一瞬総悟を睨んでは大きなあくびをした。

「名前、お腹すいたアル」
「あ、じゃあご飯用意してくるね」
二人を居間に残していくのは少々不安だったけど、隣の部屋には銀さんもいるから大丈夫だろうと私は台所へ向かった。



「なんでェ、いたのかよチャイナ」
「…お前、さっき名前に何言おうとしてたアルか」
「は?何のことだよ」
「妙なこと言ったら……名前のこと困らせたら、私が許さないからな」
「ハハ、女は勘がよすぎていけねェや…」





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