この感情に名前をつけるとしたならば。




沖田総悟の感情の行方




名前が攫われたと聞いて、動き出そうとする俺を止めたのは近藤さんだった。
名前のことに見境がなくなるのは多分、真選組のやつら皆知っててもおかしくはない。

そのくらい長いこと名前へのこの感情をこじらせているのはだいたい周りも気付いてるらしい。
そして俺がどれだけ名前に執着しているのかを、自分でも他人事のように知っているくらいだ。

自覚が芽生えだしたのは、名前が万事屋の旦那に「俺の嫁」なんて言われ始めたあたりからだったと思う。
どんだけ夫婦を気取っても、お前らは世間では夫婦として認められていないんだよ。
そう何度も何度も心の中で思っても、名前本人を目の前にするとそんなことは言えなかった。

惚れた女が幸せならいいと、そんなどっかの綺麗事ばっか口走ってた馬鹿と、俺は違う。
幸せにしたいなら全部奪っても自分がそうしなきゃ、自分の存在意義も相手への愛情も成立しない。
俺はどこかの誰かさんとは違うから。
欲しいもんの為なら、そばに居る為なら、俺はどんな汚いことだって躊躇することはない。


「総悟」
ピシャリと近藤さんに言われたら俺も黙るしか無かった。
どうやら万事屋の旦那が動いているらしいと言われ、俺らの出番はないみたいだったがそんな悠長に構えていていいのかと少しイラついた。

日に日にこのでかくなっていく感情を俺はいつか爆発するんじゃないかとどこか他人事のようにさえ思っていたが、どうやらそれがそろそろ来たらしい。


「総悟?」
俺の名を呼ぶのは近藤さんの優しい声でも、うっとおしい土方さんの声でも、ずいぶん年上のくせに気弱な山崎の声でもない。
名前の声は俺の奥深くに届く。
近藤さんとはまた違った、俺の唯一無二。
姉上と比べちゃいけないが、またその感情とは少し違うはず。

いつか女としては見ていない、と断言した。
お互いそういった感情はなかったし、今まで間違いがなかったのもそんな感情が俺らの中に存在していなかったからだと思う。

「総悟、どうしたの?」
近所の河川敷。満開の桜を見に行こうと名前を誘った。
名前と桜を見るのは今年で何回目だろうか。
名前が記憶を失った時、原因は俺だった。
こんな桜吹雪が舞う頃で、記憶を失くしスッカラカンになった名前を見て、俺にいらぬ感情が湧き上がってしまった。

河川敷には花見用にと簡単な木製のベンチがいくつか設置されていた。
満開の桜並木は人もチラホラ居るが、河川敷ということもあって皆歩きながら桜を眺めている。

俺はベンチに座っている名前の右手を握っていた。
それに少し驚いた様子の名前はどうした、と言わんばかりの顔で俺を見ている。
「名前、真選組に……うちに帰って来い」
その一言だけを言い放つと、名前はさほど表情を変えずに俺を見ていた。

記憶を失ったあの事件で名前はうちから出ていき、万事屋の旦那の家に住み始めた。
気に入らなかったがすぐに帰ってくるだろうと名前を信じて送り出した。
なのに、だ。いつになっても名前は帰ってこないまま今に至る。

「お前ずっとあそこにいるつもりか?」
そう問えば名前は少し困った顔をして、川の方を眺めた。
「今は、あそこに居たいと思ってる」
「帰って来い、記憶が戻ったんならどこにいても一緒だろ」
名前の万事屋に居たいと言う言葉を聞かなかったかのように俺は命令のするみたいに言葉を放った。

「お前を大事にしてる、この先も大事にしてェんでさァ」
頭の片隅に置いてあった姉上の姿がチカチカと頭の中で映り出す。
名前は姉上の代わりじゃない。そんなの分かってる。
でも、またそばに居れないまま失うことになるくらいなら、今度こそそばにいて欲しい。

「総悟、それプロポーズしてるみたいに聞こえるんだけど」
あはは、と眉を下げて笑う顔が姉上とかぶった。
「なんだっていい、お前をそばに置いておけるならなんだって……」
「目が怖いよ」
そう言われてはっとする。きっとさっき俺はとんでもない目をしていたと思う。
いつか近藤さんの命が危うかった時のような、あんな目をしてしまっていたに違いない。

相手は違えど、少なからず近藤さんに向けるものと同じような感情も持っていた。
そして先日俺は何かを言いかけたところでチャイナに軽くキレられたところだった。
余計なことは言うな、だったか。なんかそんな事を言われて名前に迷惑を掛けるなとも言われたっけ。

「先日の気にしてるんでしょ?あれは私の不注意だったから、本当心配かけてごめん……高杉さんがあんなことまですると思ってなかったから」
「まんざらでもねェみたいな顔してんな」
「いやいや!べ、別にそういう訳じゃないけど!モ、モテ期到来……みたいな?」
「旦那級にバカだなお前」

楽観視しすぎなんだコイツは。
あのまま宇宙の彼方に連れていかれたらどうするつもりだったんだ。
到着が一日でも遅かったら高杉のやつに食われてただろうに。
食われた後はそのへんにポイとされてたかもしれねェし、そのまま飼い殺しにされて性玩具にされてたかもしれないとか考えなかったのか。

「高杉さん、本当は悪い人じゃないんだと思う……多分だけど」
「多分かよ」
「総悟と一緒で闇を抱えてるって言うか?」
「あんな何考えてるか分かんねェテロリストと一緒にしねェで欲しいんですがねィ」
「総悟も真選組やってなかったら怪しいもんだよ」

また、ふわりと笑われる。
握っていた手に力を込めると名前は手に視線をやって「痛い」と抗議した。
俺はそれを聞かないふりをして、先ほどの話を掘り返す。

「ずっと、変わんなきゃいいのにな」
思わず出てしまったセリフに自分が一番驚いた。
変わらなきゃいい、俺は多分ずっとそう思っていた。
名前と近藤さんたちとあそこでずっと変わらずにやっていけたなら。そのまま歳をとってもずっと同じように暮らしていけたなら。

こんな考え、ガキ特有の感情だと言うことは分かってる。
それでもこのまま何も変わらずに永遠を願ってしまうくらいには、俺は今が一番良かったんだ。

今後の短いのか長いのか分かんねェ人生、女に人生を左右されるなんてことないと思っていた。
俺はたぶん、一生実りもしない、一生口に出すこともなくこの思いを抱えていくことになるんだろう。

いや、こんな感情はとてもじゃないが……
“恋とは呼べない”




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